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第15話 イフリート攻略——4種の攻撃パターン

第20階層。二度目。


 扉を押し開ける。円形の広間。前回と同じく、熱気が全身を包む。耐熱ポーションの冷感が皮膚の表面を守っているが、それでも息苦しい。


 炎の渦が巻き起こり、イフリートが形を成す。青白い目を光らせ、溶岩の池から立ち上がる。


 前回と同じ光景。ところが、こちらは前回と違う。


「華恋。無理するな。辛くなったら言え。少しでも手が痛くなったら申告しろ。隠すな」


「はい。大丈夫です。——あ、本当の大丈夫です。嘘じゃないです」


「分かった。行くぞ」


『戦闘開始。赤外線センサー最大感度。安全マージン・モード、有効デス。華恋さんの爆風遅延に対する自動補正を開始シマス。マスターの回避軌道にも0.3秒の余裕を持たせマス』


 イフリートが咆哮した。広間全体が震える。


 走り出す。正面に向かって。前回と同じルート、同じ速度。


 イフリートの右腕が振り上がる。拳の叩きつけ。


「【微弱加速】」


 無敵フレーム。拳が床を砕く。衝撃波が広がる。


「華恋! 爆風!」


 パキッ。


 ——0.1秒遅れた。


 前回なら、この0.1秒で回り込みの隙が消えていた。焦って無理に滑り込み、触手の反撃を受けた。


 しかし今回は違う。0.3秒の余裕を見込んでいる。0.1秒の遅れは想定内。イフリートの体勢が崩れるのを待ち、確実に安全な角度から回り込む。


 背面。魔核。ショートソードを突き刺す。


 離脱。3メートル後方に跳ぶ。前回は2メートルだった。1メートルの余裕。背中から噴出した炎の触手が空を切る。熱波だけが頬を撫でたが、ダメージはない。


『1サイクル完了。ダメージ4パーセント。離脱成功。安全マージン内デス』


「いいぞ。この調子だ。焦るな」


 二回目。華恋の爆風。今度はぴったりのタイミング。完璧。


 三回目。0.05秒遅れ。問題なし。


 四回目。ぴったり。


 五回目。0.2秒遅れ。杖を折る音が少し鈍かった。


「華恋。大丈夫か」


「大丈夫です。手が少し疲れてきましたけど、まだ全然いけます。血豆もできてません」


「分かった。ペースを少し落とす。1サイクルを15秒から18秒にする。その分、お前の手を休ませる。イフリートの攻撃を一度見送ってから反撃する」


「ありがとうございます」


 六回目。七回目。八回目。


 ペースを落としたことで、華恋の遅延が減った。余裕があると、身体がリラックスする。リラックスすると、筋肉の緊張が解け、精度が上がる。逆説的だ。しかし、急がない方が結果的に速い。ミスをカバーする時間を計算に入れなくて済むからだ。


 九回目。十回目。


『耐熱ポーション残り時間、18分。現在のペースで撃破可能デス。余裕ありマス』


 十一回目。イフリートのHPが半分を切った。動きが変わる。青白い炎が赤黒く変色し、攻撃速度が1.3倍に上昇。


『警告。攻撃速度上昇。ブレス0.46秒。拳0.31秒。新規パターン追加の可能性ありマス』


「前回もここで変わった。新パターンが来る。華恋、攻撃を止めろ。観察する」


「はい」


 攻撃を止め、回避に専念する。イフリートの新しい攻撃パターンを観察する。


 回転拳。足踏み衝撃波。炎の投擲。三つの新パターン。前回と同じ。


 しかし今回は、慌てない。前回は「早く倒さなければポーションが切れる」と焦った。今回は「安全に観察する」と決めている。ポーションの時間には余裕がある。2分間の観察。全パターンをナビに記録させる。


「パターンは把握した。再開する。華恋、準備はいいか」


「はい。いつでも」


 十二回目。新パターンの回転拳を見切り、大振りの隙を突いて背面に回り込む。


 十三回目。華恋の爆風が0.15秒遅れた。問題なし。補正して回り込む。


 十四回目。ぴったり。


 十五回目——華恋の爆風が0.25秒遅れた。


「華恋。手は」


「……少し痛いです。でも、まだいけます。握力は落ちてません」


「正直に言ったな。偉い。——ペースをさらに落とす。1サイクル22秒。急がない。二回見送ってから反撃する」


「はい」


 十六回目。十七回目。十八回目。


 ゆっくりと、けれど確実に、イフリートのHPを削っていく。魔核の輝きが鈍り、亀裂が増えていく。


『耐熱ポーション残り時間、9分。撤退ラインまであと——いえ、現在のペースであと6回で撃破可能デス。残り時間内に収まりマス』


「あと6回。華恋、杖は」


「残り8本です。足ります」


 十九回目。二十回目。


『全身炎上! 体表温度急上昇! 離脱!!』


 飛び退く。華恋も飛び退く。イフリートの全身から炎が噴出した。周囲の空気が爆発的に膨張する。


 7メートルの距離。安全。炎は届かない。


「大丈夫か」


「はい。余裕でした。事前に下がってたので」


「余裕か。いいな。前回は余裕がなかった」


 二十一回目。二十二回目。二十三回目。


『残りHP推定5パーセント。あと1回デス。耐熱ポーション残り時間4分32秒。十分な余裕がありマス』


「最後だ。華恋。最後の爆風。いつも通りでいい。無理するな」


「はい。いつも通りに」


 パキッ。乾いた音。爆風。イフリートが大きく傾く。


 回り込む。背面。魔核。最後の一突き。


 ショートソードを深く突き刺す。魔核に亀裂が走る。蜘蛛の巣状のひびが広がり、青白い光が漏れ出す。


 離脱。3メートル後方に跳ぶ。


 イフリートが絶叫した。全身の炎が限界まで膨張し——音を立てて消滅した。灰色の残骸が崩れ落ち、黒曜石の床に散らばる。


『——撃破確認。イフリート、討伐完了。戦闘時間22分14秒。耐熱ポーション残り時間4分18秒。マスターHP残り89パーセント。華恋さんHP残り95パーセント。杖残り7本デス』


 前回より6分長い。けれど、前回は敗北した。今回は勝った。


 HPの残りも、ポーションの残りも、杖の残りも、全てに余裕がある。前回は「ギリギリで勝つ計算」だった。今回は「余裕を持って勝つ計算」。


 結果は明白だった。


「師匠……! 勝ちました! 勝ちましたよ!」


 華恋が飛びついてきた。泣いていた。嬉し泣き。顔を煤で汚しながら、満面の笑みを浮かべている。


「ああ。勝った。——お前の手は」


「痛いです。正直に言います。痛いです。でも、大丈夫です。本当の大丈夫です」


「そうか。帰ったら治療しろ」


「はい」


 第20階層クリア。中層踏破。


 広間の奥に、下り階段が現れた。第21階層への入口。深層。未知の領域への扉。


 転移石で地上に戻る。ギルドで報告。ランクC昇格。


「おめでとうございます。追放から一ヶ月半での中層踏破。記録的な速度です」


 受付嬢が驚きの声を上げた。報酬を受け取り、ギルドを出る。


 夕暮れの街。華恋と並んで歩く。


「師匠。前回負けた時、正直もうダメかと思いました。私のせいで負けて、師匠に見捨てられるんじゃないかって」


「見捨てない。何度も言わせるな」


「はい。もう分かってます。……師匠。安全マージン、すごいですね。前回より全然楽でした。余裕があると、こんなに違うんですね」


「ああ。完璧を目指すより、余裕を持つ方が強い。矛盾してるように聞こえるけど、事実だ。人間はミスをする。それを前提にシステムを組むのが、本当の理屈だ」


「矛盾してません。分かります。テストで100点を狙うより、90点を確実に取る方が平均点は高くなる。そういうことですよね」


「……いい例えだな。その通りだ」


 華恋が嬉しそうに笑った。


 焼肉屋に入った。中層踏破の打ち上げ。華恋が肉を頬張っている。


「師匠。深層、行くんですよね」


「ああ。けど、まず準備だ。装備を整える。ナビの換装もする。深層は中層とは比較にならないらしい」


「換装? ナビさん、変わるんですか?」


『ドローン筐体では、深層の演算負荷に耐えられマセン。ゴーグル型への移行を推奨シマス。飛行に使っていた演算リソースを、全て解析に回せマス。マスターの視界に直接情報をオーバーレイ表示できるようになりマス』


「ゴーグル……。ナビさんが飛ばなくなるの、ちょっと寂しいですね。ずっと後ろをついてきてくれてたのに」


『感傷は不要デス。性能が向上するのデスから、歓迎すべき変化デス』


「ナビさんらしい」


 食事を終え、店を出る。夜の街。冷たい風が心地よい。


 明日から、深層への準備が始まる。新しい装備。新しいナビ。新しい戦い方。


 けれど今夜は、勝利の余韻に浸っていい。


 華恋が手を振って帰っていく。「おやすみなさい、師匠! 明日も頑張りましょう!」


「ああ。おやすみ」


 アパートに戻る。ベッドに横になる。


 勝った。けれど、まだ先がある。剣崎との決着。深層への挑戦。


 全ては、これからだ。

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