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第11話 キマイラ戦——死闘の果て

「俺がキマイラの正面に立って突進を誘う。山羊頭の突進は発生0.7秒。突進が来たら壁際に避ける。通路幅2.5メートル、あいつの体幅2メートル。壁際に0.5メートルの隙間がある。キマイラは止まれずに壁に激突する。壁に激突した場合、硬直は1.2秒に延長される。その間に華恋が全力で撃て。爆風じゃない。直接炎を当てろ。硬直中なら回避されない」


「分かりました」


「壁際の隙間は0.5メートル。ギリギリだ。タイミングを間違えるな。0.1秒でも遅れれば、壁と巨体の間に挟まれてミンチになる」


「はい。間違えません。絶対に」


 キマイラに向き直る。


 獅子の頭がこちらを見ている。黄金の瞳。知性がある。単なる野獣ではない。こちらの動きを観察し、隙を窺っている。


 一歩前に出た。


 キマイラが反応した。山羊の頭が前に突き出される。角が光る。突進の予備動作。


「来る——」


 山羊頭が突進してきた。5メートルの巨体が通路を突っ走る。壁と天井が震える。地鳴りのような足音。


 壁際に身体を押し付ける。キマイラの体毛が頬を擦る。獣の体臭。熱い息。視界が毛皮で埋め尽くされる。


 通過。


 背後で轟音。キマイラが通路の奥の壁に激突した。石壁に亀裂が走る。


『激突確認! 硬直1.2秒! 今デス!』


「華恋!」


「はいっ!」


 パキッ。杖が折れる。炎がキマイラの側面に直撃した。獅子の頭が吠える。焦げた臭いが通路に充満する。


 キマイラが怯んだ。しかし、倒れない。HPの削れ方が少ない。


『ダメージ推定12パーセント。キマイラの魔法耐性は高いデス。1回の激突+魔法で約15パーセント削れマス。撃破には6〜7回の繰り返しが必要デス』


「6回か。杖は足りるか」


「残り11本です。足ります」


「よし。もう一度」


 キマイラが壁から頭を引き抜いた。怒りで目が赤く光っている。壁の破片がパラパラと落ちる。


 再び正面に立つ。挑発するように一歩踏み出す。


 山羊頭が再び前に出る。突進。


 壁際。通過。激突。轟音。


『硬直!』


「撃て!」


 パキッ。炎。直撃。


 二回目。累計ダメージ30パーセント。


 三回目の突進を誘発しようとした時、キマイラが動きを変えた。山羊頭ではなく、獅子頭が前に出る。口が開く。


『噛みつき! 発生0.5秒!』


「【パリィ】」


 獅子の牙をショートソードで弾く。硬直。ところが、噛みつきの硬直は0.3秒しかない。短い。


 すぐに蛇の尾が横から襲いかかる。


「【微弱加速】」


 毒牙が通過する。無敵。


 キマイラが学習している。単純な突進だけでは来ない。噛みつきと毒牙を織り交ぜて、こちらの体力を削ろうとしている。知性のある魔物はこれだから厄介だ。


「ナビ。突進を誘発する方法は」


『キマイラの突進は、対象が一定距離以上離れた時に発動する傾向がありマス。5メートル以上の距離を取れば、突進を誘発できる可能性が高いデス』


「5メートル。後退する」


 じりじりと後退する。キマイラとの距離が開く。3メートル。4メートル。5メートル。


 山羊頭が前に出た。角が光る。


「来い——」


 突進。壁際。通過。激突。


『硬直!』


「撃て!」


 パキッ。三回目。累計ダメージ45パーセント。


 四回目。同じ手順。距離を取る。突進を誘発。壁際回避。激突。魔法。


 累計ダメージ60パーセント。


 五回目。距離を取ろうとした時——


 背後に壁があった。崩落した岩壁。これ以上後退できない。


「——しまった」


 キマイラとの距離は3メートル。突進を誘発するには近すぎる。


 獅子頭が口を開いた。山羊頭も。蛇の尾も。三つの頭が同時に後方に引かれる。


『全頭同時ブレス! 発生1.0秒! 回避不能! 壁際に——いえ、壁際でも範囲内デス!』


 三方向からのブレス。炎、氷、毒。通路全体を覆う範囲攻撃。壁際に避けても当たる。


「華恋! 伏せろ!」


 華恋を押し倒し、覆いかぶさる。


 炎と冷気と毒霧が通路を満たした。背中が焼ける。HPが一気に削れる。


『マスターHP、残り31パーセント! 華恋さんHP、残り72パーセント!』


「くっ」


 背中が熱い。焦げた臭い。自分の服が燃えている。皮膚が焼ける痛みが脳を貫く。


「師匠! 師匠、大丈夫ですか!?」


「大丈夫だ。立て。まだ終わってない」


 立ち上がる。背中の痛みを無視する。ポーションを飲む。HPが少し回復する。残りポーション3本。


 キマイラのHPは残り40パーセント。こちらのHPは31パーセント。杖は残り7本。ポーション3本。


 計算する。あと3回壁に激突させれば倒せる。それでも、後退する空間がない。突進を誘発できない。


「ナビ。別の方法は」


『マスター。一つ提案がありマス。崩落した壁の上に登れば、キマイラの頭上を越えられマス。キマイラの背後に回り込めば、再び距離を確保できマス』


 崩落した岩壁を見上げる。高さ2メートルほどの瓦礫の山。登れる。


「華恋。俺が先に登る。お前は俺が登ったら、キマイラの注意を引け。杖1本使っていい」


「分かりました」


 瓦礫に手をかける。登る。背中の火傷が激しく痛む。筋肉が悲鳴を上げる。けれど、登り切った。瓦礫の上からキマイラを見下ろす。


「華恋! 今!」


 パキッ。華恋の炎がキマイラの顔面に直撃。獅子頭が吠える。注意が華恋に向く。


 その隙に、瓦礫の上からキマイラの背後に飛び降りる。着地。キマイラの背後。距離7メートル。


「こっちだ!」


 叫ぶ。キマイラが振り返る。山羊頭が前に出る。


 突進。壁際——いや、今度は瓦礫の山に向かって突進してくる。瓦礫に激突すれば、同じ効果が得られる。


 横に跳ぶ。キマイラが瓦礫に激突した。岩が砕ける。轟音。瓦礫の山が崩れる。


『硬直1.2秒!』


「華恋! 撃て!」


 パキッ。五回目。累計ダメージ75パーセント。


 六回目。再び距離を取り、突進を誘発。今度は通路の壁に激突させる。


 パキッ。六回目。累計ダメージ90パーセント。


 キマイラの動きが鈍くなっている。炎の色が薄い。足元がふらついている。


「あと一回。華恋、杖は」


「残り4本です」


「1本で十分だ。最後の突進を誘う。壁に激突したら、全力で撃て」


「はい!」


 距離を取る。5メートル。キマイラが山羊頭を前に出す。角が光る。最後の突進。


 壁際に回避。キマイラが壁に激突。今度は壁を完全に突き破った。頭が隣の通路にめり込んでいる。動けない。


「今だ!」


 パキッ。華恋の炎が至近距離からキマイラに直撃した。


 キマイラが絶叫した。全身が光に包まれ——音を立てて消滅した。


 静寂が戻った。


 通路に、焦げた臭いと砕けた石壁の粉塵だけが残っている。


『——キマイラ、討伐確認。戦闘時間4分52秒。マスターHP残り28パーセント。華恋さんHP残り68パーセント。杖残り3本デス』


 壁にもたれた。息が荒い。背中の火傷が痛む。


「師匠! 勝ちました……!」


「ああ。勝った」


 華恋が泣いていた。恐怖と安堵が混ざった涙。膝から崩れ落ち、座り込んでいる。


 通路の奥——砕けた壁の向こう側に、人影が見えた気がした。金色の大剣を背負った長身の男。


 目を凝らす。暗闇の中に、確かに剣崎蓮がいた。こちらを見ていた。その表情は——驚愕。信じられないものを見る目。


 数秒間、視線が交差した。剣崎は何も言わず、踵を返して消えていった。


「師匠。今の」


「行くぞ。第19階層のセーフエリアまで進む」


 砕けた壁の隙間を抜け、先に進んだ。第18階層の残りを抜け、第19階層に降りる。


 セーフエリアでテントを張った。二人とも限界だった。


「明日は休む。装備を整えて、杖を補充する。その後——第20階層だ」


「はい。師匠。背中の火傷、見せてください」


「大したことない」


「嘘です。服が焦げてます。ポーション塗りますから、じっとしてください」


 華恋にポーションを塗ってもらう。冷たい液体が火傷に染みる。


「師匠。私を庇ってくれて、ありがとうございました」


「計算だ。お前が倒れたら火力がなくなる。俺が多少削れても、お前が無事なら勝てる。合理的な判断だ」


「合理的、ですか」


「ああ」


 華恋が何か言いたそうにしていたけれど、結局何も言わなかった。


 テントの中で横になる。背中が痛む。けれど、生きている。二人とも生きている。


 明日から、第20階層への挑戦が始まる。中層のボス。未知の強敵が待っている。

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