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貴族の少年と従者の少女

 ダームダール島より遙か東に存在するその場所は風光明媚で平和な土地……だった。昔の光景を知る者が初めて訪れる者に語っても鼻で笑って信じないだろう。何故ならば其処は既に死んでいた。


 常に薄気味悪い暗雲が空を覆って日光が差し込まず、大地は腐って木々は枯れ果てる。美しかった小さな湖は異様な悪臭が漂う毒沼と化してボコボコと泡立っていた。大地を駆ける獣も、大空を優雅に舞う鳥も姿を見せず、只々腐敗した死体が蠢き互いを喰らい合う。地獄が現世に降臨したかの如き光景の中、肉色の巨塔が天高く聳え立っていた。


 その塔は生きている様に脈動し表面には血管が浮き出し無数の目玉が忙しなくギョロギョロと動き続け、突如破裂して中身をまき散らし内部から新たな目玉が浮き出て来る。正気を保った者ならば近付く所か視認する事さえ嫌悪する異形の建物の内部には余りにも場違いな幼い子供の声が響いていた。


「人間って醜くって面白いね、カルマ」


「人間って醜くって面白いよ、イルマ」


 塔の最上階、無数の目玉が壁や天井、床にさえ存在する部屋で豪奢な椅子に座り、ゾンビから我先にと逃げ惑う生徒達の姿が映し出された巨大な鏡を前にケラケラと笑うのは声に相応しい幼い見た目をした双子。椅子の間に置かれたテーブルに乗った皿の上の物を舌先で転がして美味しそうに味わう姿は無邪気その物だ。


 だが、この様な場所で子供らしい姿を見せている時点で異常である。よく見れば二人が口にしているのは飴玉ではなく目玉、それも新鮮な人間のだ。口を開けてクチャクチャと音を立てて食べる様が見た目相応なだけに不気味さを駆り立てる。


 数多の禍人の上に君臨する四体、魔王を除けば実質的な支配者の地位が認められた正真正銘の怪物、四凶星(しきょうせい)が一角、悪童君(あくどうくん)イルマ・カルマが彼らの名だ。


 まるで幼子が蟻を潰して遊ぶみたいに人が死んでいく様子を見て笑う二人だが、画面が切り替わり善戦する者達の姿を目にすると不機嫌そうにむくれて頬を膨らませた。


「……思った以上に強いのが居たね」


「……思った以上に強いのが居たよ」


 二人は互いを見て目を合わせ頷き、鏡を向いて手を叩く。一切の狂い無く同時に手を叩くと綺麗に音が響き、森の一カ所に魔法陣が出現した。






「「じゃあ、沢山殺そうかローランド。君が守りたかった存在を皆殺しにするんだ!」」


 先程の手を叩く音と同様に声が正確無比に重なる。その最中、二人の後方に存在する、目を閉じて微動だにしない赤い髪の少年を内包した水晶が声による空気の振動の為か僅かに揺れ動くが双子が気付く事はなかった……。



「所でさ、例の花って僕達の領分を侵していると思わない? 彼奴、絶対殺そうよ」


「所でさ、例の花って僕達の領分を侵しているよね。シアバーン、絶対に殺そうね」


 双子が怒りを露わにしながら見詰める先、鏡に映ったのはグールと相対するヴォルテクトの姿であった。




「クワセロ、クワセロ、クワセロォオオオオオオオッ!」


「ぐぬ……」


 振り下ろされた剣をダガーで受け止め、鋭く伸びた爪で掴み掛かって来た腕の手首を握って押し止める。歯をガチガチと動かしながら頭を前に突き出して噛みつこうとするグールだが後僅かに届かない。それでも諦めず目を血走らせて食らいつこうとするグールにヴォルテクトは焦りの表情を見せた。


 元々が金の力で集めた魔魂石を使ってレベルアップした者だ。本来なら戦えばヴォルテクトが間違い無く勝てる位に技量に差が存在する。だが、不意を打たれて力比べに持ち込まれた今は別だ。死んだ事でリミッターが外れた腕力はヴォルテクトを大きく上回り、僅かだが確実に歯が近付いて来る。もし手を離せば容易に噛み付かれ肉を食われてしまうだろう。




「ヴォルテクト様、お伏せ下さい」


「了解したっ!」


 しかし、シャロットへの信頼はそんな恐怖を遙かに超越する。手を離し素早く伏せたヴォルテクトの頭上を跳躍したシャロットの腕が通り過ぎ、振るわれた手斧が大口を開いて迫ったグールの上顎から上を切り離し、胴体に膝を叩き込んで地面に吹き飛ばしたシャロットは優雅に着地した。


「……流石に森全体を徘徊するゾンビに昨日まで生きていた者のグール化、異常事態にも程が有ります。ヴォルテクト様、此処は一旦森を出るのが得策かと」


「はっ! 異常事態に怯え、尻尾を巻いて逃げ出す俺様ではないぞ、シャロット。お前も俺様の夢は知っているだろう?」


「はい。正直鬱陶しいと思う程に聞かされましたので。ですから言わなくて結構ですよ、鬱陶しいので」


「いや、二回も言う意味は……」


 少し悲しくなりながらグールの肉体に目を向けるヴォルテクト。ふと首元を向ければ明らかに怪しい花が姿を消しているではないか。首の肉は内部から何かを抜き取った跡が残り盛り上がっている。


「ヴォルテクト様っ!」


 突如襟首を掴まれ引き寄せられた時、死角から根っこを向けて飛びかかって来る件の花の姿が視界に移る。武器にいる迎撃が間に合わない速度と距離。拙いと思った時、シャロットの手が間に差し入れられた。


「くあっ!」


 皮膚を突き破り根が体内へと侵入する。肉を突き進み血管に根を張りながら骨に巻き付いて行く。有り得ない激痛に人形めいた美しさを持つ顔が歪み、皮膚の下を通って脳まで到達しようと伸び続けた時、シャロットは躊躇無く肘から先を自ら切り落とした。花の目玉に驚愕の色が浮かび、寄生された腕を蹴り飛ばした彼女は無事な腕を向ける。


「消え去りなさい……アイススフィア」


 青白い球体が放たれて内包する極寒の冷気が切り落とした腕ごと花の芯まで凍らせた。シャロットは腕の断面も残った冷気に差し入れて凍らせる事で止血するとヴォルテクトに向き直り、その場で跪いた。


「……ヴォルテクト様、幼き頃よりお側に仕える事が出来て光栄でした。この腕ではお勤めを果たす事は不可能です。今後は弟の……」


「……黙れ」


 ヴォルテクトはシャロットの胸元を掴み、無理矢理立たせた上で言葉を遮る。声は怒っているが、シャロットの目に映った顔は今にも泣き出しそうだ。普段から豪快で少し考えが足りないのではとシャロットを悩ませる彼が見せた顔は幼き頃から仕えているシャロットが初めて見る。思わず驚いた顔になる彼女は不意に抱き締められた。


「ヴォルテクト……様?」


「俺はお前に何度も夢を語った筈だ。弱き者を手から零れ落とさず、道理が当然の様に罷り通る社会を作る、お前は知っているだろう?」


「ええ、ですから足を引っ張る事になる私ではなく弟を代わりに……」


 再びシャロットの言葉は遮られる。父が執事だった事もあり幼き頃から傍に居たヴォルテクト。彼が何度も語る夢は子供じみた物と思いつつも眩しく見えていた。だからこそ邪魔になりたくないという想いを込めた言葉は唇を重ねる事によって遮られたのだ。


 それを認識した瞬間、シャロットの顔が耳まで赤くなる。唇が離れた瞬間、思わず顔を背けた彼女の顔は年頃の少女相応だ。


「……お戯れはお止め下さいと何度も申した筈です」


「戯れ等では断じてないっ! 片腕が無いだけで惚れた女を見捨てて何が夢を叶えるだ。シャロット、命令だ。生涯俺様の近くで役に立てっ! 臣下ではなく妻としてだっ! 五月蠅い連中は俺様が黙らせるっ!」


 再び重ねられる唇。先程は呆然として固まっていたシャロットだが、今度は自らの腕をヴォルテクトの背中へと回す。暫く唇を重ね合わせて離した後、少し名残惜しそうな顔をしたシャロットは彼の耳元で囁いた。


「……撤回は受け入れませんよ?」









































 その瞬間、地面に現れた魔法陣から醜悪な怪物が姿を現した。大勢の人間を人の姿をした金型に押し込めた様な歪な人の姿をした屍の巨人。鼻や口が表面の至る場所に存在し、顔には十数対にもなる目玉がある。指の一本一本が脚や腕の一本となっている巨腕を振り上げた時、シャロットはヴォルテクトを全力で突き飛ばす。


「シャロ……」


 これが最期とばかりにシャロットは腕の射程外に逃したヴォルテクトに向けて柔らかな笑みを向け、豪腕が躊躇無く振り下ろされた。

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