有り得ぬ存在
ブックマーク伸びない、寧ろ減った……頑張ろう!
「ああ、全然キリが無いっ! ……そもそも何処から来たのさ。この近く、秘密の監獄とか存在しないよね?」
森の中、手を力任せに振り回して掴み掛かってくるゾンビを盾の殴打で弾き飛ばしながらスカーは愚痴をこぼしていた。生徒の安全を守る為に交代で森の中で警戒をしていたのだが、よりによって交代して直ぐの時に大量のゾンビと遭遇してしまったのだ。
本来アンデッド系モンスターは死骸に怨念の類が憑依して誕生するのだが、この辺りに大規模な墓場は存在しないにも関わらず無数の腐乱死体がアンデッドとなって出現した事にきな臭い物を感じながらも地図を頼りに生徒を捜し出す。未だ遭遇しておらず食料や水の確保に赴いている者ならば拠点近くに居るので発見は容易だが、恐怖に刈られて逃げ出した者を探すのは本当に厄介だ。
「こっちも二人発見しました!」
「分かった。蹴散らして合流地点に……いや、何かあった?」
声に反応して振り向けばリシャーナが貴族の生徒を連れているが気を失っているらしく悲鳴すら上げずに動かないで担がれている。丸々と太ったコーシがその片方だが、見るからに重そうな彼を俵担ぎにしているのは女性であるリシャーナなのだからレベルによる能力補正のデタラメさが伺えるという物だ。
それはそうとして、二人揃って頭に大きなタンコブが出来ている事に怪訝そうな顔をするスカーだが、問われた本人は事も無しげに答えた。
「緊急事態にしがみついて自分だけを確実に助けろと戦闘の邪魔をしたので少し黙って貰いました」
「……成る程」
普段からキッチリと訓練を受けている生徒ならば兎も角、戦闘訓練に出席する方が稀な生徒達が実戦でどの様に反応するかは容易く想像できる。ゾンビを前に怯えきって戦いの最中に邪魔でもするかの様に抱き付いて震える姿がハッキリと浮かんでしまう学園の現状が本郷に嫌だった。
「さて、既に緊急事態を知らせに行った先生が居るから救援が来るのも時間の問題。助かる……と良いなぁ」
「この数のゾンビとか確実に誰かの仕業ですからね。私が犯人なら救援要請の人を襲いますよ。アイスバインド!」
スカーが回転を加えて威力を増した殴打でゾンビを一カ所に纏めてリシャーナが一網打尽に束縛する。冷気を纏った鎖に縛られたゾンビ達はもがくが鎖の近くから凍り付いて行く。痛覚も恐怖も感じないアンデッドを倒すには頭を潰すか焼くかが一般的だが数が多い上に森の中では炎系統の魔法は新たな災害を生みかねない。故に凍らせる。手足がもげても、頭だけになっても動くゾンビでも全身が凍れば動けなくなるのだ。
「神官系魔法の使い手って誰が居ましたっけ? 浄化して貰えれば負担が減るのですが……」
「ギックリ腰になったヨーツゥ先生だね、教師陣では。生徒の中でこの数相手に戦える使い手は……」
二人の頭に浮かんだのはウォークレリックのクラスを持ったエリーゼ。他にも神官系クラス持ちは居るがこの状況で役に立てる段階に至ってはいない。地図を見れば拠点の洞窟も直ぐ其処だった。
「さて、居てくれたら良いんだけどね」
「それはそうと……貴族や富豪の家の生徒を優先して探さなくて良いのですか? いえ、私個人としては良いのですが」
「……こんな時に貴族平民、真面目な生徒不真面目な生徒は関係無いよ。助けるんだ、全員を。僕達は教師だぞ」
寧ろ見捨てたいという気持ちが明け透けなリシャーナからして貴族や富豪の生徒への悪印象が見て取れる。スカーも普段からやるせない気持ちを感じていた。だが、それでも彼は迷い無く助けると言い切った。
「其れは理想論ですよ。世の中、綺麗な事、正しい事が通るとは限らないのですから。いえ、実際は力有る者に都合が良い事が通るのが世の中の常です」
彼の様にね、とつい先日助けようとして助ける事が出来なかったエンケーの事を挙げればスカーは言葉に詰まる。そんな事、スラムで暮らしていたスカーはとっくに理解している。結局世の中は弱肉強食なのだと。
「それでもっ! それでも僕達は綺麗事を口にするのを止めては駄目なんだ。僅かでも存在する希望を捨てない為にもっ!」
悲痛な気持ちが籠もった声で叫ぶスカー。だが、運命は彼をあざ笑う。これでも理想を貫けるのか、口だけだろう、と。
未だに気絶したコーシの首筋が腐食を始め、小さな芽が体内から頭を出した。
「ふははははははっ! 脆弱なりっ!」
「……ええ、ゾンビは基本的に雑魚モンスターの部類ですし、倒して悦に浸る価値も御座いません」
コーシと一悶着あった後、予定通りに食料集めを終えたシャロットが拠点に戻ると焦げた肉や腐敗した肉の香りが充満していた。ヴォルテクトが何かやらかしたのだろうと思って溜め息混じりに主の所に向かえばゾンビ相手に無双していた。
一流の職人に打たせたダガーに雷の刃付与を使用し、伸びた刃で切り裂くと同時に内部から電熱で焼き焦がす。得意そうに高笑いする彼に辛辣な言葉を掛けたシャロットは手斧で向かって来たゾンビの腕を切りとばし、トンファーで頭を潰す。見た目は腐敗していても人間で、血や脳漿が飛び散るも眉一つ動かさない彼女をヴォルテクトはジッと見詰めながら戦い続けた。
「シャロット、お前は頼りになるな! ずっと俺の傍に居る事を許す!」
「……ええ、当然です。死が二人を分かつまで。……言っておきますが求婚を受け入れた訳では有りませんので」
「は! 身分差など何などの問題は俺様がどうにかして見せようぞ!」
「……そうですか」
呆れているのか、それとも照れているのかは顔を背けているのでヴォルテクトには分からない。だが、確実なのはゾンビを全く反応せずに倒す彼女が感情を表に出しているという事である。
「ふははははははっ!」
「何をお笑いになって…‥おや?」
どちらにせよヴォルテクトは自分に都合良く取ったのか、それとも彼女の事ならお見通しなのか。そんな彼に少し脱力した様子で肩を落としたシャロットの視界の先に誰か居て近寄って来た。
「ゾンビ……ではないらしい」
ゾンビ特有の千鳥足を思わせる頼りない歩き方ではなく俯きながらもしっかりとした足取りであり、よく見れば手にはゾンビならば使う知能が存在しない剣を持って邪魔な枝を払い、服は学園の制服だ。死体がゾンビになるには一定時間必要であり、ならば違うだろうと判断したヴォルテクトは歩み寄った。
「怪我は無いか? 安心せよ、俺様が安全な場所まで……っ!」
どちらにせよ普通の状態ではないと判断したヴォルテクトは手を差し伸べ、手にした剣がヴォルテクトの首目掛けて振り抜かれる。
咄嗟に頭を後ろに逸らした彼の前髪の数本が切り落とされ、頭を上げた生徒の顔がハッキリと見える。ヴォルテクトがよく知る、更に言うならば嫌悪する者の一人である貴族出身の少年だ。だが、今は様子がおかしい。口元にはベッタリと血が付着しており、口の中にも肉片と血が残っている。目は虚ろで正気のそれではなく、近寄れば肌が黒く変色して腐敗臭が漂うのが嫌でも分かった。
「グール!」
「ニク…クワセロォオオオオオオ!!」
それはゾンビ同様に死体に怨念が吸収されて誕生するモンスター。低いながらも知能を有して道具すら使って言葉も発する。だが、普通ならば長期間怨念が渦巻く場所に放置された死体が変化する物であり、少なくとも訓練開始前に生きていた彼がなる筈がない。
しかし現に彼はグールとなり、満たされぬ空腹に突き動かされてヴォルテクトへと掴み掛かる。その首筋には中心に赤い目玉を持つ真っ青な花が咲いていた……。




