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精霊の依頼

「待てー!!」


 僕は今、目の前をポヨンポヨンと軽快に跳ねて遠ざかって行く真っ白なキノコを追いかけていた。八十センチ程の大きさでキノコ型のクッションみたいなデフォルメされた見た目なんだけど凄く速い。レベル19の僕が慣れない獣道だというのを考慮しても引き離されないので精一杯だったんだ。


 因みにモンスターじゃなくって正真正銘普通のキノコ。まあ、逃げているのも動物の接近を熱と呼吸による二酸化炭素で察知して離れるって特性があるって授業で習ったんだ。名前はマシュマローム。その名の通り、マシュマロみたいな味がするキノコで、貴族庶民問わず人気が有るんだ。この逃げる特性があるから普通は狭い場所で養殖するんだけど、天然物は数段上の美味しさだとか。


 なら、追うしかないよね? 腰の辺りまで伸びた草に突き出した枝や根っこ、立ちはだかるモンスターを蹴散らしてマシュマロームに追い付き、緋鋼で串刺しにする。……モンスターの血が付いたままだけど、しっかり火で炙れば問題ないよね? ……エリーゼには黙っておこう。


「……それにしてもマシュマロかぁ」


 この世界は数百年単位で文明の発展が殆ど見られない。けど、食べ物は別だ。まるで誰かが作為的に食べ物以外の発展を妨げているみたいに思えるんだ。だって文明発展が無い事に疑問さえ持たない人達が殆どなんだから。


 ……大豆とお米が存在しないのが本当に残念だ。お米や醤油に相性良さそうな食材が多いんだから。特にモンスターのお肉にその傾向が強い。この世界の人が基本的に手を出さない禁断の味を思い起こしつつ、 文明と言えばカップ麺が食べたくなる。生卵を入れて餃子を添えて……涎出てきたよ。




「考え事をしながら涎を啜るとか変わった子じゃのぅ。今代の勇者は妙な娘じゃわい」


「誰っ!?」


 直ぐ近くから聞こえたお爺さんの声に僕はビックリしてしまう。周囲に人影はないし、動物も居ない。精々が木の表面やら突き出した枝やら茂った木の葉が合わさって顔っぽく見える大木だけしかないし。


 まさか透明人間か遠隔からの監視っ!? 僕は勇者だと言い当てられた事で気持ちを切り替え、マシュマロームを刃から抜いて捨て……るのは惜しいから足下に置いて大木に背中を預ける。これで木を貫通する攻撃をして来なければ背後の心配は無用だ。



「……姿を見せたらどうだい? 乙女の姿を隠れ見るとか悪趣味だよ」


「いや、お主が勝手に涎を垂らしそうになったんじゃろうって。乙女って言うなら年頃の娘っぽくしたらどうなのじゃ。……ほれ、後ろ後ろ。嬢ちゃんがもたれ掛かっているのが儂じゃ」


 ……あー、うん。矢っ張りと言うべきか、長老みたいな顔をした人面樹だった。まるでファンタジーの世界だけど、実際にファンタジーの世界だったよ。物語みたいに上手く行かないから忘れがちだけどさ。



「それで君はモンスター? 切って良いの?」


「切り替え速いの、嬢ちゃんっ!? いやいや、切っちゃ駄目だから! 儂、モンスターじゃなくって精霊の一種だからっ!」


「あっ、そうなんだ。其れでどうして僕が勇者って知ってるのさ?」


「……切り替え速いのぅ。儂等精霊は聖獣王様の配下である精霊王様の眷属じゃからな。何かあった時に手助け出来る様に気配で察知出来るんじゃよ。其れで早速なんじゃが……助けてくれんかの?」


「……えぇ」


 いや、仕方ないってのは理解出来るよ? ゲームのNPCとかじゃないんだし、勇者の為だけに存在する訳じゃないから都合とか事情が有るってのはさ。


 でも、勇者の助けとなる存在だって名乗られて即座に助けを求められるとかさぁ。ちょっと脱力を感じたけど、トレントさんは声からして随分と困った様子だし力になろうか。旅は道連れ世は情けってね。


「旅と言えば醍醐味であるご当地グルメを食べてないや。ねぇ、この島の名物って知ってる?」


「胸はちんまいのに食欲旺盛じゃのぅ……」


「よし、帰ろう。さよならグッバイ、フォーエバー」


 助けを求めておきながら随分と失礼な精霊だよ。困っていても知るもんか。お前は貧乳の敵、僕の敵だ。巨乳派撲滅脚を放たないだけ感謝して欲しいよ。僕はトレントさんに背を向けて歩き出す。何か慌てて叫んでいるけど知るもんか!




「た…助けてくれたらお礼するから、最高に美味しい木の実とかっ!」


「何でも言ってよ。情けは人の為ならず、精霊が勇者の手助けをする存在なら僕も助けの手を差し伸べて当然さ」


 え? 今見捨てて帰ろうとしていたって? 全然知らない記憶に無いね。何故か現金なこじゃのって思われている気がしたけど刀を向けたら慌てて別の表情になったし気のせい気のせい、トレントさんは木の精霊。


「それで何に困っているのさ?」


「実はの……」


 精霊がわざわざ助けを求めるってどんな大事なのか。其れを手助けしたお礼に貰える最高に美味しい木の実の味は如何程なのか。僕は気を引き締めながらトレントさんの言葉に耳を傾けた。


 ……あっ。想像したら涎が……じゅるり。







「……正直言って後悔してる」


 目の前で蠢くモンスター……其れも巨大な虫の姿をしたのを斬り伏せながら呟いてしまう。いや、だって気色悪いもん。軽自動車位の大きさの画力とか、鉱石の甲殻を持つ巨大カブト虫とか、節足を動かし羽音を立てながら次々に向かって来るんだよ? 鱗粉が服に付いたり、死に損ないが仰向けになって脚をバタバタ動かしたり、虫特有の匂いが周囲に充満したり……最悪だ。


「木の実が不味かったら絶対に許さないぞ……」


 怒りで震えながら虫型モンスターの巣に入って駆除を行っていく。ったく、これだけの数の巣たった一日で作られたってんだから虫の行動力と繁殖力恐るべし……。


 大きさが階建ての建物位有る蜂の巣を叩き壊し、成虫も幼虫も撫で斬りに切り捨てて行く。あっ、ハチミツ甘ーい! ロイヤルゼリー有るかな、ロイヤルゼリー!


「って、他事は後だ、後。ちょっと普通の状態じゃ……うげっ!?」


 フィッシャーギアの巣を破壊したら繭も壊れて溶け残った人の死骸が出て来た。鎧の上から噛まれたから消化液が中途半端に注入されたんだろう。もがき苦しんで自分で引っかいたみたいな跡が体に残って……うっぷ!


「おげぇえええええええええっ!」


 思わずその場で胃の中の物を逆流させてしまう。……あー、糞。こんな姿、エリーゼには絶対に見せられないよ。


 一頻り吐いた僕は木に体を預けて一休みする。水を飲んで深呼吸をしたら少し落ち着いたけどもう少し休もう。本当にグロかったよ。体に空いた穴から中途半端に溶けた内臓が出て来てさ……。


 息を整えた僕は、進む前に今回の依頼を思い出しながらトレントさんに貰ったキラキラ光る葉っぱを眺めた。






「クリスタルドラゴンの様子を見て来て欲しい?」


「うむ、どうも昨日の朝から姿を見せぬでな……」


 クリスタルドラゴンの名前は授業で聞いているし、お祖父ちゃん達にも出来れば戦わずに逃げろって言われている。全身に水晶が生えている強いドラゴンってのもあるけど、大抵のモンスターと違って精霊の仲間に近い存在だとか。


 夫婦で子育てをする草食で交互に卵や子供を守って餌を探す習性を持ち、卵や子供に手出ししなければ温厚だとか。


 特にこの森に住んでいるクリスタルドラゴンは他のモンスター、特に繁殖力の強い虫型モンスターが増えるのを抑えているとかで絶対に敵対するなって法律で決まっているとか。


「毎朝儂に顔を見せていたんじゃが昨日から来なくてな。巣の周辺は特に栄養豊富な植物が生息しとるんじゃが、今までクリスタルドラゴンを恐れて近寄らんかった虫共まで集結しとる。……ちょいと様子を見に行ってくれ。これを見せればクリスタルドラゴンに襲われんから」

 

 トレントさんが身を揺すればキラキラと光る金色の葉っぱが落ちてくる。うーん。結構重大な事件の臭いがするし、行くべきかな?






「所で向かう途中で虫の大群と戦うよね?」


「ガンバッ! 明日になったら虫退治の援軍が来るから適当に倒しといておくれれ。邪魔にならない虫は無視して良いからのぅ」


 ……何か腹立つなぁ。






「や…やっと着いた」


 エリーゼを連れて来た方が良かったり良くなかったりと複雑な思いをしながら虫を薙ぎ倒して進み、漸くクリスタルドラゴンの巣に到着……したんだけど。




「なんだよ、これ……」


 目の前に広がっていたのは明らかな戦闘の痕跡と卵の近くで寄り添って息絶える二匹のクリスタルドラゴン、そして殻を割られて転がる複数の卵。奇妙な事に中身は僅かに残っているだけだ。流石にこれは僕だけで判断する事じゃないと来た道を戻ろうとした時だった。





「……うん?」


 風に乗って嫌な臭いが鼻に届く。腐った肉の臭いがして、何処からか呻き声が聞こえて来た……。

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