サバイバル開幕 ②
「ええい! 本分を忘れて推し進めた貴族優遇主義が学園の名誉零落を招いたと何故分からんのかっ!」
ヴォルテクトとシャロットが指定された拠点の場所に赴けば目の前には立派なログハウスが建っている。窓から見える内部はソファーや暖炉等々、取り敢えず快適に過ごす為の一式が用意されサバイバル訓練とは真逆の待遇だ。
この場所にやって来て漸く拠点決定のくじ引きがイカサマであったと気が付いた彼は腕組みをしながら激高、大口を開けて怒鳴っている。そんな彼とは対照的なシャロットは怒る主を後目にいそいそと準備を始めている事から彼女は把握していた様子。ならば何故ヴォルテクトが知らないのかというと、教えなかった理由はお察しである。どうせ言っても納得はせず面倒な事になるからだ。
「ヴォルテクト様、一度くじで決まった事ですのでご納得下さいませ」
「拒否するっ! 腐敗を厭う俺様が腐敗の恩恵を受けてしまってどうするのだっ! こうなればお前だけ此処に泊まれ。野宿の心得はあるっ!」
矢継ぎ早に大声を出す主に対して絶対に見えない様にしつつ呆れ顔の彼女はどうすべきか思い悩み、仕方がないかとばかりに溜め息一つ、普段は背後で控えて必要以上の接触はしないヴォルテクトに正面から抱き付いた。
「ぬおっ!? きょ…今日は大胆だな、シャロット……」
この男、厳つい見た目に反して随分と純情、普段から求婚はするも無理に手を出す所か手も繋げない相手に密着されて顔が真っ赤だ。思考回路も熱処理が追い付かず暴走まで秒読み段階。尚、暴走しようが彼にはシャロットを押し倒すのは無理である。
そして、耳の直ぐ近くまで寄せられた口から囁かれた言葉に意識を失いそうになる。彼女は言った、此処に泊まるのなら伽を行うと。
(と…伽だとっ!?)
純情バトルジャンキーのヴォルテクトもその言葉が意味する物は知っている。貴族としての知識と戦闘関連ばかり詰め込んで来た脳筋の拙い知識でも密着している少女の姿を思い浮かべる事が出来た。
「……優しくして下さい」
普段はクールな表情を崩さず求婚に対しても即座に拒否するシャロットがベッドの上で服を着崩して寝転がり、羞恥と期待の混ざった顔を向けて来る。そんな妄想をすれば密着した事で感じられる胸の感触や香りに意識が嫌でも向けられて鼻血が出そうだ。ヴォルテクトは思わず抱き締めてしまいそうになり……腕をログハウスへと向けた。
「フレイムジャベリン!」
「ヴォルテクト様っ!?」
放たれた炎の槍はログハウスの壁を突き抜けて中心部に突き刺さると内包した炎を解放、建物もし貴族に相応しい調度品も一纏めに焼き払う。頑固ではあるが道理の通らない行為を嫌う彼の凶行に驚きの声を上げるシャロットの肩に手が置かれ、強引に引き離された。
「……よく聞け、シャロットよ。俺様は貴様が好きだ。何が何でも手に入れたいと思っている」
「私も何度も言っていますが、正室は当然ながら妾でさえも相応しくない身分です。ですが、今回大人しく用意された場所に宿泊なさるなら一晩お相手すると申しましたのに。万が一が無いようにと避妊薬も最高品質の物を取り寄せたのですよ?」
一体何を考えているのだと呆れた様子で言外に伝える彼女だが、肩を掴んだヴォルテクトの手が彼女の手を優しく包み込んだ。
「……俺が欲しいのは貴様の体だけではない。心と……共に歩む未来もだ。一時の欲に流され抱くなど言語道断っ! 正式に妻として迎えた上で抱きたいのだっ!」
周囲に響き渡る大声で宣言した後、流石に恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にしたヴォルテクトはシャロットから顔を逸らす。大胆にも程がある発言を受けた彼女は非常に呆れた目を向けていた。
「……そうですか。でしたら私は一生処女のままですね」
だが、握られた手を振り解く素振りも見せず、他の誰かと結婚する意思も無いと告げる時の彼女は耳まで真っ赤に染め上げて、ヴォルテクト同様に顔を逸らす。口元が僅かに緩んで見えた。
「大丈夫だっ! 貴様の処女は俺が貰うからなっ!」
「お馬鹿な発言は後で訂正して頂くとして……これ、どうしますか?」
「ぬおっ!?」
続いての言葉にクールな表情を浮かべて指差す先には煌々と燃え盛る紅蓮の炎。そして二人が居るのは森の中。急いで消さないと大火災だと気が付いたヴォルテクトが慌てる中、消火に使える魔法の準備をしながらシャロットは彼の背中を見詰めた。
「……まあ、一切期待せずに何時までも待たせて頂きますよ」
その声は炎が燃える音とヴォルテクトの大声に掻き消され誰の耳にも届かない。口にした本人のみがその存在を知っていた。
今は主の考え無しの行動の尻拭いをすべき時だと消火作業をしようとして、不意に背後に顔を向ける。視線の先は離れた場所の背の高い木。直ぐに視線を燃え盛るログハウスに視線を戻した。
「視線を感じたのですが鳥ですかね?」
「……ふぅ。漸く煩わしい仕事が終わりましたよ」
寄宿舎の食堂にて席に座って深く息を吐く示現からは肉体的疲労よりも精神的疲労の方が強い印象を受ける。テーブルの上には砂時計が置かれ、その横にはこの世界では有り得ない香りを放っていた。
「おーい! そろそろ焼き上がるぞ」
キッチンを借りてフライパンを手にした空也は皿をひっくり返して蓋の様に上に乗せ、フライパンを逆さにする。丁度砂時計の砂が全部落ちた時、空也が皿をテーブルの上に置いた。皿に盛ったのは大量の餃子、その真横には醤油味のカップラーメンが湯気を出していた。
「ふぃ~。〆は矢っ張りラーメンと餃子だよな。アンノウンも良いもんを璃癒の奴が知ったら五月蝿いだろうな」
「賞味期限ギリギリのばかりでしたからね。まあ、秘密にしていましょうか」
この世界に存在しないラーメンとレトルト餃子が今実際に存在する理由、それはアンノウンの差し入れである。文明が数百年単位で発展しない世界の製造法とはいえ酒は酒、この二つをツマミに進む進む。この世界に来て久々の醤油や化学調味料を孫に内緒で食べるのは背徳感があるものの美味い。
「まあ、飯食ったのに餃子とラーメンで一杯とか……健康診断が怖いよな」
「貴方は不摂生ですから特にね。……この世界では栄養管理が難しい。モンスターの肉の脂質やカロリーが調べられたら良いのですが……」
二人共七十を間近に控えて色々と気になるお年頃、前回の結果もレッドは無いがイエローは少し。この世界から帰った後は取り敢えず病院に行かなければと落ち込む中、取りあえず話題を変えるべきだと無言で頷く。
「……面倒な仕事頼まれたよな。餓鬼には無理そうなモンスターの間引きだっけ?」
「ええ、その上、下手に倒せば倒したらで縄張りに変化がでますからね。索敵と調査を森全域で行って、専門家に意見を貰って許可が出たのを倒す。……此処までするなら別の森で訓練した方が良いのでは?」
伝統でこの森を使い、至れり尽くせりの待遇を得た貴族の子息子女達に箔を付けたい経営陣の思惑が透けて見える。正直、エルフ国家のカノンノの入国審査を通る為の紹介状が貰えないなら絶対に受けない仕事だ。
「冷める前に食うか」
「……ですね」
再び話題を変える二人。その姿を窓の外から監視する人影があった。レベル100が感知出来ない隠密性を持つ彼の手には高性能の望遠レンズ付きカメラ。二人がカップラーメンと餃子を食べる姿を撮影している。暗闇の中、ハシビロコウのキグルミの中で嗤う彼が何処に向かうのか? それは直ぐに分かる。
「そう言えばウンディーネが助けた少年が処刑になりそうですが、エリーゼさんは気にしたのでは?」
「当然気にしてたぜ。だから、捧げ物や信仰心には報いるけど人の営みには一切興味無いって教えてやった」
「……いや、そんなのだからデリカシーが無いと璃癒に言われるのですよ?」
一方その頃、ヴォルテクトに用意された物とは別のログハウスが密集した場所では貴族や豪商の子息子女が優雅……とはとても言えない宴を開いていた。酒瓶が散乱し、サバイバル訓練中は身の回りの事を自分達でするのだが、宴の席では呼び出された使用人達が慌ただしく働いていた。
当然、学園側はこれらを把握している。その上で黙認しているのだが、彼らにとって訓練が無駄だからというのも理由の一つだ。箔付けの為に入学した彼らは軍には入隊しない者が主であり、入っても内勤での出世コースが約束されているのでサバイバル技術は不要だ。っと言うより現場に驕り高ぶった貴族のボンボンが居たら規律も志気にも影響する。
「しかしグラン家の建物だけ離れているとはね」
「あら、当然じゃない。無駄な事に時間を使う馬鹿、近くに居たら面倒よ」
アスモデウス学園の運営資金は各国からの寄付金が殆どなのだが、結局寄付した家の子供が贅沢をする為に結構な金額が動く。貴族や大金持ちに生まれた時点で自分達は特別であり、他の者達となれ合っているとしてヴォルテクトは嫌われていた。大した努力もしていないのに、ちゃんと厳しい特訓を自分に課した彼の力に嫉妬しているのもあるだろう。
肥大した自尊心を抱えた彼らは優雅さなど見受けられない大騒ぎを楽しみ、何人かは近くの町から連れて来た娼婦を伴って自分のログハウスへと戻っている。一般家庭や軍部の家系の生徒達が必死にサバイバルを行う残りの期間、連日連夜続くであろう宴はまだ始まったばかりだ。
周囲を警護の兵が囲み、万が一でもモンスターが乱入しない様に斗警戒を募らせる中、遠くの木の上から一匹の猫が宴を覗き見していた。
「……さっきの姉ちゃんは只モンじゃねぇニャ。やっぱ仕掛けるなら馬鹿に限るニャ」
その猫は言葉を発していた。その猫は二本脚で枝の上に立っていた。その猫は前足でこの世界ではあり得ない武器、狙撃銃を構えスコープを覗き込む。
当然、普通の猫ではないのは明白で、全身が真っ白のその猫は左目に眼帯を付け、足には赤い革製のブーツ、頭にはチョコンと小さな緑の帽子が乗っていた。長い尻尾はゆらゆらと揺れ、此処だけ黒い先端が曲がった鉤尻尾。ピンク色をしたプニプニと弾力がある上で柔らかい肉球の付いた前足の指を引き金に掛け、腰のポーチから出して装填した弾のターゲットに狙いを定める。
この猫に合わせて作られたらしい小型の狙撃銃の先端は微塵も揺れず、音もなく発射された弾は酒瓶片手に千鳥足で動く少年達数名の首に命中した。
「痛っ! おいおい、虫でも居たか?」
「これだから森は嫌なんだ。サバイバル訓練なんて庶民にだけさせておけば良いのにさ」
「僕達は成績優秀だからね。必要無いって理解出来ない教師は無能だよ」
殆ど授業に参加しなくても高評価を約束されている彼らは僅かにチクリとした首筋を軽く押さえた後で気にする事無く宴を再開。この場に居ない生徒や教師達を罵りながら大いに盛り上がっていた。
「さてと、仕事も終わったから帰るとするかニャ。出来れば優秀な生徒って話だったけど……あの糞上司の為に最善を尽くすのも馬鹿馬鹿しいし適当で構わないだろうニャ」
彼らが撃ち込まれた物によってどうなるかを理解しながら気にした素振りも見せない猫は木から木へと飛び移って去って行く。スコープ越しに唇で会話を読みとった彼の気分は最悪であった……。




