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サバイバル開幕

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「何か短期間に色々あったねー。特にエンケーが実は偽物だったりとかさ」


 予定してあったサバイバル訓練は期間を短縮された上に、訓練地となる森の各所に教員を配置して行われる事となった。開始前の拠点を決めるくじ引きで洞窟を引き当てた璃癒はパートナーであるエリーゼと共に焚き火を起こし、川で採った魚……及び森に生息するモンスターを焼いていた。


 森で最も広い生息域を持つレッサーリザードの尻尾の肉を薄くスライス、分厚い皮を削いで火で炙れば脂肪が溶け出してポタポタと落ちる。コンガリと焼けた頃に突き刺した枝を手にして口に運べば少し臭みはあるが甘みの強い肉の旨味が口の中に広がり、少し遅れて獣臭さがやって来る。それも食べられる野草をすかさず口に運べば気にならなかった。


「薫製とかも美味しそうだよね」


「え…ええ……」


 肉食獣の様な四肢を持つ魚にかぶりつきながらエリーゼは璃癒の言葉に応えるが、少し戸惑いが見えた。この世界では普通は食べないモンスターを食べる事に慣れた自分にではない……とも言い切れないが、別の事に対して、エンケーについてだ。


 

(ウンディーネ様が助けた人を冤罪で罰するなんて……いえ、仕方ないのでしょうが)


 禍人と手を結ぶのは重罪だ。その上貴族とあっては国が揺らぐ。敬虔なるウンディーネ信者のエリーゼからすれば複雑な心境であるのだが、空也にウンディーネがどう思っているのか訊ねているので納得せざるを得ない。それでも完全には無理であったが。


 ただ、エンケー自体は禍人と協力関係になる等と同情の余地はないが、取り巻きまで偽物の一味として罰するのは納得出来ない。何か無い為に側に居るのが役目であり、死刑がほぼ確定する重罪に荷担していたのに気が付かなかった事を理解しても複雑な心境だ。



(……お米が欲しい。このお肉を刻んでオニギリの具にするんだ。オニギリの具と言えば明太子だよね。一本丸々大きめのオニギリの具にしたり、解して甘い卵焼きと一緒にしたり、チーズと大葉と合わせても……想像したらお腹減って来ちゃったよ)


 それに対して貴族社会云々等には縁が無く、正月に神社に行ってクリスマスを祝い大晦日に寺で鐘を突く、そんな一般的な日本人である璃癒は一連の発表の裏側もウンディーネ信者の心境も理解出来ず、三本目の尻尾を食べながら食べ物の事を考えていた。一応エリーゼが気にしない様にと口には出さない気遣いである。


 そんな全く別方向の二人が挟んで座る焚き火の薪からパチパチと音がした時、火の明かりに照らされた場所に人影が掛かる。声も掛けずに誰なのかと思った二人は視線を向け、相手が人ではないと即座に判断した。


「マーシャルグレープっ!」


 輪郭を例えるならビニール製の風船人形が一番近いだろう。幾つもの蔦が絡み合って人の形に近い姿となっており、頭頂部の先に突き出した蔦の先端には瑞々しい大粒の葡萄が一房生っている。


 思わずエリーゼが叫んだのには理由が有る。この葡萄、ただ何となく人の形となっている訳もなく、武道の心得が有る者の動きをするのだ。一説には武道家でもあった植物の精霊が育てていた葡萄の種が何らかの理由で散らばって自生したとされ、モンスターを食べる週間のないこの世界の人達が食する希な対象でもある。


 ただ、かなり強く一体につき一房のみなので市場価格は跳ね上がる。清貧を尊ぶ暮らしをしていたエリーゼは寄付された物を一粒だけ食べた事があるのだが天にも昇る美味、教義に反して大量に解認めたいと道を踏み外す者さえ出た程だ。


 そんなモンスターを目にして思わず叫んでしまったエリーゼが羞恥から顔を伏せる中、璃癒は美味しそうな葡萄に目を奪われ、マーシャルグレープも植物ながら危機を感じたのか臨戦態勢。本来果実は種を遠くに運ぶための餌なのだが、この葡萄は食べてやる気は皆無らしい。


「デザート(もーら)い!」


 緋鋼を鞘から抜き放ち斬り掛かる璃癒対し、マーシャルグレープは右足を振り上げる。他の箇所の蔦が移動して右足が膨れ上がり、周囲を揺らす強烈な震脚を放った。


「わっとっと!?」


 着地の瞬間を狙って足場を揺らされた璃癒はつんのめりそうになり、踏み込みの勢いを乗せた拳が眉間目掛けて突き出される。あくまでも人に似せた姿故に間接稼働域の制限は無く、先程太さを増した時同様に蔦が集まって腕を伸ばす。変則軌道の突きは寸分の乱れもなく璃癒の眉間へと吸い込まれる様に向かい、真下からの切り上げで二つに分かれた。


 即座に蔦が絡み合って腕が修復されるが、既に璃癒は腕を潜り抜けてマーシャルグレープの懐へと潜り込む。左手が素早く掌打の構えを取り、砲撃の如き勢いの一撃が、繰り出されなかった。





「デザートゲット!」


 切断された蔦、宙を舞う葡萄。その一粒でも無駄にするものかと優しくキャッチした璃癒は年頃の女の子らしい笑みを浮かべている。房からこぼれ落ちそうになった一粒を口に運べば芳醇で濃厚な甘さが口の中を支配した。




「美味しいっ! エリーゼも食べなよ、凄く美味しいよっ!」


「あの、それって貴重な物ですし宜しければ璃癒だけで……」


「え? でも、ほら。……沢山居るよ?」


 遠慮して食べたい気持ちを抑え込んだエリーゼだが、美味しさから少し興奮していた璃癒は首を傾げてエリーゼの背後を指し示す。其処には大量のマーシャルグレープが今にも襲いかかりそうな様子で立っていた。




「今夜は葡萄パーティーだね!」


「ま…まあ、自然の物ですしアレだけ居るなら……」


 教義には反しない筈だとエリーゼも杖を構える。食うか食われるかの戦いが始まろうとしていた。






「これ、ジャムにしても美味しいかも。お祖父ちゃん達ならお酒にして飲みたがるかもね」


「実際マーシャルグレープのワインは凄い高級品で、一樽で並の貴族の一年分の生活費を超すって話ですよ。でも、貴重な上に扱いが難しいので作り手が少ないとか……」


 小山の様に積み上がった葡萄と魔魂石を整理しながらエリーゼは先程の戦いを思い出す。素人目にも熟練の技だと分かるマーシャルグレープの連携の取れた攻撃を真正面から破った璃癒の技に感心さえしていた。ただ、それを口にしたら複雑そうな顔をされたのだが……。






「うーん。どうも勇者のクラス補正って単純な能力だけじゃなくって技術にも上乗せがあるらしくってさ……貰い物の力で調子に乗らない様に気を引き締めないと駄目なんだ」


 そう言いながら葡萄に手を伸ばしたが空を切る。つい先程まで大量にあった葡萄の山が半分以下になり、何時の間にかアンノウンがカバのキグルミと一緒に座っていた。




「やっほー! リっちゃんにエリちゃん、僕だよ、パンダだよ!」


 挨拶をするなりアンノウンはキグルミの口を開け、手にした大量の葡萄、当然だが璃癒達が集めたそれを一気に口の中に流し込んだ。







「……潰す」


 食べ物の恨みは恐ろしいと身を持って教えてやろうと璃癒が立ち上がった頃、インチキ有りのくじ引きで見事なログハウスを引き当てたヴォルテクトが憤慨していた……のだが。












「此処で大人しく受け入れるのでしたら……今夜、伽を致しますよ?」


 従者であり何度も求婚しているシャロットにそう囁かれていた……。


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