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騒動終わってその後で……

「さーて、どうすっかねぇ……」


 可愛い孫に頼まれて、大口叩いて異形と化したエンケーと相対する空也であったが、正直言って困っている。倒すのは簡単だ。中級魔法すら必要無い……のだが、流石に人間が変化した存在と知った今では問題外だ。ならば取るべき行動は元に戻す事。既に魔法で調べて呪いの類だとは把握しているが随分と凶悪な呪いであり、生半可な解呪魔法では死んでしまう。


 しかし彼はレベル100の魔法職の最高峰である賢者のクラス持ち。最上級の解呪など当然使える。だがしかし、最大にして唯一の問題が一つ存在した。






「……何つぅ魔法だっけな」


 実は彼、使える魔法についてど忘れしてしまった物が複数有るのだ。あの冒険の日々は色濃く記憶されてはいるが、レベル上昇の際に頭に流れ込んで来て使用可能となる魔法の中には使用頻度が低かったり、使えるけど使った事のない魔法も存在する。同じく魔法の使い手で回復や補助が得意だったチルニアという仲間の存在もあって今必要な魔法はその中の一つであった。


 彼を弁護させて貰えば仕方がないと言うしかない。今の彼は七十間近で冒険は十代後半。人間、使わない事に関する記憶は薄れるのだ。決して歳のせいではないともう一度弁護させて貰いたい。


 だが事態は一刻を争い、このままでは怪我人が出るし、そうなれば祖父として格好悪い。挑発が効いたのか鋭い爪が生えた腕が空也に伸びて来たので適当に蹴り上げて防ぐと腕を前に突き出した。


「取り敢えず閉じ込めるか……アイスクリエィション」


 エンケーの四方を高く分厚い氷の壁が取り囲む。ギチギチの状態に身動きが出来ず、上部から腕を伸ばして叩き付けるもビクともしない。そして、周囲を囲んだ事でエンケーへの攻撃も阻害される中、一足飛びに氷壁の上に降り立った空也はしゃがみ込みながら中を見下ろす。歪んだエンケーの顔が表面を移動して真上の彼を睨んでいた。


「平民が僕を見下ろすなぁあああああああああっ!!」


「おいおい、そんな状況になっても権威を振りかざすのかよ。まあ、貴族ってのはそんなのが普通なんだろうが……」


 再び伸ばされた腕を軽くはたき落とし、どうするべきかと思案する。幾ら考えても必要となる魔法の名前が思い出せない。このまま時間が経過すれば格好付けたのが台無しで、最後の手段を取る事にした。





「おーい。ウンディーネ、アレを元に戻す魔法って何つったっけ?」


「いや、せめて召喚には詠唱を使って欲しいっすよ。格式美とか気にするんっすから、私みたいな立場って」


「だったら口調をもっと頑張れや。周りを気にしない時はだらけまくりじゃねぇかよ」


 非常に軽い口調で現れたのは服も装飾品も、髪の毛一本に至るまで水で構成された美女。神々しさすら感じさせる姿は壁画に描かれた信仰の最大対象である聖獣王の直属の部下として信仰を受ける精霊王の一角、水の精霊王ウンディーネそのものである。


 フロレス共和国ではシルフ信仰が主流であっても他を蔑ろにしてはいない。故にシルフだけでなくウンディーネさえも契約を結んだ空也に尊崇の念が向けられ、祈りがウンディーネに捧げられる。


 尚、ウンディーネの普段使いの口調は精霊王の不思議パワーによって周囲の耳には威厳のある妙齢の女性の物にと自動で変換されて届いた。


「いや、喚べば来るんだから別に良いじゃねぇか。俺達の仲だ、水臭い事言うなって」


 前に詠唱を行った時は孫娘に良い所を見せようと張り切っただけで今回は急ぐ必要があったからだが、ウンディーネからすれば堪らない。化粧も整髪もせず部屋着のままで外にに連れ出されそうになった気分だ。


 その上、水臭いはどうもタブーだった様で……。


「あー! それ禁句っす。水の精霊に水臭いとかデリカシーの欠片位持てっての。水の精霊王として断固抗議して慰謝料請求っすよ!」


「へいへい、悪ぅござんした。謝ったんだから彼奴を元に戻してくれや。ちょいと魔法を忘れちまってよ。此処で聞けば良いけど、それじゃあ喚ばれたお前の立場が無いだろ?」


 ジト目でネチネチ文句を言っているウンディーネだが空也は適当に聞き流している。それが不満そうなウンディーネだが、氷壁に閉じ込められて暴れているエンケーの姿を凝視するなり眉を顰めて肩を落とす。


「うへぇ。アレ、随分と酷い状態じゃないっすか。今回の禍人にはどんな性悪が選ばれたのやら。浄化転生も良いっすけど、もー少し力を抑えるとか無理なんっすかねぇ。……シルフの信仰地(縄張り)で活躍とか後で面倒なのに……」


「今度ワインでも差し入れてやるって」


「……白を三つ。んじゃ、ちょっと本気出すっす」


 時刻は既に日が沈んで星空が見え始めた頃合い。雲一つ無い満天の星空は突如分厚い雲に覆われる。周囲を支配する夜闇、それを一筋の光の柱がくり抜いた。眩い程に明るい光の柱が照らすのはエンケー。光の中では優しく暖かい雨が降っていた。




「エンシャルト・ア・モーレ!!」


 降り注ぐ雨粒の一つ一つが光を反射し、打ち付けられたエンケーの体を光の膜が包み込む。ゆっくりと収縮する光の膜が弾けて消えれば雨が止み、空を覆う雲も、それをくり抜いた光の柱も消え去っている。後には安らかに寝息を立てる元の姿のエンケーが倒れていた。



「さて、此処までやったんだし……人の子等よ、もう安堵せよ。厄災は去った。このウンディーンネがそれを保証しよう!」


 喝采が上がり、続いて多くの生徒や教師陣が平伏して祈りを捧げる。悪い気はしない一方でウンディーンネは少し困っていた。




(信仰が私に移ったらネチネチ嫌味を言われるんだろうな……。空也が魔法をど忘れしたネタで誤魔化せると良いんっすけどねぇ)


 同僚相手の縄張り争いやら何やらの面倒臭い暗黙の了解は精霊の世界にも存在するらしく、取り敢えず今日は飲もうと決意するウンディーンネであった。尚、実際に信仰対象を変えた者が居た為に二日酔いの状態でシルフの相手をしなければならないのだが今の彼女は知る由もなく、事後処理によって騒がしくなる前に姿を消すのであった。





 そう、伝統行事前に行われる筈だったサバイバル訓練を一時中止してまで此度の騒動の事後処理が行われる事になったのだ。学園関係者や貴族の息が掛かった役人、再び緊急事態が起こった時に動く冒険者達、一挙に人的密度が増えた寄宿舎で事件の翌日から五日後に漸く解放されたスカーとリシャーナは疲弊しきっていた。




「まあ、予測はしていたけどさ……」


「全然信じて貰えませんでしたね」


 禍人が現れるのは許容範囲内だが、全く喋らない黒衣の不審者が二人を守って戦ったり、貴族であるエンケーが憎魔と呼ばれるモンスターになったりと現実味がなかったり、都合が良い貴族の派閥と都合が悪い派閥が争って尋問紛いの聞き取りが前に進まなかったりと非常に苦労した。特にスカーは嫌いな権力闘争に巻き込まれて辟易した表情で机に突っ伏している。



「……それと、彼については私が言った通りでしょう?」


「……」


 リシャーナの言葉にスカーは黙って応えない。その代わり、グシャグシャに握り締められた公式発表が載った新聞が心情を物語っていた。





「ダッツモ家の三男になりすました男を捕縛(・・・・・・・・・・)、側近の者達も共犯として尋問を受ける事に、か。腐ってますね、貴族社会って」


 エンケーの部屋を調べれば誂えていたかの様に禍人との取引の証拠が発見され、多くの者達が異形になった彼を目撃している。貴族全体の面子を守るにはこれが一番だっただろう。要は切り捨てられ、貴族とは無縁の存在となったのだ。




「彼、事故死か病死か自殺か……どれになると思いますか?」


「……知らないよ。僕、頭悪いから」


 エンケーの命運を悟り、スカーは無力を噛みしめる。非常に暗い話題だが、それでも二人は話すしかない。口裏を合わせて黙っていた情報に触れたくもないからだ。虚偽だと一笑に付すのは簡単にも関わらず、何故か出来なかった。








「……」


 一方、シアバーンとの戦いを終えた黒子は一旦報告の為にアンノウンの下に戻っていた。怪我は魔法の薬で癒し、服は自己修復で元に戻っている。無力感とシアバーンが口にした世界の真実について問いただそうと急ぐ彼はアンノウンの背後に着地した。








「カバディカバディカバディカバディカバ……あっ、ご苦労様ー! プリン有るよ、プリン」


「……」


 黒子の方を首だけ向いて冷蔵庫を指し示すアンノウン。中にはガラス容器に入った冷たいプリンが存在を主張している。サクランボや生クリームが乗っているが、漂ってくるカラメルソースの香りが主役が誰かを教えていた。







 尚、黒子は甘い物が苦手であったっ!


「……ふむ。粉山椒でも振り掛けるかね?」


 因みに鳥トンは辛い物が大好物である。


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