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黒子VS商人

 黒子は無言でナイフを振るう。小柄な体の細腕からは想像出来ない力で高速の連撃を放ち、細身のナイフは振り下ろされる超重量の戦斧を真正面から受け止めた。


「おやおや、随分とお強い。お名前、教えて貰えませんかね?」


「……」


 互いに一歩も引かず、地面に刻まれた靴跡には踵が後方に向かった物は一つもない。皆、つま先に力が乗っている物だけであり、二人が相手を押し切っていない証明となった。


 両手で柄を掴んだ戦斧に力を込めて押し込もうとするがナイフは微動だにせず、黒子もシアバーンの戦斧を弾き飛ばせずに硬直状態だ。シアバーンは真上から黒子を覗き込んで話し掛けるのだが一向に会話に応じる様子を見せない。まるで言葉を話す事が禁じられているかの如き徹底ぷりだ。


「……ヒートバインド」


「はっ!」


 鍔迫り合いは互角の二人。硬直した戦況に真横から手が出された。グチャグチャにされた腕を力なく垂らし辛うじて動く一方の腕をシアバーンに向けて宙から高熱の鎖を出現させるリシャーナ。スカーも緊急治療が必要な体に鞭打って砕けた盾の持ち手を掴み、僅かに残った部分で殴り掛かる。


 敵の敵は味方などと単純な思考で正体不明で無言を貫く不審人物を信用する愚かな二人ではないが、今すべき事が何かは理解している。巨体を持つエンケーよりも危険で確実なる敵であるシアバーンを倒す事だ。例え自分達の力と隔絶した差がある相手だとしても、互角に戦う相手との戦いにおいて致命的となる隙を一瞬でも作ってみせるという意地だ。既にボロボロにも関わらず精神力で体を無理に動かした二人は猫に噛みつく窮鼠の意地を見せた。




 ただ、相手は猫などではなく獅子の化け物だったと、それだけだ。無得ない壁に鎖もスカーも激突して勢い良く弾き飛ばされる。次の瞬間、互いに武器は離さずとも互いの腕を弾き飛ばしあった二人が同時に後方へと跳んで距離を取る。この時、黒子の登場から二人に対して一切意識を向ける様子の無かったシアバーンが顔を向ける。目が描かれた布で表情は分からないのに底冷えする瞳で見られていると感じさせた。


「一矢報いる腹積もりでしたか? それは残念。戦う資格のない弱者とは戦わず……片手間に踏み潰す事にしているのですよぉ!」


 嘲りさえ感じさせない声から急に楽しそうな声に変えてシアバーンは二人に告げる告げた。少しだけ右足を上げて虫を踏み潰す様に下ろし、足元の大地が先端を鋭く隆起させながら二人へと迫る。大地属性の上級魔法アースパイル、無詠唱で放たれたそれは内臓に届く怪我を負って咄嗟に動けないスカーに先に迫っていた。扇状に広がって迫る大地の杭を跳んで避ける事が不可能なら転がって躱そうと身体を捩るも激痛に動きが止まる。腹部をきつく縛った布は赤く染まり、無情にも彼の身体目掛けて杭の先端が迫る。


「……悪い」


 それはエンケーを救えないまま死ぬ事か、行方知れずも含めたスラムの仲間達に先に逝く事を謝ったのか。目を閉じ死の瞬間を黙って受け入れた時、襟首を掴まれ強引に引っ張られた。目を開ければ大地を砕く勢いで突き進んだ黒子がスカーを抱え、同じ様に逃げ切れずに串刺しにされそうなリシャーナの前で急停止、姿勢を低くして根元から杭を刈り取った。


「あ…ありがとう」


「……助かったよ」


 見れば僅かながら肩で息をしている黒子の姿に二人は彼に向けていた疑念を恥じる。此処まで必死に自分達を助けてくれる相手を疑っていた自分を愚か者だと感じた二人の耳に拍手の音が届いた。見ればシアバーンが胸の前で手を叩いているではないか。とても関心から称えて拍手を行っているとは思えなかったが。



「おやおや、見事な手際。目の前で誰かが傷付くのは我慢出来ないと、そんな感じですか。……成る程、成る程」


 何かを悟ってか顎に手を当てて考え込んだシアバーンだが、黒子はその隙を見逃さない。瞬時に懐に潜り込み、心臓を貫こうとナイフを突き出した。肉と骨を貫く音と共に飛び散る血の香りが周囲に広がる。



「!」


「痛い痛い。ああ、痛いのは久し振りです……ねぇっ!!」


 だが、シアバーンの命を絶つには至らない。胸に突き刺すよりも前に滑り込まされた右手がナイフを防ぎ、刃は貫通するも柄の部分で止まってしまい胸まで後僅かな所で止まっていた。押し切ろうとナイフを持つ手と足に力を込めジリジリと押しやって行く黒子だが、シアバーンも無事な左手で貫手の構えを取り放つ。攻撃に神経を集中した為か貫かれた右手を押しきられナイフの先端はシアバーンの胸に触れ、同時に彼の指先も黒子の胸へと迫る。


 黒い衣服の布に穴を開け、内部の小柄ながら鍛え抜かれた肉体に指先が触れて血が滲む。その瞬間、黒子は身を捻りながらも更に前に踏み出した。シアバーンの貫手は黒子の胸の表面の肉を切り裂き、黒子のナイフはシアバーンの心臓へと届く。確実な手応えを感じた黒子はシアバーンを蹴り自分は後方へと跳んだ。


「がっ!?」


 引き抜かれるナイフ、噴水の様に噴き出した鮮血。真後ろに倒れるのかシアバーンは足をフラフラと頼りなく動かし、背中が大きく仰け反る。










「はいっ! ブリッジ!」


「!?」


 そして陽気な声と共にシアバーンは両手を大地に付けて両手両足で身体を支え頭からお尻に掛けてを持ち上げる。黒子が先程負わした傷は確かに存在したと周囲の血が証明するもシアバーンのスーツには血の染みすらなく、右手も無傷だ。これに黒子が動揺を見せる中、地面を蹴って逆立ちになったシアバーンは今度は腕の力だけで真上に飛び、捻りと回転を三回ずつ行って見事な体勢で着地する。戦いのダメージは一切見られなかった。



「いやいや、お見事っ! 流石は他の世界を救った大英雄、もしくは救う筈だった英雄候補なだけ有りますね」


「……」


「どうして見抜かれたのか気になるご様子。……私、彼の友人だったのですよ。魔界に囚われる前、私が守護する木の実を欲しがってやって来た、そんな出会いをしたね」


 先程までの嘲笑う声でも殺意を込めた声でもなく、昔を懐かしむ声で告げられた言葉に驚いたのは黒子だけではない。寧ろ、スカーとリシャーナの方が驚きを隠せない様子だ。




「他の世界だって……?」


「まさか勇者様……?」


 勇者とは異世界より仲間と共に召喚される、そんな伝説に触れて育った二人はシアバーンの言葉から黒子こそが勇者だったのかと思い、納得もする。あの強さは正しく世界を救う使命を受けるに相応しいのだと」





「あっ、違いますよ? 彼の主人って異世界に赴いては世界の危機に立ち向かう運命を持った、それこそ物語の主人公的な人に接触して弄くるのが大好きなんです。その結果、世界がどうなろうと気にしないそうで」


「……最低だな」


 スカーの呟きに黒子さえも腕を組んで頷く始末。シアバーンの声にも若干の呆れが混じる中、スカーはやるべき事を思い出す。シアバーンの登場によって意識を持って行かれたがエンケーが自由の身となって進み出していたのだ。犠牲者だけはこれ以上出さない為に動こうとして視線を向けた先、寄宿舎に後少しまで迫ったエンケーの怒声がスカーにも届いていた。




「……僕は、僕は知っているんだぞっ! 教師も手下も同級生も使用人も、皆揃って僕を馬鹿にしているってっ! 僕は僕を馬鹿にする奴を絶対に許さないからなぁあああああああああああっ!!」


 放たれる魔法も周囲を飛び回る竜も気にせず怒りを露わにしたエンケーの肉体は更に巨大化し、後はもたれ掛かるだけでパニック状態に陥って混乱広がる建物を押し潰す事が出来るだろう。












「……あ~、そりゃ大変だったな。でも、誰かを傷付ける理由にはならないんだぜ、小僧! 一丁根性を叩き直してやるよっ!」


 今、この場に、世界を救った英雄の一人さえ居なければ! 屋根の上で腕を組み、豪快に笑う空也の背後に巨大な魔法陣が出現した。

 



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