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成すべき事

「あはははははっ! 実に低レベルな戦いをしているじゃないか。この僕が本当の強さを教えて上げようじゃないか」


「その声は……」


 土煙が晴れた時、其処に立っていた存在はスカーの知識な存在しない姿の生物だった。全体的に凹凸が少なく、筋肉がうっすら見て取れる以外はマネキンの類を思わせる。陶磁器や魚の腹の如き白い全身に対して目だけは血に染まった様に赤く、髪が一本もないツルッとした頭の左右には毒々しい紫色の湾曲した角が生える。


 着地の衝撃で舞い上がった土煙をズボンから突き出した長い尻尾が払い、ビタンビタンと地面を叩く。そのズボンと辛うじて体に張り付いている程度の布切れをよく見ればアスモデウス学園の制服に見えた。


 即座に似ているだけと否定するスカーだが、異形の存在が出した声に気のせいではないと嫌な予感が確信へと変わる。


「……エンケーか?」


「エンケー様だ、この平民がぁあああああああああっ!!」


 世日捨てされた事によって先程までの他者を馬鹿にして保たれていた余裕は無残して余裕の無さが顔を覗かせる。怒鳴り声は周囲の空気を震わせ、ミシミシと軋む音を立てながら肉体が膨張、僅かだった筋肉が克明に認識できる迄にへんかした。


「どうしたんだ、その姿は……」


「その姿? はっ! 生まれの卑しい奴には高貴な生まれの姿を正しく認識出来ないのか。それとも美的感覚が狂っているんだな」


 怪訝そうな声で自分の体を見た後で、まるでスカーの目に映る姿が幻覚の類であるかの如く振る舞うエンケーの言葉に違和感は存在しない。認識出来て居ないのか、今の姿が本来あるべき姿だと認識しているのか、この異変について要因の思い当たる物が無いスカーでは答えは出ない。



「……生徒会長、相手は未知だ。後は分かるね?」


「ああ、分かっているさ、スカー先生。来い、ルーベット!」


 エンケーと三名の間に入り込んだスカーは彼から視線を外さずコルネリアに声を掛け、一瞬の迷いもなく彼女は相棒を呼び寄せる。声が響いた僅か数秒後には上空から灰色の鱗を持つドラゴンが舞い降りた。


「二人共、早く乗れ!」


 急かしながら待つ暇も惜しいと二人の首根っこを掴んで引き寄せるとルーベットと呼ばれたドラゴンが前足で彼女の体を掴んで飛び上がった。


「逃がさないよ! 姑息なネズミが何処に逃げたって誇り高い鷹は絶対に仕留めるのさ!」


 当然それを黙って見逃すエンケーではない。足にグッと力を込めて矢が放たれたかの様に飛び上がる。だが、その目前に壁が出現した。



「いや、させないから」


「がはっ!?」


 否、それは壁ではなくて盾。エンケーが飛び上がる一瞬前に飛び上がったスカーは正面からではなく微妙に角度を付けて激突の衝撃を逃がしながらもエンケーの顔面に盾を衝突させる。猛スピードを乗せた跳躍の衝撃を自らの顔面に食らったエンケーは墜落し、着地した所目掛けて盾の縁が振り下ろされる。咄嗟に避けた彼の首が先程まで存在した場所に盾が叩き付けられた。


「……惜しい」


「貴様、貴様ぁあああああああああああっ! 僕に、この僕に手を上げるなんて……今すぐ死刑にしてやるぅううううううううっ!!」


 再びエンケーの体から尋常でない軋む音が響いて全身の筋肉が膨れ上がって行く。重量も増したのか地面に罅が入っていた。



(さてと、どうやって大人しくさせるかな。気絶は難しそうだけど……一応生徒だし、戻れないと決まった訳じゃないし)


 向こうは正気さえ定かでなく、見た目は完全なる人外。何故そうなったのか、元に戻す方法は存在するのか、そんな答えはスカーには出せない。






「安心しなよ、エンケー。僕は教師だ。だから生徒は守ってみせるよ」


 彼が出した答えは一つ。教師ならば生徒を守れ、それだけだ。


「ううっ、うううううううううううっ!」


「……聞いてないか」


 理性がいよいよ薄れたのか唸り声を上げて更に目が赤く染まるエンケー。その姿に少し焦りを感じながらもスカーの瞳には迷いが見られなかった。


 何とか無力化する方法を思案する中、エンケーの背中の肉が盛り上がり、新たな腕が生える。黒く長い爪は刃の如き鋭さだ。元々有った腕や足の爪も同様に伸び、殺気は益々濃厚になった。




 その姿を遠くから観察する人影が三つ。シアバーン達だ。塀に座り込んで観戦するもイルマ・カルマ達は非常に退屈そうだ。


「ねぇ、まだ誰か死なないの?」


「ねぇ、まだ誰も死んでないよ?」


「おやおや、もう少しお待ち下さい。今、誇り高き教師が生徒を救おうと躍起になっているのですから。そうやって立ち向かう姿こそ彼を苛立たせ憎しみを増幅させる。憎魔(ぞうま)の実によって変質した者はそうやって化け物に近付くのですがねぇ。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」


 腹を抱え、喉の口を深く裂けさせながらゲラゲラと笑うシアバーン。顔を隠す布に描かれた目はエンケーを向いていた。


「しかししかし、エンケーさんには予想を裏切られました。まさかあの時間であれだけの結果となるとは予想外でした」


「うわっ! 一撃で盾の表面が深く陥没したよ。次は絶対に穴が開くね」


「武器も無いのに立ち向かうからだよ。所でさ、君って色々と作っているけど、どうやって魔法のアイテムの作り方を学んだの?」


 膨れ上がった筋肉は見掛け倒しな筈が無く、スカーが手にした分厚く強固な盾が拳の形に凹む。クッキリと拳の跡が次々と盾に刻まれる中、カルマの問い掛けにシアバーンは大笑いの動作を止めて襟を正した。




「……昔、森の中で木を守りながら暮らしていた時に出会った友に教わりましてね。まあ、魔界に囚われる前、その原因となった騎士の国を滅ぼしてくれる位には仲の良い友でした」


 懐かしむ様に、それでもって寂しそうに語るシアバーン。布で隠れた瞳は何処か遠くに向けられていた。







「ええい! 離せ、離さぬかぁっ! あの様な未知の敵、放置するなど戦士に非ず!」


 コルネリアの相棒であるルーベットの背中の上で彼女に羽交い締めにされているヴォルテクトは暴れるも引き離せない。身体の上で大声を出されるのが煩わしいのか不快そうに唸るルーベットが視線を送る中、璃癒は静かに目を閉じて心の中で自分に何かを言い聞かせていた。



「よし!」


 気合いを入れる様に頬を手で挟んで叩くとヴォルテクトの襟首を掴んで自分の方を向かせる。



「ヴォルテクト、誰しも役割が有るんだ」


「是なりっ! ならばこそ、今すぐ引き返して……」


「だからこそ、未知の相手に挑むのは僕達みたいな未熟者のすべき事じゃない! 今は先生を信じて……どうにか出来そうな人を呼んで来る事だっ!」


「……ぬぅ」


 璃癒の言葉に納得したのかヴォルテクトは黙り込む。激情家であっても道理が通じない彼ではない。納得出来なくても理解はしたのか腕を組んで座り込んだ。





「死ね死ね死ね死ねぇええええええええっ!!」


「よっとっ!」


 元より優れた武才も持たず、人並み以下の修練しか積んで来なかったエンケーの技量は低い。それを補って余り有るのが今の人外の腕力だ。振り回すだけで金属製の盾に拳の跡が増えて行く。


 だが、其処までだ。どれだけ拳を叩き付けても盾の破壊には到らない。拳の跡に重なった部分は存在せず、人など容易に飛ばされそうな威力の拳を防いでもスカーは殆ど後ろに下がらず、疲れはあれど怪我は無し。衝撃の際に打点を外して受け流し、巧みに動いて拳に力が乗り切らせない。


「ぐぅ、ぐぅうううううううううっ!!」


 人間と怪物、生物的に大きく性能の隔たりがあるにも関わらず疲労が見え始めたのはエンケーが先だ。口からダラダラと涎が垂れ落ち、息が上がり始めている。今、腹の虫が鳴り響いた。




「そうだよね、それほどエネルギーを貯め込めない人間から変身して暴れまくった上に身体を変えまくって……限界が来て当然だっ!」


 グラリとエンケーの身体がふらつき、スカーは盾を振り上げて飛びかかる。着地の踏み込みの勢いを乗せ、盾の縁を足の小指へと叩き付けた。


「ギャァアアアアアアアアアアア!!」


 甲高い悲鳴を上げて仰け反るエンケーにスカーは更なる踏み込みで盾を叩き付けて地面に倒す。当然直ぐに身体のバネを使って飛び上がろうとするエンケーだが、身体を回転させて遠心力を加えた盾の打撃が顎に命中、脳が揺れて意識が朦朧となった所に再び同じ一撃を食らった彼は気を失った。


「……ふぅ。何とか無力化に成功した」


 額に滲んだ汗を手で拭いながらスカーは事後処理について考える。徹夜で済むレベルではないのが分かりきっていた。だが、少しだけ満足感も有る。今後どうなるかは分からないが、取り敢えず捕らえることが出来た。そう安心した。








「……ああ、詰まらないですねぇ! 予想を超えたゴミっぷりに呆れ果てます。試験第一号の結果がたったあれだけ(・・・・・・・)の力しか出せないなど。……こうなれば」


 シアバーンは不愉快そうな声を出しながら視線の先で気絶するエンケーに人差し指を向ける。糸の如き細さの魔力の電流が指先から迸りエンケーの肉体に触れる。この瞬間、気を失っていた彼の耳に数多くの声が聞こえてきた。




「なんであれが産まれてきたんだ……」


「エンケー坊ちゃん、見合いを失敗したんですって」


「金さえなければ屑の取り巻きなんてしなくて済むのにな」


「才能も将来もない。死んだら良いのに」


「屑」


「出来損ない」


「役立たず」


 それは彼が今までの生涯で耳にしてきた陰口。表では平伏している者達も陰で彼を罵倒し、両親も兄達も余計な存在として彼を扱った。見返そうとしなかった訳ではない、悔しくなかった訳がない。ただ、彼には罵倒されながら努力を続けられる程に強い心は無く、外聞の為に与えられた金と力で好き放題する楽な道を選んでしまった。


 仕方がない事だったのだろう。それによって周囲の評価が悪化しても、それでは駄目だと分かっていても変われる強さを持っていない彼は堕落を続け、遂に取り返しが付かない所まで行き着いてしまった。






「誰も、誰にもこの僕を馬鹿にさせてなるものかぁああああああああああああっ!!」


 激昂と共にエンケーの肉体は更なる勢いで膨れ上がる。その姿は先程まで辛うじて残っていた人間らしさは消え失せ、十メートル程の蠢く肉塊へと変貌していた。アメーバみたいに蠢く白い肉塊の中央には元々の姿を取り戻したエンケーの顔があるが、それが更なる不気味さを駆り立てる。


 怒りに溢れたエンケーは弾む様に蠢いて他の生徒や教師が居る寄宿舎目掛けて進み出した。


「不味い、早く止めないと……」


 焦りを覚えるスカー、このままでは最悪の事態が訪れると疲弊した身体に鞭を打とうとするが立ち向かおうとする。相手は巨体、大規模な攻撃魔法も巨体に通じる一撃を放つ腕力も技も持ち合わせていない。


 だが、立ち向かわないという選択肢は存在しない。このままでは犠牲者が出る。そうなれば間違い無くエンケーは処分される。それだけは絶対に避けなければと盾を構えて走り出した時、エンケーの体の表面が隆起、無数の腕となって掴み掛かって来た。咄嗟に盾で防ごうとするも押し切られ地面から足が離れる。


「ぐはっ!」


 スカーを掴み、地面を削る様に押し付けながら伸び続け壁に激突させた。力が抜けたスカーを掴んだ腕は勢いを付けて上空へと伸びて放り投げる。放物線を描き飛んで行くスカーが地面に叩き付けられ血の花が咲く……その寸前、無数の鎖が彼を受け止めた。







「あらあら、お手伝いに来てみれば……何でしょうか、あれ?」


 スカーを受け止めた鎖を操るのはリシャーナ、鎖の上に立って肉塊となったエンケーを指差した。


「……エンケーだよ、間違い無くね。だから……」


「なんとっ!? だったら……」


 目の前の肉塊が知っている少年と聞いて驚いた顔で口元に手を当てるリシャーナ。スカーは思う。これで助けられると……。











「絶対に助けないと……」


「これ以上道を外す前に殺してあげませんと」


 目の前の相手をどうにかする、それは一致している。だが、その先の結論は真逆の物であった。互いに相手が信じられないと顔を見合わせた。





「えっと、頭でも打ちました? ああなったらお終いですよ、彼」


「まだだ、やり直せるチャンスは誰にでも有るはずだ」


「綺麗事だと思いますけどね、私は。そうやって彼に救いの道が有ると信じて……何を思い込みたいのですか?」


 正面の物全てを踏み荒らしながら突き進むエンケーを追う二人だが意見は完全に二つに分かれてしまっている。時折伸びて来る腕を魔法の鎖で絡め取って防ぎ、盾で弾き飛ばす。そんな最中の口論で告げられた言葉にスカーは黙り込んだ……。

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