突き付けられる無力
ウドの大木、大きいだけで役に立たないという意味を持つ言葉であるが、戦いにおいて大きさとは重要だ。確かに的が大きくなり、狭い場所で動きにくい等のデメリットも存在するが、それでも戦いにおいて圧倒的な巨体というのは脅威でしかないだろう。
「逃げろ、アレには敵わない! 兎に角距離を取るんだ!
ラグレに現れた無数の死霊系モンスター。それだけでも町を壊滅させるに十分であったが、それを連れて来たスピリットハウスは別格だった。船乗りにとって不吉の象徴とされ、殻を死霊の住処にする疫災の運び屋たるヤドカリ。
だが、町をゆっくりと横断しているスピリットハウスの脅威は連れて来た死霊よりも数百年を生きた事による圧倒的な巨体にあるだろう。スピリットハウス自体に町を破壊し尽くすという目的はなく、知能自体がさほど高くない。
何かに誘われ前に進む、それだけで進路上に壊滅的な破壊を齎している。港の船が巨体に潰されバラバラに砕け散る。踏み越えられた建物が崩れ、踏み越えるには高い建物は煩わしそうにハサミが振るわれる度に無惨に破壊され瓦礫が町に降り注ぐ。
瓦礫が激突した建物が崩れ、頭上から迫る脅威に人々は逃げ惑う。死霊の群れに立ち向かう原動力となった町を守る為の戦意は易々と折られていた。
矢が放たれた。だが、分厚く強固な甲殻には僅かな傷すら入らない。誰かが大砲を撃った。砲弾は弾かれスピリットハウスは意にも介さず進むだけだ。
人は未知に弱い。何もかもが通じない相手、それはラグレの住民からすれば幸運な事に三百年前以来であり、それが今回は災いして戦意を奪い恐怖を駆り立てる。
「ホーリーバースト!! ……効きませんか」
魔力を回復させる薬を飲み干し、僅かに回復を始めた魔力を絞り出して聖なるエネルギーの波動を放ったエリーゼだが微塵も効いた様子のない事に大してショックを受けた様子は無い。ただ、自分の無力を痛感して拳を振るわせている。
彼女は決して弱くない。レベルが13を超えた途端にレベルアップの必要経験値も能力補正も跳ね上がる。今の彼女は16であり、この年頃では上位に入るだろう。アンノウンの介入によって得たウォークレリックのクラス補正も侮れない。
だが、今相対しているスピリットハウスは巨大過ぎる。そしてクレリック系統が扱う魔法は聖属性が多く、邪悪なエネルギーを宿すモンスターには効果的だ。だが、スピリットハウスは死霊の住処となる巨大な殻を持つだけで邪悪なエネルギーを見に宿していない。
ただ単純に相性が悪い、それだけだ。だから納得しろと諭されても納得出来るエリーゼではない。破壊された我が家を見て嘆く者、瓦礫に挟まれた家族を助けようとする者、そんな姿を見ても納得するのが賢さであるなら、エリーゼは愚かで良いと断言する人間だ。
「時間さえ、時間さえ稼げれば……い」
エリーゼは知っている。自分を歯牙にも掛けない目の前の存在さえも鼻歌混じりに倒せる者達が居る事を。世界を救える可能性を持つ英雄ではなく、世界を救った英雄達が居る事を。
ならば自分がすべきは避難誘導と怪我人の治療。だが、それだけでは駄目だと心が叫ぶ。成すべき事には間違い無いが、それは町が破壊尽くされるのを見ているだけ。それは嫌だったのだ。
だが、どうすべきかは分からない。その時、我先にと他の者を押しのけながら逃げる男の声が聞こえた。
「おいおい、あっちは屋敷じゃねぇか。まさか例の剣に反応して……」
「あの餓鬼、町を支配出来るとしか……」
男達はよく見ればフウ一家の構成員であり、直進するスピリットハウスの前方には大きな屋敷、フウ一家の本拠地だ。そして二人の会話。この事態について何かを知っていると確信した瞬間、エリーゼは男達の前に立ちふさがり、言葉を発する前に一人の腹に拳を叩き込んで悶絶させた。
「何か知っていますね? 言いなさい。さもないと……」
男達の足下に撃ち込まれる魔法。普段のホンワカした表情は消え去り厳しいものとなったエリーゼは暗に告げる。虚言は通じず、そして許さないと……。
「おいおい、俺達が誰か……分からなくても仕方ねぇか」
「もう七十間近ですからね、私達」
名うての船乗りから幽霊船の船長になって早三百年近く、突如奇妙な乗り物で突っ込んできた老人二人にシャークゥは警戒をしながらも同時に既視感を持っていた。だが、思い出せないだいたい、幽霊船を見れば大抵の相手は逃げ出して、極希に乗り込んで来る馬鹿は丁重に相手をして港まで運んで来た。
ならば昔の復讐に来たのかと思いきや敵意が感じられず困惑する。そんな三名の間に突如飛び込む者が居た。そう、二人が船長室に突っ込む事になった最大の要因のアンノウンである。と言うよりアンノウンのみが悪い。
「はーい! もう時間が勿体ないから僕から紹介させて貰うよ。勇者として召喚された孫娘の仲間としてまた召喚されたじげっちゃんとクーちゃんこと示現と空也だよー! ……君達が船に突っ込むからややこしい事態になったんだよ?」
責める口調のアンノウンだが、その事態に陥った犯人である。
「……そうか。まさか世界を救った後で再び喚ばれるとはな……」
「まあ、右も左も分からない者だけで異世界に行くよりはマシなのでしょうが……」
「此奴、過保護が過ぎるんだよ。兎に角危険から遠ざけようとしてよ」
「……それが何か問題ですか? いえ、教育方針についての話し合いは後日改めて行うとして……彼女の力が籠もった剣をどうしましたか?」
厳しい視線をシャークゥに向け、その背後の棚に飾られた鞘に視線を向ける示現。シャークゥは肩を落とし、予想通りの返答をした。
「……奪われた。熊のヌイグルミを抱いた女の子の姿をした禍人にな」
骨が露出した拳を悔しそうに握り締めて震えるシャークゥ。あの剣はミューリが残した力が籠もった形見同然の品物。それを奪われた事が許せない。腕の中で息絶えた彼女を守れなかった時と同等な程に屈辱を感じていた。
「……こんなんだからミューリの生まれ変わりと出会えないのかもな」
「まあ、何度かニアミスしたけどね。偶々船長室に居た時にすれ違った船の甲板に居たり、港に居たけど偶々互いに別方向見てたりとかさ」
落ち込み自嘲するシャークゥを前に間髪入れずに空気を読んだ上で台無しにする発言。それが自分クオリティだと気に病む様子の欠片も存在しないアンノウンに場の空気が固まった。
「いや、敢えて口にするなよ……」
「うん、まあ一応迷ったけど、僕の中のたった一つの人格が言うんだ。言えってね!」
「つまり100%自分の意志であると」
「うん!」
アンノウンから告げられた事実に先程までとは別のショックを受けたシャークゥがうなだれた時、突如船が猛スピードで走り出した。
激しく揺れる船内。スケルトン達が倒れて骨を鳴らす中、当然とばかりによろめきもしない示現と空也。アンノウンは更に余裕で玉乗りの上に皿回し。何時もより多く回している。
「……アンノウン、貴方の仕業ですね?」
「何の事? 僕の指示で動く僕の部下が船を押してラグレに向かっているだけだよ。……つまり僕の仕業!」
おちゃらけたポーズで告げるアンノウンだが、示現は特に反応もせず、只黙って見詰めるだけだ。暫く見つめ合っていた二人だが、根負けしたのか飽きたのか降参とばかりにアンノウンは両手を上げた。
「じげっちゃんはノリが悪いから面白く無いよ。他の世界じゃ胃痛を起こしながらツッコミを入れてくれる子も居るのにさ。……あっ、そうそう。ラグレと岬の洞窟のミューリちゃんが過ごしてた所で、エリちゃんとりっちゃんが戦ってるよ」
思い出した様に告げられた言葉に示現と空也は船長室から飛び出し、更に船からも飛び出す。海上では水蜘蛛を装着したキグルミ達がロープで船を引っ張っているが目もくれず、エア・ウォークで宙を突き進んだ。
「……んで、どっちが町に行く?」
「貴方でしょう。そろそろ魔法の手加減が出来ている頃合いでしょうし……洞窟に向かう無茶をするのは間違い無く璃癒でしょうしね」
「……次からはジャンケンな」
孫娘の救援を手早く自分の仕事にした示現に先日の一件から文句が言えない空也。今回で終わりだと告げる彼に軽く頷いて返答した示現は更に速度を上げて凪の海を抜けて嵐の中を駆け抜けた。
英雄の到着まで……後少し。
モチベーションになるのでブックマーク感想評価お願いします
少しずつだが増えている!




