サイドストーリー 伝説となる若者達 ⑪
今更ながらラキスケ男主人公が良かったかも 祖父さん二人も容赦なくできるし
「ねぇ、此奴どうする? ボクとしては放置で良いと思うんだけど……」
見事に逃げ去ったミューリが消えた方向から、未だに高イビキのレンドラスに視線を移したクラリアだが、どうもやる気が起きないのか呆れ顔だ。そもそもの話、人間に協力していた云々は別として、レンドラスからの情報と彼のお粗末な頭を考慮すれば強制された婚姻であったと理解していた。
「……そうさなぁ。この大馬鹿者の世話を焼くのは面倒だが、このまま逃走を許すのも業腹であろう? さて、どうすべきか……」
これで人間に味方する行為さえなければ婚姻の取り止めに協力していたかもと思っている彼女は、同じく呆れ顔で酒を飲みながらレンドラスの寝顔を見るグラニスに意見を求める。彼もまた、友人としての義理で出席したものの結婚式に否定的感情を持っていた。
暫し考える事すら面倒だと態度や表情で語っていた二人だが、クラリアが意を決した表情でレンドラスへと歩み寄った。そして至近距離で片足を高々と上げる。
「ほら、いい加減起きろ!」
「ふごっ!?」
容赦なく振り下ろされた踵が向かう先は股間。強固な鎧で守られているにも関わらず、彼女の矮躯からは想像出来ない威力の衝撃が内部に浸透し、否が応でも目覚めさせた。
「ぬ…ぬぉおおおおおお。何をするのだ、クラリアよ……」
「そんな事より花嫁が逃げたよ。人間の男と一緒にね。……横恋慕ご苦労様」
股間を押さえて悶絶するレンドラスの抗議の声など無視をして、親指でミューリが去った方角を示すクラリア。一瞬内容を理解出来なかった様子のレンドラスだが、直ぐに怒り出して示された方へと駆け出した。
「おのれ間男っ! 結婚前の不安で揺れ動く心に付け込んでミューリを騙したなっ! 成敗してくれるっ!!」
そのまま水の足場から飛び降り、派手に水柱を上げて海面に飛び込んだレンドラス。真の姿を解放するとミューリの力を察知した方向へと凄まじい速度で泳ぎ去った。
「いや、間男は貴様であろうに……」
「馬鹿だから分からないって、馬鹿だから」
そんなレンドラスに二人が向けた視線。それがどの様な物だったかは語るまでも無いだろう……。
感じる強大な力に恐れを抱きつつもミューリは少しだけ安堵する。レンドラスは本気の力で、返神を使っている。力が大きくなるに連れて短くなる制限時間がある以上は少しでも時間を稼げば希望が生まれる。
「……やってやるわ。生憎守りは得意なのよ」
自分の死は既に計算の内、大切なのはシャークゥを守る事だと接近する力に身構えた時、その姿の一部が視界に入る。海面に突き出した背びれ、続いて細かい歯がビッシリと生えて肉食であると主張する口。
「ミューリ、見付たぞ!」
叫び声と共に海上へと飛び上がったレンドラスの姿にミューリは言葉を失った。海王とまで称される男の真の姿、異様の一言で済むとは思っていなかった。想像を絶する威圧感を放ち、一目見ただけで戦意を削がれる、そう思っていた。
だが、目の前の姿はその様な物ではない。想像を遙かに上回る予想外の姿だ。
「レンドラス、その姿は……」
「ふはははは! この姿に見惚れ、惚れ直したか? 良い、一時の気の迷いなど許そう。相思相愛とはそういう物だ!」
瞑らな瞳、ツルツルの皮膚、嬉しそうに笑う姿は愛くるしさすら感じさせる。レンドラスの真の姿はイルカ、具体的に言うと超巨大なバンドウイルカであった。
「気の迷い……」
レンドラスの言葉に思わず反応してしまう。それを肯定すれば時間稼ぎが出来ると理解している。命を捨てる事に比べれば極めて軽い代償だと少し前の自分ならば簡単に口にするだろう。\
「いえ、気の迷いなんかじゃないわ。それとレンドラス……お前など愛した事は一瞬たりとも無いわよ!」
例え命を捨ててでもこの恋を自ら否定してなるものか、その決意と共に叫んだ時、海に異変が起きる。現れたのは渦。レンドラスを中心に巨大で激しい渦潮が発生したのだ。
「……む? これはアレか? マリッジブルーという奴か?」
此処まで来てもレンドラスは自分とミューリの関係を疑いもしていない。それは自分への絶対の自信であり、ミューリの力程度で自らに本気で戦いを挑むなど思いもしない。ましてや人間との恋が理由だとは想像する筈がない。
それがミューリに奇跡を齎す。待ち伏せをして準備を整えていた術など本当ならば出だしで防がれていただろう。相手との圧倒的な力量差と愚かさが決死の策を完成させたのだ。
「……恋する乙女の底力を特と見なさい、レンドラスッ!」
首と手足を甲羅に引っ込め、周囲から取り込んだ海水を排出し、さながらネズミ花火の如く猛回転しながら渦の中を突き進む。渦の速度も相乗してグングンと速度が上がる中、突如渦の中から飛び出し、反対側に飛び込んで更に速度を上げて行くミューリ。
渦に捕らわれたレンドラスは目で追う事すらせず立ち尽くし、翻弄するかの様に飛び交い続けるミューリの肉体が回転数と速度に耐えきれずに軋み始める。それでも速度は上がり、遂に耐えきれずに裂傷を負っても止まらない。もう彼女自身にも止められなくなった時、遂にレンドラス目掛けて飛び出した。
文字通りの捨て身の一撃。命を懸けた最高最大最後の一撃に対してレンドラスは正面から見据えるだけで避ける素振りすら見せない。
「……うむ。良い一撃だ。何一つ問題は無いだろう」
只、称えるかの様に呟いて、決意の籠もった一撃を受け入れるかの如く微動だにしない彼の眼前にミューリが迫る。そして……。
「だが、相手が悪かったな」
「かはっ!?」
正面から放たれた音波による衝撃で勢いは一瞬で殺され逆に吹き飛ばされる。甲羅は砕けて前足の一部が露出し、全身の傷から夥しい血が噴き出した。
「な…何が起きたの……?」
「ん? 本来は仲間とのコミュニケーションに使うが、我が輩なら攻撃にも使えてな。まあ、普通に狩りに使う奴も居たそうだが……」
レンドラスが使ったのはエコーロケーション。自然界にはコウモリや鯨等これを扱う動物は多く、イルカもその一種だ。
術者が大きく負傷したからか渦潮は収まり、二人は正面に向かい合う。既に致命傷に近い傷を負いながらも未だ戦意を滾らせ睨んでくるミューリを見たレンドラスは残念そうに呟いた。
「なんだ、本当に我が輩を愛して居なかったのか……」
「何度も言わせないで。私が愛しているのはシャークゥだけよ」
それが逃げた人間の事だと察し、顔を伏せ大きく溜め息を吐いたレンドラスだが、顔を上げた時には既に表情が切り替わっていた。馬鹿な男ではなく、禍人の最高幹部としての顔に。
「ならば死ねい。人に懸想する同族など我が輩は見逃さん」
気が付けばレンドラスはミューリの真横を通り過ぎ、右前足を食いちぎっていた。
「では、せめてもの情けに愛した男と共に逝くが良い」
海面から巨大な水球が浮かび上がり、高くジャンプしたレンドラスが一回転した勢いを乗せた尾びれを叩き付けミューリへと放つ。迫り来る驚異を避ける余力はミューリには存在しなかった……。
(あーあ、死んじゃうわね。どうせだったらシャークゥに抱かれたまま死にたかったな……)
奇しくも最後の願いは叶えられる。彼女の幸福であったか、それは人によって意見が分かれるであろう。ミューリは望み通りにシャークゥの腕の中で息絶え、彼は敵討ちを果たせぬまま息絶えたのだから……。
「おかえりー。どうせお前を愛してなどいない、とか言われたんでしょ?」
ミューリをシャークゥに向かって投げ捨て、彼の船を沈めながら無数のモンスターを放って戻って来たレンドラスにクレリアが酒瓶を投げ渡す。コルクを歯で抜いた彼は喉を鳴らして飲んだ後で不満顔になった。
「気が付いていたなら先に言って欲しいものだぞ、友よ。まるで我が輩が馬鹿みたいではないか」
「いや、馬鹿であろう」
「うん、馬鹿。空前絶後の大馬鹿」
「……ぐぬぅ」
不満を口にすれば罵倒で返され言葉に詰まる。此処で反論出来ない時点で組織での立場や強さは別とした力関係が分かるという物だ。拗ねたのかそっぽを向いて酒を飲み干すレンドラスだったが、その背中を見たグラニスは肩を竦めて立ち上がると大きな手を彼の肩に置いた。
「やれやれ、仕方のない奴だ。ほれ、活動時間の限界も迫って来ておるし、此処は一丁大暴れと行こうではないか! 戦いではなく、強者による圧倒的蹂躙である!」
獣の咆哮の如き叫び声が轟き、目を覚ましたモンスター達が続いて叫び声を上げる。まるで山崩れを思わせる轟音にラグレの住民達が絶望に身を震わせた時、海が左右に割れた。
「なんだよ、さっきから。興醒めも良い所……は?」
突如割れた海の底が隆起して海面近くに一直線の道を作り出す。その道を遙か向こうから猛進してくる者達が居るではないか。予定を崩されたと不満を口にしながらも予期せぬ出来事に心を躍らせた顔のクラリア。
だが、その者達の姿をハッキリと視界に納めれば唖然とするしかない。
「えっと……アレって何?」
黒子がラーメンの屋台を引きながら驀進し、屋台の上には示現達が乗っている。クラリアの言葉も致し方ないにも程がある。
かくして相容れぬ筈の種族同士でありながら結ばれた二人の愛は終わりを告げ、今まさに終わろうとしていた町の窮地に勇者達が現れる。港町に伝わる伝説の一ページが今まさに行われようとしていた。
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