サイドストーリー 伝説となる若者達 ⑩
俺の故郷は小さな港町。大きな町に商品を運ぶには辺鄙な場所で、大きな船は偶に補給に立ち寄る程度。別に豊かでも貧しくもない所で、俺の親父も船乗りだった。
餓鬼の頃の思い出で印象に残っているのはお袋との暮らし。年中船に乗っている上に、嘘か誠か立ち寄る港の全てに違う女が居るとか。まあ、俺にそっくりで色男だったし、女にモテるのも当然だ。
だけど親父が身体をぶっ壊して寝込んだら他の男と金持って居なくなったんだから似た者夫婦って奴だ。置いて行かれた俺は一生懸命働いたよ。靴磨きに鉄屑運び、出来る事なら何でもやった。でも、船に乗れなくて酒浸りの親父には稼ぎが少ないって怒鳴られて生活費も酒代に取られて、ある日、酒を買いに行った親父は帰って来なかった。
何処に行ったのかは知らない。海に飛び込んだとか、俺を捨てて何処かに逃げたとか色々聞いたけど理解出来なかった。家族を失って残されたのはカビ臭い上に隙間風が吹く小さな家。物心付いた時から家無し親無しって奴も珍しくない世の中だからラッキーな方だろうな。
そう、俺はラッキーだった。物好きなのかお人好しなのか寡黙で何を考えているのか分からない爺さんが船に乗せてくれて、そんな爺さんの下で働いている気の良い連中に囲まれて俺は一端の船乗りにして貰えたんだ。正直言って親父よりも爺さんの方を父親みたいだって思ってる。……恥ずかしいから口にはしなかったけどな。
その後、自分の船を持った俺の周囲には馬鹿な奴が集まって苦労したぜ。賄賂を請求してきた役人を殴っちまったり、積み荷が嵐で流されたり、水も食料も尽きて漂流した事もあった。デッドテンタクルの群れと出会したのが一番ヤバかったな。でも、全部乗り越えて来た。
そんな俺の人生だが、どうも女には恵まれねぇ。酒場で声を掛けて来た美女が実は美人局で荒くれに囲まれたり(返り討ちにしてやった)、一緒のベッドで寝てた娼婦が起きたら財布ごと消えてたり、結婚を意識した相手が本当に居た親父の愛人の娘……つまり俺の妹だって分かったり(仕方ないので金渡して嫁ぎ先も探してやった。ったく、求婚前に妹って知って良かったぜ)。
うん、あれだ。もう女は懲り懲りだって思ったよ。……その筈だったんだがなぁ。
ミューリと出会って本当の恋って奴を理解したんだ。船の皆も受け入れて祝福してくれて、何があっても一緒に居るって決めたんだ。それなのに……。
「何でも一人で戦おうとするんだよ、ミューリ……」
激しい波の流れに幾多の嵐を越えて来たヒュカフレ号が為す術もなく運ばれて行く。舵を切っても帆で風を受けても意味が無い。改めて禍人の力を思い知らされながら手摺りに拳を叩き付ける。
ああ、分かっているさ。彼奴と一緒に居たら不幸になるって。立ち向かっても絶対に殺されるだけだって。俺を信じなかった訳じゃなく、俺を愛してくれているから逃がしたんだって。
だけど、それでも俺は……。
「船長、海岸が見えて……」
目の前に海岸が見えるが船は速度を緩めない。こりゃ即修理して戻るとか無理だな。飛び降りたりボートで向かおうとしても船の横を泳いでいるシーリザードが邪魔するだろう。彼奴、俺の行動パターンを理解して戻る方法を潰しに来やがった。
「……だがな、ミューリ。俺は絶対戻るぜ。無駄死に? はっ! 惚れた女の犠牲で生き続けるなんざ海の男以前に男じゃねぇよ」
そう、絶対に彼奴の所に向かうんだ。昔、俺の死に場所は海の上だって決めていた、だが、今は彼奴の隣だ。邪魔するんならシーリザードをぶっ倒してでも、丸太にしがみついて泳いででも戻ってやる。文句だったらあの世で聞いてやるさ。
「船長、俺達もお供します!」
「どっちみち奴らは船乗りの敵ですからね!」
「いや、お前達は逃げろ。……家族が居る奴だけでもな」
うん、どうせ言っても付いてくるんだろうが、流石に帰りを待つ家族が居る奴まで道連れにしたらあの世で更に殺されちまう。怒らせたらおっかねぇからな、ミューリ。
さて、そろそろ乗り上げるな。振り下ろされて気絶してましたじゃ笑い話にもなりゃしねぇ。俺達が衝撃に備えた時、船の動きが止まった。
「……一体何が」
続いて船が激しく軋む音が耳に入り、嵐に突っ込んだ時みたいに揺れ出した。船は後ろ向きに進んで海岸から離れ、海からシーリザードの悲鳴が聞こえる。何が起きたんだと海面を覗き込もうとした時、無数の水竜巻が噴き上がった。
ヒュカフレ号を囲む様に現れた水竜巻から豪雨みてぇに水飛沫が降り注ぐ中、赤い液体と共に何かの肉片が甲板に落ちてくる。それがバラバラになったシーリザードだと理解した時、アホ丸出しの笑い声が聞こえて来た。
「ふはははは! 我が輩を騙していた裏切り者と組んでいた人間よ。貴様を逃がすと思ったのかっ!」
「……レンドラス」
何故此奴が此処に、もう終わりだ、そんな考えは怒りで吹き飛ぶ。水竜巻の一つの上に立つ禍人、ミューリから聞いていた見た目と知能が低そうな喋り方からレンドラスと理解出来た男の腕の先にはズタボロのミューリの姿があった。
「ほれ、貴様にくれてやる。もう不要だ」
ゴミみたいに投げ捨てられたミューリをキャッチした俺は言葉を失う。服も髪も血に染まり、顔は腫れ上がって右手は肘から先が無い。此奴か、此奴がミューリを此処まで。そして俺を守ろうと此処まで大怪我をして……。
守りたいと思ったのに、結局守られて、俺は何も……。
「泣か…ないで……。守れ…なくて…ごめ…んなさい……。愛…して……る」
頬を流れる涙をミューリの左手が拭い、力無く崩れ落ちた腕は二度と上がらない。もうミューリが言葉を話す事もない。俺の腕の中でミューリは……。
「…やる。……してやる。ぶっ殺してやるぞ、レンドラスッ!」
「それは無理だな。生憎我が輩は友と憂さ晴らしの酒を飲む予定がある。ほれ、此奴達と遊んでいろ。船が沈む前にな」
水竜巻がグネグネと曲がって船体に絡み付き、同時に海の中から鉄すら断つ鋏を持った巨大蟹、ファイトクラブが無数に飛び出してくる。おいおい、冗談じゃねぇ。強ければ強い程に大きい此奴等は今まで見た中で格段にデカい上に、水竜巻に引きずり込まれて船が沈み出している。
「逃げるな、臆病者っ! 戦え、俺と戦えっ!」
「戦え? ならばその程度は容易に乗り越えて貰わないとな」
レンドラスは俺に目もくれずに背を向けて去っていく。ああ、情けない。愛した女に守られた上に呆気なく死ぬのか? ……な訳ねぇよな。絶対生き延びる。生き延びて彼奴を絶対に……。
「お前達、絶対に生き残れっ! あの野郎を絶対にぶっ倒す為になっ!」
「だよな、キャプテン!」
さてと、今までで最高最大最低最悪に絶望的な状況だが……やるしかないよな。マジで勇者達を置き去りにして良かったぜ……。
「まあ、気合いとか敵討ちに燃える心とか、それで乗り越えられる事と無理な事が有りますね」
暗く冷たい海の底、失ったはずの意識が戻って女の声が聞こえて来る。クールっつーか、事務的っつーか、そんな感じの声だが目が開かないから姿は分からねぇ。……そうか、死んだんだよな、俺。結局、彼奴に何もしてやれなかった。
「……さて、本題に入りましょう。貴方達の魂は輪廻天性を迎えます。ですが生まれ変わる時代はバラバラ。彼女と同じ時代に生まれ変わって愛の奇跡で再会……等有り得ません」
そっか、そうだよな。奇跡ってのは起きないから奇跡なんだ。都合良く事が進むなんて無いよな。
「ですが、転生した彼女と出会う可能性を大きくする方法が有ると言ったらどうしますか?」
「……どうすれば良い?」
「彼女が力を与えた剣の力に主は興味を示しておいでです。自分が同じ事をすれば過干渉になるが、アレを誰かが持ち続ければ話は別で、貴方が持つのが力が一番安定するそうです。……問いましょう。死後の安寧を放棄してでも生まれ変わった恋人と会いたいですか? 会いたいのならば……」
返答は決まっている。俺はミューリに会いたい。例え俺の事が分からなくとも、他の誰かを愛していたとしても……。
俺は迷わず頷く。次の瞬間、目の前が明るくなって瞼が開ける。目の前には一緒に死んだ仲間達の姿があった。
「俺達もご一緒しますよ、船長!」
「置いて行かれるのは勘弁ですからね、キャプテン!」
「……馬鹿野郎共が」
ああ、本当に思うよ。俺はラッキーだってな。心の底からそう思えた……。
レンドラスとミューリの戦いや示現達サイドは次回 この章だけで十万字突破しそう
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