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サイドストーリー 伝説となる若者達 ⑧

 荒れ狂う波、吹き荒ぶ風を巧みに利用してシャークゥ達の船、ヒュカフレ号はラグレ目指して突き進む。


「待っていろ、ミューリ。今行くぞ」


 愛する女から海を穏やかにする力を与えられた剣の柄を握りしめ、甲板に立って真正面を見据える。少し船に負担を掛けつつも嵐を味方に付けた事で来た時よりも遙かに速い速度で進む。


「……あの、船長。勇者達を放って良いんですか?」


 島に置き去りにした示現達の力を当てにしていたのか懸念を示したのは航海士のゴアーナ。船長であるシャークゥに意見するのは憚られるも禍人の中でも最上位の相手が敵とあっては不安が隠せない。


 盲目的に従う船員達の中で彼が苦言を呈したのが嬉しかったのか、顔を向けたシャークゥは笑みを浮かべていた。


「ああ、それなんだがな。……ラグレは滅びるだろ。そんな所に連れて来てどうする。勇者は世界の希望だぞ?」


「で…ですが勇者は……」


「普通の少年少女だよ。半日近くで見ていて分かった。そんな奴らに世界の救済を押し付けて居るんだぞ。俺の行動のツケで危険に晒すのは駄目だ。……海の男としてそれだけは許されねぇ」


「……船長」


 ゴアーナはシャークゥが焦りから戻って来る様子のない示現達を置き去りにしたのだと思った。だが、違う。レンドラスが町を襲うのは自らの失態だと自覚し、町一つと自分達の命程度で無謀な戦いに挑ませる訳にはいかないと、勇者という称号ではなく本人達を見て悟ったのだ。


「……ああ、安心しろ。俺に策がある!」


 そしてシャークゥは諦めていない。絶望的な状況など何度も乗り越えたと高らかに笑って皆を鼓舞する。勇者の不在という不安の種はこれにより完全に消え失せた。





「行くぞ、お前達! 禍人に目に物見せてやれ!」


「アイアイ、キャプテーン!」


 剣を抜き払って天高く向けるシャークゥ。アゴーナ達もそれに続いて武器を構え、揃って笑う。


 これから無茶をする時の恒例行事であり、何度も困難を乗り越えた。だから、今回も大丈夫だと励まし合う。


 さあ、さっさとミューリを助けて逃げ出すぞ、挑発して逃げれば町を放って追ってくる。それを振り切って逃げ切ろう。その後で宴会だ。……そんな風に笑って、その約束は果たされる事がなかった。





「……ん? なあ、今変な物が……気のせいか」


 波の間を縫うように黒装束の小柄な人物が屋台を引いていた、そんな光景を見たアゴーナは直ぐに幻だと忘れてしまう。屋台の屋根に乗っていた者が自分達の方を見ていたのには気が付かなかった。




 シャークゥ達がラギア島を出航してから一時間後、港には顔を引きつらせ恐怖で歪ませた住民達。眼前の海は此処数年が嘘の様に荒れ狂い、海を埋め尽くすモンスターの群れ。その中央には膨れ上がった海水の上に創られた水の王座と周囲を飾り付ける水の調度品。


 肌も露わな美姫の像、水の草花で飾られた柱、全てが王座に君臨するレンドラスによる物。肘掛けに乗せた腕に頬を乗せ、ニヤニヤと下品な笑みを向けている。


 逃げ出そうとした者は当然居た。大切な者を連れ、最低限の荷物を持って外に向かう。だが、嘲笑うかの様に水の壁が現れてそれを阻んだ。水にも関わらず通り抜けようとしても硬質な金属の如く通れず絶望に膝を折った。


「見ろ、我が愛しの妻よ。この時点で人間共は恐怖に震えている。既に多くの穢れが集まり、その全てがお前の物だ。予定通りに殲滅を終え、幾つもの町で繰り返せば力も戻るだろう」


「……感謝致します」


「ふはははは! 手間を掛けさせて申し訳ないのだろうが折角の余興だ。沈んだ顔では美しさが台無しだぞ。なあ、友人達よ」


 レンドラスは大声で笑いながら離れた場所に誂えた椅子に座って果物を摘まむ肩まで銀髪を伸ばした幼女と、ボサボサの髪と髭を繋げた大男。まるで獅子を思わせる彼の足下には巨大な戦斧が置かれている。そして両名とも禍人の気配を放っていた。



「グラニス、クラリア、今日はよく来てくれた!」


「まあ、お主は人望が皆無だからな。儂達以外には命令でなければ来んだろう」


「……果物無くなった。お代わり」


 クラリアが空になった皿を差し出すとメイド達が即座に瑞々しい果物を差し出す。クラリアは頬がパンパンになる程に口に詰め込んでモキュモキュと食べていた。



「さて、このまま蹂躙するだけでは退屈だが……よし、寝よう!」


 レンドラスは大欠伸をするなり目を閉じて本当に眠り出す。これ以上相手をしなくて良かったとミューリが胸を撫で下ろした時、果物の四度目のお代わりを食べているクラリアと目があった。




「……何? えっと、クラリアちゃん?」


「これでもお前より年上だから。どっちも禍人だって忘れた? ……ちょっと聞かせて。何で人間の手助けをしてるの? レンドラスの馬鹿の想像通りな訳ないし」


「……秘密」


「そう。……裏切りは駄目だから」


「何の事かしら? 同類が一目惚れし合う事もあると思うけど?」


 全く動じず、目も逸らさずに告げたミューリにクラリアは未だ疑いの眼を向け続ける。本来ならば疑わしきは罰せよと始末する所だが、馬鹿で傲慢故に自分の考えを信じて疑わないレンドラスを敵に回す事を危惧して動けずにいた。


 実に皮肉な話だが、絶体絶命の状況に陥った要因である男が唯一の命綱となっている。ミューリもそれを理解しているからこそ見抜いているであろうクラリアから注意を逸らさない。グラニスについても要警戒としていた。


 モンスター達は時間まで待機との命令を受け微動だにせず、グラニスは酒を飲むのに夢中でミューリとクラリアは互いに意識を向け、レンドラスは爆睡中。



「……今しかないな」


 その隙を見逃さなかった男が居た。弓兵系のクラスを取得した高レベルの軍人で、折り畳み式の弓矢を忍ばせて機会を伺っていた。彼の視界には遠く離れた場所の四人の姿が捉えられており、好機と見るや矢を放つ。


 正確無比にレンドラスへと向かって行く矢。この中で最も格上であろう彼を撃破する事で生まれた混乱は必ずや生存の糸口となるだろう。矢は寸分の狂いもなくレンドラスの喉の最も肉が薄い部分に命中した。



「見事! 敵ながら天晴れである」


 その光景に素直に賞賛の言葉を贈るのはグラニス。矢を放った彼は自分と目があった事に驚愕し、続いてレンドラスの様子を見て更に固まる。確かに狙いは正確であった。


 だが、刺さっていない。鏃の先は潰れ、矢はそのまま地面に落下しただけだ。




「強いでしょう? 馬鹿だけど、馬鹿なのに最高幹部に選ばれるだけの強さは持っているんだよ」


 だから無駄な抵抗は止せと、クラリアはミューリに言外に告げる。心を折るに十分な言葉だ。


「さて、彼奴はどうにかしたいけど、レンドラスが五月蠅いから放置にしよう。どうせ始まったら皆殺しだし」


 少しだけミューリは安堵する。シャークゥと船員以外の優先度は極めて低い彼女だが、人と恋に落ちる程度には愛着が残っている。少しだけ力が戻った影響か矢を放った彼の真横に息子であろう幼児を抱いた女性が立っていたのだから尚更だった。





「ああ、でも舐められたら手に入る穢れが減っちゃうね。……うん、適度な絶望を与えよう。……アクアアロー」


 クラリアはミューリの内心を見透かしていたかのように笑い、指先をラグレへと向ける。放たれた水の矢は先程の男……ではなく、隣に立つ妻と息子の体を貫通した。



「な…なんで……」


「抵抗したら自分以外が傷付くって方が堪えるでしょ? ……おかしいなあ。君、人間は味方じゃないでしょ? ショックを受けているように見えるけど?」


「……気のせいよ」


 


 レンドラスと違って頭が回るクラリアに釘を刺されたミューリは焦りを募らせる。逃げる算段が崩れ始め、本格的に覚悟を決めなければと自分に言い聞かせ、奥歯を噛みしめた。


 運命の時は間もなく迫って来ていた……。








「さて、本当にどうしますか? 私達が持つ移動方法では疲労から犬死にが確定ですが……」


 ラグレに迫る壊滅の危機を前にして焦燥を感じる仲間達とは裏腹に空也は落ち着いていた。言葉や態度では焦っている風に装うも、この展開は都合が良い。


 相手は格上、此方は切り札一つ手に入れただけ。これで本格的に殲滅の準備を整えた相手に挑むなど愚の骨頂としか彼には思えない。だが、此処で逃げ出せば仲間の心に凝りが残り、町を見捨てた勇者と万が一にでも広まれば今後の活動に支障を来す。


 この旅では関わった権力者から支援を受けているのだが、汚名を被れば支援する事で得る広告的価値が下がってしまう。異世界に呼び出され世界を掬う仕事を強制されたのだから、更に旅の資金繰りに苦労させられるなど冗談ではなかった。


「のう、示現。矢張り多少無理してでも……」


「チルニア、私達の使命を忘れてはなりません。切り捨てろ、大事の前の小事、とは言いませんが、無謀な真似をして使命が果たせなくなるのは避けるべきなのです。……罪は全て勇者の私が背負います」


「な…何を言う! 妾達は仲間じゃ。それに置き去りにした者達がそもそも悪いのではないか!」



 正義感からか無謀な作戦の提案をするチルニアだが、悲痛な表情を浮かべた示現を見て取り止める。そして彼の読み通りに責任は他にあると口にした。



 泣きそうな顔で励ましてくるチルニアに示現は上手く行ったと内心で笑う。今回の件、対外的にもシャークゥ達に責を押し付ける事が可能であり、それは割り切れない者の心情的にも有効だ。


(空也は兎も角、女性陣は割り切れる性格ではないですからね。問題は……)


 懸念事項は先程から離れた場所で此方の様子を窺っている鳥トン、正確には彼の主であるアンノウンがどう動くかだ。


 そもそも、この一件に巻き込まれる前から解決すれば禍人についての情報を話すと言ってきた。偶発的な出来事だ。つまり未来予知か……思考誘導の能力を持っている疑いがある。


 警戒に警戒を重ね、示現の中でアンノウンの危険度が更に跳ね上がった時、場違いな音が聞こえる。それと同時に美味しそうな匂いも漂って来た。






 

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