彼女の夢
予定変更 決着させます
振り下ろされる巨大な触手。強化した脚で咄嗟に躱せば吸盤代わりの顔と目が合う。私の何が憎いのか、生きているだけで怨めしいのか睨んでくるその顔に魔法を叩き込めば消え失せ、瞬時遅れて雨水が貯まった地面に触手が激突した。
下向きになっていた顔から聞こえる呻き声。飛び散る水滴が触れた肌がチクチク痛む。水に漬けて絞っていない雑巾を振った時みたいに触手から飛び散る水滴には乗り移った死霊の怨念が込められているのです。
「……待っていて下さい。皆救って見せますから」
こんな状況でも私は彼らを敵とは認識できない。もっと生きたかったでしょう。まだまだやりたい事が有ったでしょう。ずっと一緒に居たい人達が居たのでしょう。
兄さん……血は繋がって居ませんが同じ孤児院で育って兄と呼んでいる人は言いました。その優しさは尊いけど、敵への同情は毒となるよ、と。分かってはいるのです。でも、それでも私は……。
左右上下から触手が迫る。残っている全ての顔が私に視線を向けて死角が無いので何処に行っても正確に追って来ます。今すぐ跳んで逃げたいのを堪え、ギリギリのタイミングで僅かな隙間に転がり込む。服の端を掠めただけで放り出されそうになりますが、看板を掴んで留まると腕を触手に伸ばしました。
「ホーリーアロー」
正確に顔の部分を撃ち抜き、一本の触手から完全に顔が消滅すると同時に根元から触手が消える。これがデッドテンタクルの特徴。あくまで怨霊の群れが大ダコの死骸に憑依してモンスター化しただけであり、あの顔こそが本体なのです。
思ったより魔法の精度が上がっているのを感じます。空也さんに指導をお願いした際、頭を使わなければいけない時以外はイメージトレーニングを続けるようにと言われたのですが、大変でしたがやってみる物ですね。
触手の顔の残りが私に憎悪を向ける。恐らく完全に私を敵と見なしたのでしょう。これで他の方に残りを任せてデッドテンタクルの相手に集中できます。
ですが、暴れる度に周囲の建物に被害が出ていますし、此処は大規模な魔法で一気に勝ちを決めたい所です。それが可能な魔法は一つだけ会得しています。ですが、まだ試し撃ちすらしていないので不安が残る。上級魔法は詠唱も必要ですからね。
「空也さんみたいに短縮が出来れば……いえ、あの人と比べるのは間違いでした」
何せ世界を救った大賢者、経験もクラス補正も別格なのですから。後方では善戦している様子ですが何時まで続くかは不明。まだデッドテンタクル以外にも残っている以上は限界まで消耗する前に倒す必要があります。
「……今、浄化の時は来たり」
体から魔力が迸り、足下に展開した魔法陣が私を照らす。何かを感じ取ったのかデッドテンタクルは残った触手を波打たせながら這い寄って来ました。ですが、私は動けません。集中の為にも、後方に逃げて誰かを巻き込まない為にも。
「全ての哀れなる邪悪に光の慈悲を」
前方の全てを薙ぎ倒しながらデッドテンタクルが迫る。建物は崩れ、デッドクラブ達が押し潰された。元々が水棲の上にその巨体からは想像も出来ない速度で迫る脅威を前にして動かない私に逃げるように声が掛けられ、掴んで逃がすつもりなのか駆け寄ろうとしている人が騒いでいるのが聞こえて来ました。
「大いなる意志の下、聖なる力は降臨する」
ですが、間に合わない。立ちふさがるモンスターに阻まれて。そして、後数秒で私の命が尽きるという瞬間、魔法が完成した
「ホーリーレイ!!」
地面から天空へと立ち上っていく光の柱。雲を突き抜けて進み、無数の光となってラグレに降り注いだ。人や建物には傷一つ付けず、モンスターだけを正確に射抜いて浄化していく。町だけでなく海上にも降り注いだ光は海中に潜むモンスターさえも貫いて殲滅していった。
「うぉおおおおおおおおおっ!!」
誰かが歓声を上げるのが聞こえる。ですが、まだ終わっていない。いえ、本番は此処からです。
佇むだけだったスピリットハウスが沈黙を破り、ゆっくりとした動きで進撃を開始しました……。
「ちょっと待って下さい。ロックバイパーは……火が苦手」
洞窟に入って十分ほど経過した時、岩肌に擬態していた蛇が襲いかかって来たけど、フィーラさんが魔法で灯した火を近づけると一目散に逃げていく。実はこれが初めてじゃなくって、何度もモンスターの習性を利用して戦わずに退けていた。
「さっきから凄いね。お陰で大分楽をさせて貰ってるよ」
「いえいえ、私も資料でしか対処法を知りませんでしたし、一般的な規模の魔法の火をどの距離まで近寄せれば逃げていくのか、なんて強い人と一緒じゃないと試せませんから助かっています。……きゃっ!?」
会話をしながらもフィーラさんはメモを取るのに集中して足下が卸そかになって転ぶ。これもさっきから何度も。ちょっと見えたメモには細かい字でびっしり書かれていたし、学者さんって凄いよね。
「……ふふふふふ。本当に璃癒さんに同行して貰えてラッキーです。これで私の夢に一歩近付けますよ」
「……うん、叶うと良いよね。フィーラさんだけじゃなくって、モンスターの被害を受けている人達の為にもさ」
嬉しそうに笑うフィーラさん。道中に聞かせて貰った彼女の夢はモンスターの図鑑を出版する事。モンスターの特徴を書いた文献は沢山存在するけれど一般的にそれ程広まっていない。
だから、安くて分かり易い内容で、モンスターの対処法が載っている図鑑を出版したいんだ。少しでもモンスターに大切な物を奪われる人が減るようにって……。
フィーラさんが生まれたのは農業と狩猟で生計を立てている小さな山村。周囲の山には熊とかの猛獣以外にもモンスターが沢山生息していて、生きていく為に多くの知識を身に付けてきた。
例えば毒を持つ猪モンスター、ポイズンボアは子育てを開始する時期になると凶暴さを増すけど、縄張りの端周辺に無数の蹄の跡を残すから目印になる。
他にも木の上に住む大魚の避け方とか、無理して立ち向かわずに上手く危険を回避する方法を伝承して来た。子供の頃から聞かされたから、フィーラの村の人達は常識だって思ってたんだ。
子鹿の時だけ角が綺麗な金色になる三本角の鹿、トライデントディーア。でも、村の人は絶対に手を出さない。親鹿は弱々しい子鹿とはかけ離れた強さで一個師団が全滅させられた事が有る程。
でも、珍しいから詳しく知っている人は其れほど居なくて……ある日、趣味の狩りに来た先で道に迷った先で親とはぐれた子鹿を発見した貴族は知らなかった。
子鹿を殺した後で村を発見した貴族は死骸を持って村にやって来て、臭いを辿って怒り狂った親が村に現れた。其処から先は語るまでもなく、偶々村を出ていたフィーラさんは生き残りから事情を聞いたんだ。
「……もっとモンスターの知識が一般的に広まっていれば。誰でも危険を避ける術を簡単に学ぶ機会があれば」
村の事だけじゃなく、知識さえあれば避けられる危険によって引き起こされた悲劇を何度も見て、自分がどうにかしたいって、そう思ったらしいんだ。
「……この先、人間とモンスターの反応が有ります。大量のモンスターの反応も……」
前方に広い場所に出る坂道を見つけた僕が進もうとするとフィーラさんが手で制する。誰かが襲われているにしても悲鳴が聞こえない事を妙に思った僕達が物陰から坂の先を覗き見れば一部が海と繋がっているのか、潮の香りがする水没した広間だった。
その海水の付近に居るのはならず者って感じの男達と……僕の目の前で浚われた子供、ペラ君だった。
「偶々発見した……というのは浚われた時間からして可能性は低いですよね。確かブラックマーマンは操られていた可能性が有るんでしたよね?」
「うん。信じられないかも知れないけど……」
「いえ、あの行動は生態からして有り得ないと学者の意見を述べさせて貰います。寧ろ納得ですね」
すんなり信じてくれたフィーラさんだけど問題は此処から。様子見だけの予定だったのに本命に行き当たるなんて。
本当は今すぐ突っ込みたいけどフィーラさんも居るし……。
「きゃあぁああああああああっ!?」
「誰だっ!」
って、またメモに夢中になって転んだ上に坂道を転がり落ちているっ!?
大声で悲鳴を上げながら転がり落ちたもんだから当然気付かれたし、男の一人が叫ぶと同時に水の中からレッサーシーリザードが飛び出して来た。
「……これは仕方ないね、うん」
もう偵察だけとか情報を持ち帰るとか言ってられない。僕は迷わず飛び出してフィーラさんの真横に降り立った。
「テメェは町で仕事の邪魔をした餓鬼じゃねぇか!」
「……語るに落ちたね。あのモンスター達を操っていたのはお前達だって丸分かりだ! さあ、今すぐ子供を返して降参しろ!」
あの戦いを見てたなら僕の力は分かっている筈。だから降伏勧告をしたけど、男達は余裕の表情を浮かべていた、
「はははははっ! 丁度良い! お前が邪魔したせいで禍人に殺された仲間の仇を取らせて貰うぜ!」
男が指輪を填めた手を上に突き出した瞬間、水面が盛り上がって巨大なレッサーシーリザードが姿を現した。
暫く木曜日と今週の日曜は忙しくなりそうです
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