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英雄伝の一幕

 私は悪が嫌いです。私欲を満たそうと他者を踏みにじる人々が、悪事を働かなければ生きていけないまでに人を追い込む環境が、とても嫌いです。


「なあ、嬢ちゃん。悪い事は言わねえ。今すぐ町から出て行って貰えねぇか」


 怪我人の治療を終えた私が椅子に座ってお茶を飲んでいた時、柄の悪い人達が背後から現れて話し掛けて来ました。


 顔や腕に彫った入れ墨、ギラギラと光る瞳。自ら威圧感を出そうとして出し、他人を脅そうとしている方々。猫撫で声ですが私を脅そうとしているのは明らかで、周囲の人達の視線は嫌悪や恐怖を感じますから嫌われているようですね。きっと女将さんが言っていた妙な連中とは彼らの事なのでしょう。


「えっと、貴方達は?」


「俺達はフウ一家の者だ。まあ、腕に自信があるから町を守ってるんだが、嬢ちゃん達みたいに立ち寄っただけの奴らに引っかき回されると段取りが狂うんだよ。町の事を思うなら今すぐ出て行ってくれよ」


「え? でも、先程の襲撃の時に何方も出て来なかったですよね? それに連れがちょっと町から出ているので私だけの判断では……」


 私の言葉に周囲からも賛同の声が投げかけられる。治療の途中で軽く聞いただけでも彼らは随分と好き勝手しているらしく、この嵐で商売が行き詰まった店を安く買い叩いたり、用心棒をすると言って金を巻き上げたりと好き放題。


 ですが、実際に事が起きれば何一つ成果が無いので面目を潰した私達を追い出しに来た訳ですね。別の何かが有るみたいにも感じますけど……。



「こっちが甘い顔してりゃつけあがりやがって! 良いから荷物纏めて出て行きな!」


 我慢出来なかったのか随分と体格の良い方が唾をまき散らしながら掴み掛かって来ました。大柄な彼に対して私は小柄な女。力比べでは勝ち目がありません。


「……ふぅ」


 ですが、それはレベルもクラスも考慮しなかった場合の話。彼のレベルは13でクラスはウォーリア、田舎のチンピラなら十分でしょう。


 ですが、私のクラスはウィークレリック。僧侶系魔法だけでなく、戦士系の中堅クラスの能力補正を併せ持つ上級クラス。レベルも16になりました。


 つまり何が言いたいかと言うと……私の敵ではないという事です。


 右腕を掴み、そのまま片手で投げ飛ばす。私の倍以上の体重を持つ身体が宙を舞い背中から地面に叩き付けた。それが合図みたいに後ろから殴りかかってきた方の腹に肘を叩き込み、胸倉を掴んで仲間の二人にぶつけました。


 これで残りは二人。町の人達が遠巻きに見つめる中、遂に相手は武器を抜く。手入れのされていない錆の浮いたナイフは多分切られたら痛いのでしょうね。


 横凪ぎに振るわれたナイフを身体を後ろに反らして避け、顔の前を通り良すぎる瞬間に腕を蹴り上げる。……あっ、今の私の服じゃスカートの中が見えちゃいます。


「餓鬼っぽ……ぐふっ!」


 蹴り上げた足を振り下ろして地面を踏みしめ、拳を腹に叩き込めば巨大が宙に浮いて壁に叩き付けられました。……パンツ見られたから手加減し損ねた訳じゃ無いですよ?


「うぉおおおおっ!」


 自棄になったのか最後の一人がナイフを突き出して横から突進してくる。腕を掴んで投げ飛ばす……のは危険ですね。流石に武器を持っていますし。拳を握りしめ、ナイフの腹に叩き込む。折れたナイフが飛んでいきそうになったので指で挟んで受け止め、動きが止まった彼の股間に膝を蹴り入れたら何かが潰れた感触が……。


「き…気のせいですね」


 泡を吹いて気絶する彼から目を逸らして呟いた時、喝采が聞こえてくる。随分と嫌われていたみたいですけど……はぁ。ちょっと面倒な事になりそうですね。



 ……私だけなら別に構わないのです。旅の途中で立ち寄った町で悪党を退治する、聖獣王様を信仰する私はそれで良い。ですが、今の私は仲間と旅をする身です。



 勇者召喚、私は実際に行って勇者とその仲間達と言葉を交わすまで神聖な物だと思っていました。でも、違うんです。璃癒は普通の女の子で、前回世界を救った英雄の二人は孫に優しいお祖父さん達で、本来なら戦いとは無縁な暮らしから世界を救う戦いの日々に送り込んだ。


 だから私は出来るだけ争いを避ける必要が有ったのに……。


 確かに横暴を働く人達は止めるべきでしょう。ですが勇者だけが止めるべき事ではなく、この世界の者が解決すべき問題で、世界各地で似たケースがある。目の前で行われる悪事から目を逸らすのは駄目として、積極的に関わるのは問題ですのに……。




「これ、絶対に目を付けられますよね」


 どうも悪党の方々は面子を大切にしますし、繋がりが強い場合があります。報復とか絶対にされそうです……。


 気絶させた人達に治療を施しながら私は肩を落とす。こんな奴らを癒すなんて凄い優しさだとか聖女みたいだとか聞こえますけど、私はそんなに立派な人間じゃありません。


 取り敢えず幽霊船を調べに行ったお二人と洞窟を調べに行った璃癒が帰って来たら謝ろうと決めた時、背筋が凍るような寒気が走りました。それは私以外の方も同様で、顔を青くしてガタガタ震えている人まで居ます。


 この寒気が気温の低下から来るものでないと皆さん知っています。ですが、この規模は……。


「皆さん、家に入ってお祈りを! この人達も連れて行ってください!」


 私はそう叫ぶなり豪雨が降りしきる外に飛び出す。髪が雨を含んで顔に張り付く中、港を見れば青白い炎が揺らめきながら広範囲を覆っていました。


「オォオオオオオオオオンッ!!」


 恨み、辛み、苦しみ。救ってくれ、何故俺達だけが、お前達も苦しめ、そんな怨念が籠もった声がこの距離でさえ伝わってくる。戦場でさえ此処までの規模は発生しないと思える程の死霊の群れが町に押し寄せようとしていました。



 そして、沖の向こう側。雨で視界が悪くなったこの距離でさえも視認できる巨大が存在する。灯台すら優に越える全長。灰色の甲殻に覆われ、背負った紫色の殻の無数の穴から続々出て来るのはウォーターレイスを中心とした死霊系モンスター。



「スピリットハウス……」


 船乗りが忌み嫌う不吉の象徴。生きたるアンデットの巣。死を運ぶ厄災のヤドカリがラグレに災いを齎しに来たのでした……。



「聖獣王様、どうか私にご加護を……」


 頬を伝う雨水に混じって冷や汗が流れる中、私は一気に駆け出した。正面から十体のウォーターレイスが向かってくる。死霊系に物理攻撃は意味を成さず、魔法や特殊な効果のある武器でないと意味がありません。



「ホーリースフィア!」


 聖なる光の球が炸裂、範囲内のウォーターレイスを浄化する。でも、この程度じゃ勢いは衰えない。浴槽の水を小匙で一杯掬った程度に過ぎないのですから。流石にこの規模に一発一発魔法を使っていたら魔力が保ちません。


 なら、閉じこもって救援を待つ? いいえ、論外です! 私は勇者召喚を行った身! 生き残って彼らを戻す義務がありますが、だからと言って危険から逃げ続けて良いわけがない!


 少しでも負担を和らげる為に強くなる義務もある。強くなるのは何時ですか? 強くなるのは今しかない!


「ホーリーナックル!」


 クラスには上位互換があって、魔法も同様。璃癒とバイコーンの魔魂石の経験値を分け合ってレベルアップした事で私はホーリーパンチの其れを会得した。


 眩く光る私の両の拳。照らされただけで下位の死霊は浄化されて行く。……先程ご加護をと祈った私ですが、この魔法やウォークレリックのクラスを得たのは、きっと聖獣王様のご加護による物。


 つまり既に十分なご加護は得ています。後は全て私次第。


「この者達の魂に救済を。……行きます!」


 大型犬ほどの巨体と腹に苦痛に歪んだ人の顔を持つ蟹、ゾンビクラブが鋏を突き出してくる。私はあえて前に進んで懐に潜り込んで拳を叩き込む。顔から苦痛の表情が消え、取り憑いた魂が抜けた蟹は元の小さな姿に戻った。


 ですが目の前から次々と迫って来ます。立ち止まっている時間はないとすれ違い様に殴りつけながら進めば前方で異変が起きる。ウォーターレイスが一カ所に密集して巨大化を始めました。


 ジャイアントウォーターレイス、中級の死霊系モンスターだと文献で読んで知っていますが実際に見るのは初めてです。確か特性として……。


「ホーリースフィア」


 聖なるエネルギーが炸裂、下顎の一部を吹き飛ばしますが周囲を漂うウォーターレイスが寄り集まって修復する。文献の通りに厄介なモンスターですね。その上、あれ程までに巨大なスピリットハウスに巣くっている数がどれ程までなのか予想できない。


 まさに終わりの見えない持久走。絶望で膝を屈しそうになる。







「ホーリースフィア。ホーリースフィア。ホーリースフィアァアアアア!!」


 ……なんて弱音を吐く資格は私には存在しません。生涯戦わなくて良かった人を巻き込んだ以上、この程度で諦めてなるものですか。兎に角魔法を連射して再生の速度を上回る速度でダメージを与える。完全に消滅したかと思ったら複数の場所で再び融合が始まっていました。


「少し厄介ですね。……ですが、集まってくれるなら好都合かも知れません」


 死霊系モンスターは基本的に魂が変化するか、死骸を始めとした様々な物体に魂が宿った存在です。その影響か祈りが捧げられている所には近寄るのを嫌う習性があるのです。なのでバラバラに動いてラグレの住民を襲う可能性は低いですが、散開されていると厄介なのは変わりません。


 融合しようと密集した所に魔法を放っていた時、上空から甲高い声が聞こえてくる。大小さまざまな大きさの海鳥の死骸に死霊が憑依したデッドウイングの群れでした。腐敗と損傷が進んだ鳥の腹には憎々しげに此方を睨む人の顔。


 魔法を放つのに集中していて反応が遅れた私が咄嗟に両腕で顔を庇った時、無数の矢がデッドウイングに襲い掛かる。矢が突き刺さった体から魂が抜けて浄化されていきました。あれは対死霊の加護が施された武器? 船乗りは常備していると聞きましたが……。



「まだまだ残ってんだ。さっさと次を放ちなぁ!! あの嬢ちゃんに掠りでもしたら連帯責任で全員ぶっ殺すからね!!」


 雨風の音をかき消す豪快な大声。振り向けば武器を構えたラグレの皆さんが其処に居ました。隠れて祈っていて下さいって言ったはずなのにっ!?


「何て顔してんだい。此処は私達の故郷、守るべき場所さ! 武器の準備に少し手間取っちまったが、余所者のアンタ一人に体張らせて平気な腰抜けなら、とっくに町から出て行ってるさ。んじゃま……全員、気合い入れて戦いなっ!!」


「おう!!」


「偶に良い所見せないと餓鬼共に舐められちまうからなっ!」


「とっくになめてんだろ」


「がははは! 違いねぇ!」


 ……これです。これこそが私が好きな物。大切な物を守ろうとする時の人の輝き、人の強さ。皆さん意気揚々とモンスターに向かっていく。これは私も負けてはいられません。


 頬を両手で挟むように叩いて気合いを入れ直す。眼前には今も尚尽きる事無い死霊の軍勢。その住処となっているスピリットハウスも今は沈黙を保って不動の構えですが、元々死霊が食い残した物を餌にする習性を持っているけど自ら餌を探す事も有るので楽観視は出来ません。




「……でも、何だか勝てそうな気がするんですよね」


 怪我人に回復魔法を使い、固まった敵に範囲攻撃をしつつホーリーナックルで次々と仕留めて行く。たった一人で暗闇の中を走り続ける絶望に光が差し込んで、どうにかなると希望が生まれて来ました。




「デカいのが来たぞぉおおおおおおっ!!」


 海から伸びてきた巨大なタコの触手。吸盤の一つ一つが苦悶の表情を浮かべた人の顔。全長十五メートルの巨体を持つデッドテンタクルが海から這い上がって来ました。



「……此処まで死霊が集うなんて一体何が?」


 戦争や疫病の蔓延、虐殺が起きた場所に死霊が集うと聞きますが、理由として負の念に惹かれて集まるそうです。ですが、何故この普通の港町に?


 いえ、今は目の前の敵に集中する時です。あの巨体に流石に志気が下がって戦線の決壊は時間の問題。なら、それよりも前に私がデッドテンタクルを倒すしかありません。





「……本当に少し前までの私じゃ考えられませんね」


 今の状況に思わず苦笑し、前を見据える。周囲の雑魚とか後先を考えていたらアレには勝てない。少し体が震えるけど、大切な人達の顔を思い浮かべれば止まる。もう、迷いも怯えもない。


「行きますっ!!」



 今日、私は此処で本当に変わる。普通のシスターから勇者の仲間の一人に変わるんです。これが今代の英雄伝の一幕だ。



 

次回主人公


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