サイドストーリー 伝説となる若者達 ⑤
船は複雑な潮の流れを物ともせず突き進む。天気は快晴、反して私の心は憂鬱だった。
甲板では気合いを入れた声を上げ、笑顔で作業する船員達。慕っている船長達の役に立とうと動くのは結構な事ですが、私が勇者として動く必要が有るのを前提としているのですから腹立たしい。
(さて、どう説得……無理ですね)
浮かんだ案を即座に否定。確かに魔王軍の最高幹部の討伐はいずれ行う必要はありますが、情報も戦力も整っていない今を選ぶ必要は無い。新たな力を得た英雄が強大な敵に必ず打ち勝てるのは物語の中に過ぎないのですから。
だが、チルニアならば悲しむ演技でも行って騙し通し一旦ラグレから離れる事は可能ですが、空也と奈月さんは私の本性を知っているので通じないでしょう。
「これだから正義感が高く血の気が多い人達は……」
個人に世界の命運に関わる力を与える以上は取りこぼす事は必ず起きる。東の果てと西の果てに同時に存在は出来ないのだから。
遠くに居た。まだ力が足りない。極々当然の理由も勇者の名を押し付けられた私や仲間には許されない。荒唐無稽な英雄伝の英雄を求められるのです。
目の前の相手なら取捨選択で捨を選べない。それが空也達の最大の弱点だ。最終的に勇者の力が救世に必要なら助けられる総数を比べて見捨てる、その程度は簡単でしょうにね。
……今思えば空也があの場に居ましたし、シャークゥ達の遣り取りに苛ついて勇者である事を明かしましたが、ガノス島に渡る手段を他に求めても良かったです。
少々自らの短慮さに自己嫌悪に陥った時、奇妙な歌を歌う幼い少女の声が聞こえてきた。
「嫌いなあの子は胃痛になぁれ」
「……確か船乗りに伝わる恋の歌でしたか? それはそうと前に乗り出すと危ないですよ」
背が足りないので木箱の上に乗り、手摺りから前に乗り出して景色を眺めていたチルニアの脇を抱えて降ろす。遠くの景色と歌に夢中になっていて気が付かなかったみたいですが、船の真横に並んで泳ぐ一つ目の巨大魚の群れが彼女が落ちてくるのを待っていた。
それにしても奇妙な歌だ。とても愛が伝わるとは思えません。この世界の人の感覚は理解不能ですね。
「むっ。景色に夢中になりすぎていたか。世話を掛けるな、示現。……うむ! 矢張りお主は勇者に相応しい男だ。……|《妾の婿にもな》」
「それは光栄ですね。私など勇者相応しいとは思っていなかったので」
これは本音です。我ながら勇者という馬鹿馬鹿しい称号に適した人格だとは思っていません。そういったのは空也にでも任せたいとさえ思っているのですから。……所で最後はゴニョゴニョ言っていて聞き取れませんでしたけど、どんな面白くない事を言ったのでしょう?
だが、それを謙遜と受け取ったのか不満顔の膨れ面。普段は大人ぶっていても所詮は年相応の子供に過ぎません。……エルフは長寿だから今の姿でも私より年上……ではないらしい。エルフの成長は一定年齢までは人間と同じだとか。まあ、見た目も中身も年齢も世間を知らない子供だという事ですね。
「人格者であり情け深く自らに厳しい。そんなお主以外に相応しい者など居るはずが無いであろう。もう少し自信を持たぬか!」
まあ、そう思われた方が都合が良いので演じていますけどね。取り敢えず頷いていると満足した様子のチルニア。再び景色を眺めようと視線を海に向けるも少し気が滅入った様子。気になって視線を海に向ければ流木の上に巨大なヤドカリが乗っていました。
全長三メートルで殻に無数の穴が開いている以外は至って普通のヤドカリに過ぎません。ですが何かあるらしいですね。船員の皆さんも少しざわついていました。
「スピリットハウスだ……」
「縁起が悪い……」
後で聞いた話では不吉の象徴とされているモンスターらしく、直ぐに海に飛び込んだので倒せませんでしたけど比較的幼い個体であの大きさだとか。後三百年も生きれば数十倍近くになるらしく……。
「さて、船室に戻りますか」
つまり私には無関係ですね。例えこの世界に残ることになったとしても、数百年も生きられませんし。
「しっかし、折角の海だってのに海水浴が楽しめないのは損だよね、兄貴」
「あー、俺は海で泳ぐのは嫌いだな。プールで良いだろ、プールでよ」
与えられたら部屋に戻ると空也と奈月さんはババ抜きで暇を潰していました。勝負は空也が優勢。まあ、奈月さんは顔に出るタイプですから仕方がないのですが。
「まあ、海に行ったらナンパがうざったいからプールの方が良いかな? レジャープールでなかったら声とか掛けられにくいしさ。あっ、示現さんお帰りー」
「おっ、戻って来たか。さっさと終わらせるからお前も加われ。後で拗ねるからチビニアも呼んでくるか?」
確かに自分だけ仲間外れにしたとむくれる姿が思い浮かぶ。旅の最中も疎外感を感じている様子が見受けられますし、その度に空也が憎まれ口と共にフォローしていますが。別に毎回毎回フォローせずとも良いと思いますけどね。
「じゃあ、勝負は引き分けって事で私が呼んでくるね!」
持ち札の残り枚数は空也が2で奈月さんは7なので勝負は見えている気もしますが、誤魔化すように部屋から去っていく。おや、空也が取ろうとした札で残り一枚になるので勝敗は確定ですね。実に運が良い。私さえ少し遅れていれば負けていたというのに。
「彼奴、運が良いんだよな前から。……んで、殺気将来何をやりたいかって話になったんだがよ。奈月の奴、実業家になって大成功したいんだってよ」
「……彼女がですか?」
どうも単純というか脳筋というか、体を動かす方が向いていて頭脳労働は他人に丸投げする傾向が見受けられるのでスポーツ選手でも目指すのかと思っていましたが。いや、彼らも頭は使うのでしょうが。
私が如何にも意外だと感じたのが顔に出たのか空也は腹を抱えて今にも笑い出しそうだ。実の妹でしょうに酷いことですね。まあ、気持ちは分かりますけど、
「もうよ。彼奴が失敗して借金抱える前に結婚してフォローしてやってくれねぇ? 互いに家事に専念するってタイプじゃ無いけど助言くらいはしてやってくれや」
「私が彼女と結婚? 妙な事を言いますね。未来のことは分かりませんが、今の所はそんな未来図が浮かびませんよ」
ええ、本当に未来は分からないとしみじみ思う。この時の私達が知る由も有りませんが、奈月さんが起業して大成功。その上で私と結婚した上で生まれた息子が空也の娘と結婚するなど冗談でも考えはしなかったのですから。
空也も言い出しておきながら有り得ないと笑い出した頃に二人が戻り、チルニアと奈月さんが最下位争いをしながら時間が過ぎる。そして出航から半日後、私達はガノス島へと辿り着いた。
「……おい、示現。俺達は聖剣が眠っているって島に来たんだよな? 絵本の世界じゃ無いよな?」
「気持ちは分かりますが、目の前のこれは現実です」
どうも彼らの中ではフォースガルドを手に入れた私達が即座にレンドラスに戦いを挑むのが当然となっているらしく、直ぐに出航出来るように船員達は船に残っている。なので私達四人だけで島に入りました。
確かに聖剣が有るかどうかは兎も角として、見えない壁で島に入るのが無理となっていたのに私が手を伸ばすと同時に入れるようになったので何かがあるとは思っていましたが……これは流石に予想の斜め上だ。
木にシュークリームやエクレア、そしてマカロン。足下の花もよくよく見れば砂糖細工だ。過剰な程の甘い香りが漂うメルヘンな光景に誰もが言葉を失って立ち尽くしました。これは一体何があったのでしょうか?
「のう、皆の者。聖剣の影響とは考えられぬか?」
最初に沈黙を破ったのはチルニアでした。お菓子が気になるのかチラチラ見ながらもエルフの姫としての誇りから手を出せない。まあ、如何にも怪しい食べ物に手を出すなら止めますけどね。
しかし聖剣の影響ですか……。確かフォースガルドは聖獣王が清めの塩を入れた水の中に大根を入れ、浄化の炎で温めて作り出したとか。要するに塩茹で大根で、そんな物に世界が救えると伝わるのですから誰か疑問に思わないのでしょうか?
これほどまでになると逆に納得しそうになります。塩茹で大根の影響によってお菓子の森が生み出された……全く意味が不明ですので誰か否定して欲しいです。流石にキャパオーバーだ。
私がそのように現実逃避さえも選択しそうな程に追い詰められる。異世界に召喚されるのはまだ良いでしょう。魔法やモンスター、レベルなどが存在するのも納得しましょう。ですが、お菓子の森が塩茹で大根の聖剣によって誕生した可能性が頭に浮かぶなど到底受け入れられない。
「おや、随分と察しが良い。正解だ、エルフの姫よ。この森はフォースガルドの影響によって今の姿になった」
だが、その否定を覆す言葉が投げ掛けられる。被り物の上からでもまるで私の願いを察して嘲笑っているように見えるハシビロコウのキグルミが立っていた。
「さて、どうしてこうなったかを説明しよう」
して欲しくないのですが……。
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