サイドストーリー 伝説となる若者達 ④
「……何故この場所が分かった?」
シャークゥはミューリを背に庇いながら腰の剣に手を伸ばす。間もなく騒ぎを聞きつけて船員達もやって来るだろう。
(少し可哀想だが死んで貰うしかないか……)
今まで意識して手を汚した事は有る。だが、それは海賊相手の殺さなければ殺される戦いであり、少なくても悪人ではない少年達を手に掛けるのは初めて。外道に落ちる覚悟は簡単に決められる事ではない。
(だが、やるしかない……)
自分の背中に庇われながら今にも前に出てきそうな愛する人の存在を感じながら切っ先を向けた。彼女は人類の敵である禍人だ。船員は受け入れたが、他の者達も同様に受け入れるなど楽観的な思考回路は持ち合わせていない。
そして例外を除いて禍人は一目見ただけで禍人と判断出来る気配を纏っている以上、正体を隠して共に生きる事も叶わず、諸事情によって船に閉じこもって旅をするのも不可能だった。
「どうやって辿り着いたか、ですか? 簡単です。貴方達、腕利きとして名を知られているので目立ってたんですよ。洞窟で何かをしていると。……まあ、後は航海士さんが期限を早めた途端にモンスターが居なくなったので何かあるだろうと……」
「あの馬鹿共っ! ……それで何をする気だ?」
専門外の仕事とはいえ余りにも杜撰な結果に頭痛を覚えて頭を抱えるシャークゥ。彼が示現達から目を離したのは僅か数秒。直ぐに気を取り直して視線を向けた瞬間、彼の手から剣が弾き飛ばされ宙を舞う。
目の前に示現の剣の切っ先が突き付けられ、剣が固い地面に落ちて音がした時、騒ぎを聞きつけた船員達が駆け付ける。
「船長! それに姐さん!」
「お前達は例の……」
武器を構え向かってくる船員達。だが、水没した箇所から水が噴き上がったのを見て動きを止め、左右に分かれた中から出てきた存在に唖然とする。
「我が信奉者達よ。我と契約を結んだ者に手出しはさせん」
威厳と神々しさを感じさせる姿を見た彼らは名乗らずとも目前の存在の名に行き着く。船乗りである彼らならば分かって当然の相手であった。
「ウ、ウンディーネ様っ!?」
「そんなっ! 水の精霊王が……」
この世界で共通の信仰対象である聖獣王。その直属の部下であり、信仰を分ける精霊王達海に生きる事を誇りとする船乗りの信仰対象は当然だが水の精霊王であるウンディーネ。
信仰の対象の出現に船員達は膝を折り、シャークゥさえも首から下げたウンディーネの紋章が刻まれた首飾りに手を伸ばす。本心を言えば今すぐ跪いてしまいたい。
「……お願い致します、ウンディーネ様。どうか彼女に、ミューリにご慈悲を!」
だが、海に生きる者として幼い頃から抱いていた信仰心にミューリへの愛が打ち勝った。両手を合わせ、懇願する彼の背後に立つミューリに対し、ウンディーネは目を細めて視線を送る。値踏みされるみたいな視線によって自らの全てがさらけ出された感覚に陥る中、彼女はシャークゥだけを見詰める。
やがてウンディーネは溜め息と共に示現達の方を振り向いた。
「……放置しても良かろう。別段悪さをする様子も人への強い憎悪も感じぬしな。……それどころかここら一帯の波と天候を穏やかにさえしている」
「……気付いてたの?」
「我を誰と心得る。水の精霊王なるぞ」
ウンディーネの言葉に空也は驚いた顔をし、示現は予想していたのか動じない。ミューリは見抜かれた事が予想外だったらしいが、その態度にウンディーネはやや呆れ顔。逆に何故気付かれ無かったのかとさえ言いたそうだ。
「……まあ、良い。わざわざ出張って来たのだ。子細を話せ。包み隠さずっすに……こほん。包み隠さずに話すが良い」
最後の最後で本性を漏らしたウンディーネに笑いを堪える空也の腕を示現が抓る中、緊張によって気付けなかったのか場の空気が壊れる事は無く、シャークゥはミューリとの出会いを話し始めた。
それはとある航海中に立ち寄ったしまでのこと。水や食糧の確保のついでに島を散策して珍しいものでも見付けられないかと散策していたシャークゥの耳に美しい歌声が届く。この様な島で一体誰がと気になって向かった先、其処に美しい禍人の女が居た。
「……あら、何処の世界でもどんな所にも現れるのね、人間は。見逃してあげるから去りな……」
「……可憐だ」
一目見た瞬間、二人の心に電撃が走る。まるで長らく会うことを禁じられていた恋人達が再会したかの如く心が揺さぶられ、目の前の相手の事しか考えられない。
本来敵対しかしない筈の種族間の恋は吟遊詩人が語る劇的な物語の末に芽生えたのではなく、ごく普通の一目惚れによって芽生えた。
船員の反対を押し切って島に滞在を続けミューリを訪ね続けるシャークゥの想いは日に日に高まり、それは彼女も同様。愛の言葉を囁き合い、互いを貪るように求め合うのに長い時は有しなかった。やがてシャークゥが旅立つ時にミューリも同行を望み、当初は怯えて遠巻きにしていた船員達も彼女を愛し愛されるシャークゥの姿を見て心を許す様になった。
当然だが人前には出ずに船の中で過ごすミューリではあったが禍人としての力の大半を込め、シャークゥが父から受け継いだ剣に特殊な力を与えた。この剣を鞘の近くに置く限りは海は荒れず悪天候にも悩まされないという力。モンスターを操る禍人の能力もあって順調に航海を続けていた。
「……ふむ。仔細は理解した。だが、どうして船旅を休み洞窟で暮らす事になった?」
「それは……別の禍人が関係しているんです。魔王軍最高幹部が一人、海王レンドラス。気晴らしにと遠泳に向かった先でミューリを見初め、自分の妻になれと命じて来ました」
自分ではどうする事も出来ないほどに強大な相手に悔しさを感じ歯噛みするシャークゥ。ミューリも怯えた様子で彼に抱き付いて震えていた。
「あの方は海の上なら船の中に居ても居場所を把握できる。私も陸で暮らせば逃げられるかも知れなかったけど……」
「聖獣王様の結界じゃな。本来の拠点から長らく離れるには再び別の場所に拠点を移す必要がある。だが、大きく力を削ぐ上に何かしら個別の条件も必要。お主の場合は……」
「うん。私の場合は海が近い事。これ以上削いだら命の危険も有るし……」
そっと顔を俯かせるミューリ。シャークゥは鞘に戻した剣の柄を握り締める。愛する者の為ならば海を捨てる覚悟はある。だが、この剣に大きく力を注いだ為にミューリは人里離れた何処かに居を移す事は叶わない。自分の為にした行為が愛する人を追い詰めたという事実が重くのし掛かった。
「彼奴は私を嫁にしたら記念に手近な国を滅ぼして挙式の余興にするって言ってたわ。私が見付かれば滅ぼされるのはシャークゥの故郷のこの国。この身を差し出してシャークゥを自由にする事も出来ない」
「ウンディーネ様、どうかお力添えを! かの禍人をお倒し下さいっ!」
「お願い致します!」
二人はその場に跪いて額を地面に擦り付けて懇願する。ウンディーネは暫くその姿を無言で見つめ、何かを自分に言い聞かせる様に静かに顔を横に振った。
「……無理じゃ。私達精霊王は一定条件を満たさねば禍人を倒してはならぬと厳命されておる。困難を自力で乗り越え強大な敵を勇者が倒す。それは一種の儀式であり、それを積み重ねる事によって魔界とこの世界を繋ぐ穴を塞げるのだからな」
「そんな。……シャークゥ。私、この洞窟でずっと暮らすわ。だからレンドラスが諦めて別の場所まで行くまで……」
ウンディーネの言葉に覚悟を決めた顔をしたミューリの顔が突如強ばり、恐怖で頭を抱えてうずくまった。
「ミューリ?」
「い…今、レンドラスが近辺の海を通して命令を出して来たわ。私が自分の所に来ない筈がない。きっと人間に殺されたのだから、妻の弔いの為に町を破壊する。手始めにラグレを三日後に襲うって……。多分この洞窟も見付かって、自分から逃げたからって私も……」
「なっ!?」
「……ごめんなさい。私さえ島から出なければこんな事には……」
「……馬鹿を言うなっ! 俺はお前と過ごせた日々を後悔などしない。この恋心は間違いなんかじゃ無いんだっ!!」
涙を流すミューリをシャークゥが抱き締める。もう全てが終わりだと絶望しながらも最後まで愛を貫こうと心に決めた時、先程から黙っていた示現が手にした剣から突如眩く神聖な光が発せられた。
「ホーリーブレイド、勇者専用の魔法です。キャプテン・シャークゥ、今すぐガノス島に私達を連れて行って下さいますね? レンドラスを倒す鍵が其処に存在します」
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