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微かな希望

評価新しいの来た!嬉しい

 嵐の海に飛び込んだ瞬間、僕の目の前に広がっていたのは闇だった。暗雲が月明かりを遮り、文明の明かりもないこの世界の夜は暗い。荒れ狂う水流に抵抗しながらも海上に顔を出した僕の目に子供を浚ったブラックマーマンの姿が映る。


「逃がすもんか。その子を返せっ!」


 子供が浚われた時、子供達の親が悲痛な叫びを上げていた。人の命が簡単に失われる世界でも親が子供を思う気持ちは変わらない。だからこそ、絶対に逃がしちゃ駄目なんだ! だって僕は勇者、この世界の人達の希望を背負う存在なんだから!


 エリーゼの魔法で強化された脚力でのバタ足で波に逆らいながらブラックマーマンを追い掛ける。子供が溺れないように掴んだ両手を頭上高く上げて泳ぐ姿勢は普段と違うのか水棲のモンスターだけどそんなに速くない。だけど、僕が追い付くのを防ごうと海中から比べ物にならない速度でブラックマーマン達が向かって来た。


 ステイタスによる能力向上の恩恵か気配を察知した僕は息を大きく吸い込んで一旦海中に潜る。爛々と輝く瞳だけが漆黒の闇の中で視認出来る中、水流に少し苦戦しながらも突き出された槍を受け止め、横から振るわれた爪を避ける。少し掠ったのか肩が少し痛いけど、此処まで近くにいれば暗くても居場所は分かる。普段より振り辛いけど首をはね飛ばせた。でも、真下から襲ってきたブラックマーマンに足を掴まれて下に引っ張られる。体を回転させて振り払い、水を蹴って距離を開けた。


(……戦い辛い)


 泳ぎは得意な方だけど、真っ暗闇の嵐の海中で戦うのは流石に違うよ。もう息が上がって来たし、早く倒さないと子供を見失っちゃう。焦りばかりが募る中、元から足止めが目的だったのか囲むように周囲に居るブラックマーマンの気配は感じるけど積極的に襲っては来ない。


 せめてもっと明るかったら……。



「ライトボール!」


 エリーゼの声と共に雲と海の間に眩い光を放つ球体が出現する。海の表面だけでなく海中も僅かに照らし、ブラックマーマン達の姿を目で捉える事が出来た。よし! これなら勝てる。


 一気に水中を蹴り加速、包囲網を抜けて一刻も早く追い付こうとする僕にブラックマーマン達が接近した時、方向転換して正面から迎え撃った。荒れ狂う水流に逆らうんじゃなく、水流に身を任せるように回転して攻撃に勢いを乗せる。


 名付けて即席必殺水流切り! 邪魔なブラックマーマンを全部倒し、最大速度で追おうとした僕の足の光が消える。拙い、レッグブーストの効果が切れた。流石に力を使いすぎたんだ。この距離じゃもう一度使って貰うのは間に合わない。それでも諦めて堪るもんか。でも、僕の目前に巨大な波が発生して……。





「……糞っ!」


 結局、子供は見失った。港まで押し返された僕は仰向けになって奥歯を噛みしめる。何が勇者だ、何が希望だ。偉そうにしておいて子供一人救えやしない!


 僕なんて偶然手に入れた力に酔って調子に乗っているだけの餓鬼じゃないか! 思い返せばローズリンデの時もバイコーンの時も最後は誰かの手助けで切り抜けた。僕なんて与えられた力がなければ役に立たない餓鬼で、力があっても使いこなせず誰かの助けが運良く入ってただけと認識もしてなかった思い上がりの馬鹿だ!



「坊や…坊やー!!」


 浚われた子供の母親らしい人の叫びが耳に入る。僕がもっと強かったらこんな事にはならなかった。お祖父ちゃん達が未熟者扱いする訳だよ。だって僕は……。


「僕はっ! 余りに弱い……」


 左腕で涙が流れる目を覆い、右手を地面に叩き付ける。町を襲ったモンスターへの怒りが溢れ出し、それ以上に無力な自分が許せなかった。



「うわ…うわぁああああああああああっ!」


 どれだけ抑え込もうとしても感情が溢れ出す。この日、僕は久々に大泣きした。





「落ち着きましたか、璃癒?」


「……うん。少しだけ……」


 あの後、ずぶ濡れの服を着替えた僕達は部屋で休んでいた。差し出されたホットミルクは甘くて心を落ち着かせる優しい味わいだ。沈んでいた心が少しだけ元気になった気がする。


「……助けられなかったね」


 助けられた子供の親からはお礼を言われたし、浚われた子のお母さんは僕を責めず、逆に助けようと嵐の海に飛び込みまでした事を謝られた。自分がちゃんと守れなかったのが悪いからって。


 シーツを握りしめる手に力が籠もった時、僕の前にエリーゼが黒い輪っかを差し出した。砕けているけど破片を繋ぎ合わせると既視感が……。これ、何処で見たんだっけ? 確か……。



 記憶を遡り、お目当ての記憶を探り当てる。確か、大騎獣レースでセウス君が言っていた……。



「偽勇者がバイコーンを操るのに使ってたかも知れないって奴だ!」


「ええ、ブラックマーマンの死骸を見た時に発見したのでこっそり回収しておきました。……ブラックマーマンが操られていたとなると一連の不可解な動きにも説明が付きます」


「じゃあ、レッサーシーリザードは?」


「あのモンスターの性質からして一体一体に付けなくても大丈夫な筈です」


 金品を強奪したり、僕を襲うよりも略奪を優先したりとかの理由がこれで解決された。この騒動の裏には誰かが潜んでいる。多分浚われた子供は人身売買に……。


「……偽勇者ってメタ・ボリック伯爵の仲間だったよね? じゃあ、今回の騒動は伯爵が絡んでいる?」


「恐らくは。色々と怪しい噂の多い悪徳貴族らしいですし……」


 貴族が相手って事に少し不安を感じるけど、これで浚われた子供が生きている可能性が大きくなった。じゃあ、次は情報収集だ。あんな子供の体力じゃ連れ去られて長い時間運ばれるのに耐えられるか不安だし、監禁しておく場所が必要だ。


 そこを探って証拠さえ見つかれば伯爵が犯人でも他の貴族が糾弾するだろうし、他に捕まっているかも知れない人を助けられる。……無力だって無能だって、自分が出来るだけの事はしたいんだ。


 だって、自分の正義は裏切りたくないから。



「じゃあ、早速女将さんに心当たりを聞いてみようか?」


 ほんの僅かな、本当にか細い糸みたいだけど希望が見えてきた。もう落ち込んでいる場合じゃないぞ、僕!


「ちょいと良いかい? アンタ達に助けられたって奴がちゃんとお礼を言いたいってさ」


 丁度良いタイミングで女将さんがやって来る。さっき助けた人? 取り敢えず入って貰おうか。






「あの、先程は有り難う御座いました! 私、モンスター研究者のフィーラと申します。この近くにある洞窟に調査に来たのですが……あはははは。あのざまでして」


 お礼を言いに来たのは最初に助けた女の人。眼鏡でお気楽そうな二十歳位。肩まで伸ばした髪は凄い癖毛で……胸は僕とどっこいどっこい。同士! ……じゃなくて、今何て言った!?



「フィーラさん、洞窟ってっ!?」


 思わず前に乗り出してしまうけど、こんな時だから仕方ない。……多分


「ひゃっ!? こ…この先の岬にある海と繋がっている洞窟ですけど。どうもレッサーシーリザードが増えていますし、シーリザードの生息の疑いが有るみたいで……」


 話を聞いているとフィーラさんは旅をしながら報告書を研究所に送って資金をえているらしんだけど途中で路銀を落としちゃったらしくって、暫くバイトしようと思っていたらこの天候。お仕事なんて当然なくって他の町に行く資金さえ足りなくって……。



「魔魂石を集めて稼ごうとモンスターに正面から向かって返り討ちにあったと……」


「お恥ずかしながら……そもそも私って斥候職系の魔法使いで、正面戦闘には向いてないんですよね」


 後頭部に手を当てて自分に呆れている様子で笑うフィーラさん。エリーゼも掛ける言葉が見付からないっぽいし。でも、彼女の持っている情報は今の僕達には必要だ。





「フィーラさん、その洞窟まで案内してくれないかな!」


 だって、その場所に浚われた子供が居るかも知れないしね!




(……所で女将さんが言っていた妙な連中というのが気になりますね。私の方で気に止めておきましょう)

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