サイドストーリー 伝説となる若者達 ②
「宗教的利用と見るのが自然でしょうね」
桶に入れていたレッサーシーリザードの尻尾を取り出しながら伝承について考察する。勇者召喚の儀式をこの世界に齎したという聖獣王とやらについてだ。
禍人の変身形態である返神や拠点外での活動に時間制限を与える結界が存在する以上は伝承の元になった存在は居たのでしょうが、伝承の通りだとは限らない。
私は召喚された別の世界の魔法使いではないかと思います。希望となる結界やステイタスを人々に与えた存在が帰るか死んだとあっては人々の心に不安が残る。故に見守り続ける偉大な存在をでっち上げた、そんな所でしょう。
……祈りの呪文からして魔法が存在する並行世界の日本出身かも知れませんね。あれは落語に出てくる死神退散の呪文ですから。
「さて、私とチルニアは半熟、空也達は兄妹揃って両面焼きでしたね」
あの厄介な粘膜は真水によって凝固して剥離する性質があったので一晩水に漬けていれ殆ど残っていない。薄切りにして軽く香辛料を振って蒸し焼きにしている間に目玉焼きに取り掛かる。
それぞれの好みに合わせて焼けた頃にパンを取り出し、尻尾のソテーと野菜を挟んで目玉焼きを付け合わせるた。これにスープを付ければ昼ご飯の完成です。
「そろそろ資金が溜まる頃ですね。……あの珍獣が来ない内に終わらせましょう」
あの日、寿司屋の奥の和室で寝た私達が目を覚ませば元の内装に戻っていました。微妙に残り香があったので夢ではなく、次の日には再びアンノウンが来たので嫌でも現実であったと知らされる。
正直言って苦手な相手であり、関わりたくないのですが……。
「別に良いじゃんか、面白い奴だしよ」
「まだ正体暴いてないしさ。次来たら絶対顔見てやるんだ」
空也と奈月さんは何処が気に入ったのでしょうか? 昨日も談笑していましたし、奈月さんは躍起になって顔を見ようと頭を外すも同じ大きさの頭が出て来て外した頭の山が部屋の隅で存在感をアピールしています。……後で捨てに行きましょうか。
取り敢えず崩れて転がってきたのを直そうと掴むとベチョリとした感触が伝わってくる。触った白い部分は白餡でした。いや、どうしてですか?
「あのアンノウンとやらは性根が大分ねじ曲がっておるな。それにしても美味じゃ。何の肉かは聞かないでおくが……」
どうもこの世界ではモンスターと獣は別扱いらしく、モンスターを食べる習慣は存在しない模様。私達からすれば熊や鰐、ナマコを食べるみたいな感覚でも、こっちの世界の住民には受け入れられない事らしいです。
最初は食料がなくて豚みたいなモンスターを丸焼きにし、徐々に森の中を蠢くヒトデやら頭が二つの大蛇を食べるようになってチルニアも慣れてきたのか現実から目を逸らしながら受け入れています。まあ、旅の途中で旅をすることになった原因に食料についてケチを付けられても困るのですが。
……そして、アンノウンの出現によって私の中でチルニアに対する評価価値は下落している。米に醤油とこの世界に存在しない物を用意したという事は他の世界に行く術をアンノウンは持っている可能性が高い。交渉が決裂したり物だけを取り寄せる能力の可能性を加味して今まで通りに大切にはしますけどね……。
「……にしてもこっちに来て何ヶ月だ?」
二人で買い出しに向かった道中、空也が急に口を開く。確か召喚された暦が……。
「半年と十日ですね。戻った際に時間の流れが同じなら完全なる失踪扱い。時の流れが違うと良いのですが……」
暫く授業から離れるので戻った時に成績が落ちるのは確定とあっては落ち込まざるを得ない。召喚直後に帰れたとしても、此方での行動が泡沫の夢のような感覚でなければ非常に困った事になる。私、推薦入試を狙っているのですから。
異世界での冒険の最中に気にする事か? ええ、気にすべき事です。面接で異世界を救いましたとアピールしても正気を疑われるだけですし、重要なことでしょう。今だけでなく未来も考えなければ……。
「まあ、それはチビニアを信じるしかねぇな。少なくても騙そうとはしていないだろ?」
「ええ、騙す気は見受けられません」
空也は分かっているのかいないのか、チルニアが召喚直後の時間に戻せると思っていても文献が間違っている場合や力が足りない場合も考えられるとは口にしない。チビだの散々言っても小さい子供相手だと気を使っているのでしょうか? まったく、お人好しにも程がありますよ。口にしても損しかないので私も言いませんが……。
そうこう話していると市場に到着、レッサーシーリザードの被害が甚大だからか大量に退治している此方への視線は好意的だ。これで勇者だと明かせば崇められた上で割に合わない仕事を押しつけられ、勇者に相応しい自己犠牲の精神を求められるのでしょうね。
そんな事が何度かあって勇者だとは口にせずステイタスのクラスの表示も偽装しています。手が届かない場所での犠牲を責められるのは面倒ですからね。面白可笑しく誇張された英雄伝の登場人物と現実の人間を一緒にして欲しくないですよ
「アンタ達か。ほら、これ持って行きな!」
「世話になってるからね。大安売りだ」
「これ、皆で食べなさい」
次から次へと差し出される物を受け取りお礼を言っていると立派な帆船が目に入る。この周辺で随一の船乗りであるシャークゥの船だ。このラグレという港町でガノス島まで行けるのは彼の船だけだと聞いて乗せていって貰えるか交渉した結果、随分な値段を要求されました。
交渉の際に言われた事を要約すれば、余所者は嫌い、です。実際、他の人達も資金集めで滞在し始めた当初は冷たかったのを思い出す。それが今では随分とフレンドリーであり……調子が良いと感じていた。まあ、人間は自分の利益になる相手には基本友好的になる生き物ですからね。
その様な思考を表に出さずに私は船の航海士であるアーゴナさんに近寄っていった。
「やあ、アーゴナさん。良い天気ですね」
「あ…ああっ! それで料金は貯まったか? 結構な額だし当然まだに決まってるよな!?」
……怪しい。どうも私達が約束した金額を持って行くのが不都合な様な態度。此処は探りを入れる為に……。
「いや、もう殆ど貯まったぜ! 明後日には間に合うから待っててくれよ」
だが、探りを入れるより前に空也が正直に答えてしまう。ああ、この馬鹿。相手の様子を見て妙だとは思わなかったのですか!
友人を罵倒するのをグッと堪える。さて、これが吉と出るか凶と出るか。本当ならばまだ足りないと言ってから尾行し、内情を探る予定だったのですがね。余裕がなくなった場合、理性では考えられない連中は居ますし、彼らはそんなタイプであると見ています。
「あ…明後日ぇ!? よ…用事を思い出したから帰る!」
どうやら吉と出た様子。明らかに動揺し目が泳いでいる。しきりに船に視線を送っているという事は彼ではなく船か船員、恐らくはトップであるシャークゥに何か問題があると。
随分と慌てた様子で船に戻っていく彼の姿に私は確信する。本当は島に行く程の腕前ではないと言った類とは別の何かを隠していますね。それこそ町の人に無理を言ってでも私達をどうにかする訳には行かない問題を。
船ですし、禁輸か亡命か、どちらにせよ表沙汰にするのは拙い内容らしい。
「結果オーライですね、空也」
「うん? 何の話だ?」
分かっていない様子ですが、分かってやっては効果が薄れる。彼は今のままでいて貰わないと困ります。
「いえ、何でもありませんよ……」
さて、どう動くのやら……。
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