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嵐の町にて

「なあ、示現。璃癒は置いてきて良かったのか?」


 雨の中、荒れ狂う港を目指して歩く俺は二人で来て良かったのかと疑問だった。いや、だって留守番を言い渡された彼奴ってどう見ても不満だっただろうが。


「別に構わないでしょう? 船上での戦いは地上とは些か違いますし、未熟な璃癒では危険です。もう少し強くなってからでないと」


「……そーかい。あんまり子供扱いしてやるなよ?」


「子供扱いも何も、まだまだ子供ですよ」


 どうも昔から此奴は理屈で考えるっつーか、心情を理解した上で実利的で効率的な方法を選ぶっつーか。普段なら璃癒が喜ぶ方が得だってしてやがるが、今みてぇに危険な事態の場合はどうしてもな……。


 っと、考え事をしている俺達の前に波に乗って町にやってきたモンスターが向かってくる。 二メートル位の緑色のゴキブリ、シーギガントコックローチだ。海の中が主な活動場所だっつうのにテカテカ光る油やカサカサと耳障りな足音が気持ち悪ぃ。船を集団で襲って乗組員も食料も全部食っちまう獰猛で貪欲な奴らだ。


 奈月の奴はキャーキャー悲鳴を上げながら叩き潰してたっけな……。


「アイスアロー」


 この雨じゃ雷は論外で、火はコントロールを完全に取り戻してねぇ今は町中じゃ使えねぇ。なら、凍らせるに限るよな! 刺さったそばから内部を凍らせて動きを止めていく。ゴキブリって頭を潰されても餓死するまで生き残るって聞いたこと有るし、確実にぶっ殺す必要があるよな。


 触るのは嫌なので適当な石ころをぶん投げて砕く。示現は眉一つ動かさず縦に両断してやがった。内蔵丸見えだしグロいな、おい。


 十匹ほど倒したら目の前には居なくなったのでスピードを落とさずに進めば妙な光景が広がっていた。真っ黒な空から光の柱が降りている。いや、一部分だけ雲が切り抜かれて日が射してやがんだ。海もその内部だけは穏やかで、中心には妙なもんが浮かんでいた。


「……アレですかね? いえ、聞くまでもないのですが」


「がははははっ! 間違いないだろ、絶対によ!」


 カバが用意してるって言った船、それは腹這いに横たわったパンダの形をした足漕ぎボートだったんだ。示現は嫌そうな顔をするが俺は爆笑する。爺二人で足漕ぎボートに乗るとかちぃーと嫌だがな。


 でも、何処から入るんだ、あれ? 顔の白い部分が半透明だから中身が見えたけどドアとかは見当たらねぇぞ。ぶっ壊して入る……訳はないしな? いや、アンノウン相手に常識は通じないか。


 取り敢えず近くに寄って調べようとした時、パンダの首が動いて俺達の方を向く。口の部分が開いたかと思うと舌が伸びて俺達に絡みついて中に引きずり込んだ。


 中に入ると舌は俺達を離して椅子が持ち上がって俺達をキャッチ、座った姿勢で元の場所に戻った。因みに座り心地は最高だ。フカフカな上にリクライニングやマッサージ機能まで付いてやがる。


「無駄に高性能ですね。幽霊船の位置は……これですね」


 早速腰の辺りをマッサージしながら目の前の赤いボタンを押す示現。空中に半透明の地図が映し出されていた。黄色く点滅してる矢印が俺達で赤い丸が幽霊船だな。俺も肩のマッサージをしようとスイッチを入れた時、軽快な音楽と一緒にアナウンスが響いた。




『本日はアンノウン水上サービスを利用してくれてありがとうねー! 今から設備の説明だよー。ボタン押したら色々機能が発動するよ。以上!』


「何にも説明になってねぇな、おい」


 どのボタンでどんな機能が働くのかも不明な上にそこら辺にボタンが有りやがる。よく見たら俺の尻のすぐ横にもボタンがあった。


「あの珍獣のやる事ですからね。取り敢えず……これを」


 手元にある黄色いボタンを示現が押すと黄色いガスが吹き出してくる。同時にアナウンスが流れる。



『ピンポンパンポーン! じげっちが押したのは最近僕の部下になったカバのヒポタマ子ちゃんの口臭の臭いが吹き出すボタンだよー! 因みにこの時のメニューはレバニラ丼!』


 臭っ! なんちゅう臭いだっ! ったく、相変わらずだな、おい! 俺達が勇者として旅してた時も知り合ってから何かと手助けやらちょっかいやらして来て示現や奈月が怒ってたよな。俺は愉快な奴だって思ってるけどよ。何だかんだ言ってこの世界のために動いてるし。


『もー! 人の話を聞かないで無闇にボタンを押すからだよ? 換気してあげるから反省してよね!』


「……これ、私が悪いのでしょうか? さて、もう余計な事は一切しないで行きましょう」


 腑に落ちないって顔で溜め息混じりでペダルを漕ぐ示現。パンダの腕が動いて水を掻く。俺の方のペダルを漕げばバタ足をする。なんか俺の方にあったレバーを動かせばその逆の方向に頭が動いてそっちの方向に動いた。


 このパンダボートの浮かんでいる周辺だけ波が穏やかで雨の一滴も入って来ない。こんだけの事が出来るんだったら足漕ぎじゃなくってエンジン式に……あっ、俺も示現も船舶免許持ってねぇや。いや、それなら自動運転でも良かったんじゃねぇかと思いつつマッサージを肩から腰中心にした時にカチリとスイッチの入る音がした。




『今日はノンストップでパンダお悩み相談室~!』


 声に重なるみてぇにテープを再生する時の音が聞こえてくる。示現がジト目で俺を見ていた。



「これ、絶対に止まりませんよ?」


「……悪ぃ」


『それでは一人目のお葉書の紹介~! ペンネーム:プリンセス☆ヒポタマさんからの相談。えっと、最近就職した先での上司が私の口臭を悪戯に使いました。どうにかして下さい、だってさ! ふむふむ、酷い上司もいるんだね。じゃあ、赤ワインの染みは塩を使えば良いらしいよ! これでお悩み解決だね! じゃあ、次のお葉書は……』


「おい、全然解決してねぇっつーか、彼奴だよな、その上司って」


「あの珍獣のする事ですから……」


 その言葉に俺も納得するしかなく、悩み相談じゃなくって悩みが遭難している放送を聞きながらペダルを漕ぎ続ける。あー、だりぃ。別にこの程度じゃ疲れねぇけど景色も変わらないし退屈なんだよな。






「じゃあ、しりとりでもする?」


 突然地の文を読まれた俺が横を見ると、波の上で陽気にスキップしながら進むアンノウンの姿があった……。










「あーもー! お祖父ちゃん達ったら!」


 アカサンゴ亭のベッドの上で璃癒は枕に顔を埋めながら手足をバタバタ動かしています。矢張り示現さん達に置いて行かれたのが悔しいんですね。短い付き合いですが負けず嫌いだって分かりましたし、未熟者扱いされるのが嫌なのでしょう。


 ……本当なら危険な事に参加させて貰えないと不満に思わないような平和な生活をしていた彼女を召喚して戦いの日々を押し付けた事に罪悪感を感じています。だって、横から見ていて璃癒さんとお二人の家族愛は強いですし、その相手に不満を抱かせる原因になったのですから。


「あのさあ、エリーゼ。僕って頼りないかな? いや、お祖父ちゃん達からすれば雑魚なんだろうけど、それでも頼りにされたいって言うか一人前って認めて欲しいって言うか……」


「璃癒は本当にお二人が好きなのですね」


 結局の所、璃癒はお二人の役に立ちたいのでしょう。何故置いて置いて行かれたか、其れが自分への愛故にだって分かっていても納得出来ない。


 私も小さい時は早く一人前になりたくってレベルを上げようと勝手に山に向かったり、魔法の練習をしている最中に夢中になっていたら物を壊して怒られたりしましたっけ。


 背伸びだって分かっていても自分を大きく見せずにはいられない。ふふふ。色々と勇者らしい所に驚かされますけど、私と同じ普通の女の子な所もあるんですね。


「……エリーゼ?」


「な…なんでもないですよ。ちょっとお花摘んできますね」


 思わず笑ってしまったらしくって怪訝な顔を向けられる。危ない危ない。外は生憎の雨ですし、宿屋の中をちょっと見て回りましょうか。


 璃癒との二人部屋から出た私は二回をグルッと見て回った後で下に置りようとしましたが、カウンターで何かを作っていた女将さんがジェスチャーで降りて来るなと言って来ました。あれ? 何やら大騒ぎしている酔っぱらいの皆さんの声も聞こえてきますし、柄の悪い人に絡まれないようにしろって事でしょうか?


 騒いでいる人達に気付かれる前に私は二階に戻り、廊下の途中にある窓の前で立ち止まる。外からは轟々と滝みたいに降りしきる雨音が聞こえていました。


 この雨が半月も続いているなんて……。


 きっと不安なのでしょう。女将さんはご亭主さえ出て行くのなら自分も一緒に町を捨てる気だと言っていましたし、既に何人も旅立ったと聞いています。無念だったでしょう。住み慣れた場所と家族との生活を天秤に掛けて苦渋の決断をした彼らを誰が責められると言うのでしょうか。


 いえ、誰も責めるべきではないのです。責めるべき相手が居るとすれば今の状態を引き起こしているであろう誰か。絶対に許せません。人々に故郷を捨てさせ残った人に不安を与え続ける犯人を絶対に罰しなければならないのです。


 そんな風に憤っていたからでしょう。この時の私は注意散漫になっていました。




「おっ! 中々の上玉じゃねぇか。おい、俺の部屋で一緒に飲もうぜ」


 窓の外に気を取られていたのか背後から接近する男の人に気が付かなかった私は慌てて振り返る。鼻を覆いたくなる酒の臭いと赤ら顔に焦点の定まっていない瞳。既に随分と酔っぱらっている大柄の男性が私に手を伸ばして来ました。


「娼婦共も他に行っちまって退屈してたんだ。なあ、相手してくれよ」


「お酒は苦手で……」


 これは本当です。地球は二十歳からだそうですが、この世界では私はお酒が飲める年齢なのですが、一度飲んだ時に記憶が無くなって、司祭長に二度と飲まないようにと言い付けられました。


 それに一緒に飲むだけじゃ済まなさそうですし断ったのですが、彼は強引に部屋に連れ込む気なのか私の腕を掴んで引っ張ろうとします。部屋に連れ込んで強引に……って所でしょうね。


「調子に乗ってないで来いっ! ……うん? ふんっ! ふんっ!」


 ですが、必死に私を引っ張っても微動だにしません。さて、もう良いですよね? 文字通りレベルの差を分からせてあげても。


「……えい」


 私を掴んでいた腕を振り払って逆に掴んで引き寄せ、顎にビンタを叩き込む。この人、クラスは戦士系下位のウォーリアですがレベルは12。バイコーンの魔魂石の経験値を璃癒と分け合って18になった私ならこれで十分です。顎に強力な一撃を受けて気絶しちゃいました。


 流石に頭をぶつけたら危ないので受け止めて廊下に転がし、居るかも知れない仲間が来る前に部屋に戻る。やれやれ、私が育った所じゃあんな人は居ませんでしたよ。女将さんが仰っていた怪しい方々って彼らの事なのでしょうか?





「あっ、お帰り、エリーゼ。78、79、80……」


 部屋に戻ると璃癒が片手で逆立ちをしながら腕足せ伏せをしていました。体を動かさずにいられないのでしょう。……此処で無理に飛び出して危ない事をする、そんな選択肢を選ぶ人でなくて良かったと思います。


「頑張っていますね、璃癒」


「うん。まだ世界を救う宿命とか実感できないけどさ……やれる事はやっておきたいからね。……それとごめんね。僕に何か気を使ってたみたいでさ」


 聖獣王様、私は彼女を勇者として召喚した事を申し訳ないと思う一方でこう思うのです。彼女を召喚して良かった、と。……少し矛盾しますけど。ですから、どうか彼女に祝福をお願いいたします。背負う必要の無かった過酷な運命を背負おうとする彼女にどうかお力添えを……。




「アジャラカモクレンキューライス、テケレッツのパー」


「……うーん」


 ……このお祈りをすると璃癒が微妙そうな顔になるのは何故でしょうか?






 一方その頃、町から直ぐの場所にある洞窟の内部、海と繋がっているのか一部が水没した場所には磯の香りが漂っている。だが、今はそれ以上に血生臭い臭いが充満していた。


 バリバリボリボリと堅い物を噛み砕く音が響き、先程までは若い女の断末魔も聞こえた。今聞こえるのは何かを食べる音と大きな生物が這いずり回る音だけだ。


 突如、人の足音が聞こえ、何かを放り投げた音が続いて聞こえる。先程から蠢いていた何か達は一斉に放り投げられた物に殺到し、貪り食らう音と人の悲鳴が響き渡る。それも聞こえなくなった後、水中から巨大な何かが姿を現し、蠢いていた者達が殺到する。再び何かを貪る音が聞こえ、やがて巨大な何かが水中に潜ると静寂が訪れた……。

次回かその次回辺りで過去辺予定 サイドストーリー 伝説になる若者達


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