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サンライトリゾート編 第2話

サンライト・リゾート。アデンマンを牛耳れるほどの財力を持つ黎明グループの総帥、アーノルドが建てたにしては、こぢんまりとしていた。高さは三階建てで、横に長い建物だ。生命の気配もない荒野だった島に、人間の文明だけがぽつんと置かれた光景は、実に不釣り合いだった。それでも、正式な規格のゴルフ場を造れるほど広大な平地は、この保養地の自慢だった。今日も、開けた草原に人々が点のように散らばっている。


「ボールがおかしいのでしょうか。それとも、クラブがおかしいのでしょうか?」


メリーはしゃがみ込み、目指す穴の手前をうろつくボールと、罪のないゴルフクラブをじっと見比べていた。


「難しいとは思ってたけど、パー三のホールに入れるのに二十打もかかるなんて。これじゃ面白くないね」


フィリップは、ようやく穴のそばに寄ったボールを、クラブで投げやりに押しながら言った。その飽きっぽさに、メリーはうなじを押さえるしかなかった。


「二十打ならプラス十七……いえ、ルール上、そんなに打てませんよね。こうなると思ってました。だからシミュレーションゴルフにすればよかったんです。どうして坊ちゃままで、まったくの初心者なんですか。いきなり本物のコースで打つなんて、ただの無駄遣い。最悪です」


「それっぽく構えれば入るんじゃないかと思って、すぐにでもグリーンに出たかったんだ。テレビのプロがあんまり格好よくて、つい。ねえメリー、中に入ってボウリングでもしない?」


「結構です。坊ちゃまには大失望ですから。サイクリングを始めると自転車をお買いになったと思えば、一週間もしないうちに邪魔者扱い。買った本は全部、家具同然。まさかとは思っていましたけど、今回までこんなお姿を見るなんて。ああ、野球場に行けばよかった」


次々に浮かぶ似たような事例を、それ以上口にしないよう、メリーはこらえた。薔薇の棘のような視線を向けられたフィリップは、行儀よく正座して小言を聞くしかない。誰に言われたわけでもないのに両手まで上げ、学校で罰を受けるような姿勢になっていた。


「飛行機代に宿泊費にゴルフクラブに……。いったい何ドルになると思ってるんですか。本当に、ひどいです」


容赦のない事実を耳にすると、男はうつむくしかなかった。せっかくだからという理由で、リゾートのゴルフショップで買ってしまったフィリップのクラブ。それを握り、将軍のように堂々と立つメイドは、以前から目にしてきた衝動買いと意志の弱さを指摘している。フィリップは気を紛らわせようと地面に蟻でも探してみたが、一匹もいなかった。ただ、膝にちくちくした感触が伝わるだけだ。


(これ、人工芝なんだ。どうせなら天然にしてくれればいいのに)


頭の中をのぞかれたら呆れられそうなことを考えながら、少女が何か言うたび、下げた頭をせっせと動かしてうなずいた。メリーの声がよほど熱を帯びていたのだろう。三十代半ばに見える男性が、ゴルフバッグを肩にかけて近づいてきた。バッグに収まった何本ものクラブは、それぞれヘッドの形が違う。素人でも、プロかインストラクターだろうと見当をつけられそうだった。


「おやおや。聞いたところ、勢い任せにゴルフを始めたはいいが、もう飽きて怒られてるってところかな?」


「まさに、そのとおりです……。僕はフィリップといいます」


フィリップは、わざと姓を名乗らなかった。ゴルフバッグの男も挨拶に応じ、同じように名前だけを告げた。その人懐っこい口調が、初対面同士のよそよそしさをきれいに拭い去った。


「俺はアダム。このリゾートでゴルフを教えてる。君たちみたいな例は何度も見てきたよ。まあ、子供に旅行を贈ってもらって、憧れのゴルフに挑戦したものの、ボールにすら当たらないお年寄りの話だけどね。そういう人のために俺がいるわけだ。君は可愛いから、特別にただで教えてあげよう」


「本当ですか? 太っ腹ですね!」


フィリップは正座から跳ね起きておだてたが、アダムは真顔になった。


「誰が君だって? 俺が言ってるのは、そっちのメイドさんだ。フィリップ君、まさか自分を可愛いと思ってるわけじゃないだろうね?」


「うっ。メリー……喉、渇いてない? リゾートに戻って飲み物を取ってくるよ。しっかり教わってて」


メリーが呼び止めても、彼は聞こえないふりをして走り続けた。(坊ちゃまは、いつもこうなんだから。中で面白いものを見つけたら、もう出てこないんでしょうね)メリーは驚きもせず、追いかけることもなく、ため息をついた。邪魔者がいなくなったとでもいうのだろうか。気取った足取りで近づく男は、眉を上げ下げし、いかにも馴れ馴れしい。


「名前はメリーかい? 遠くからでもスタイルがいいと思ったけど、近くで見たら確信したよ。身長のわりに脚が長い。羨ましいくらいのバランスだ。そのうえ、華奢に見えて太ももはしっかりしてる。下半身が安定してるから、すぐ面白くなると思うよ」


「ちょ、ちょっと。何をなさって……」


アダムは、彫像に触れる機会を与えられた博物館の見学客のように、ふくらはぎを覆う白いストッキングを撫でた。考古学者の観察なのか、好色家の目つきなのか、判別のつかない視線が下半身をなぞる。彼が姿勢を低くすると、メリーはスカートの裾を引き下げた。


「上半身と下半身のバランスが、ゴルフにはうってつけだ。こっちまで楽しくなるね。君、本格的に習ってみないかい? こんな身体をしていて、メイドなんかやってるのはもったいないよ」


立ち上がったアダムが、腰とも尻ともつかない際どい場所をぽんぽんと叩いた。


「ひゃっ!」


メリーの背筋に、服の中へ氷を入れられたような感覚が走った。真冬の冷たい便座に肌が触れたように目をぎゅっと細め、顎を上げる。やがて軽蔑だけを残した表情になり、ゴルフ講師を押しのけた。


「ちょっと! 勝手に身体に触らないでいただけますか。そもそも、あなたに習うなんて言ってません」


「おっと、ごめん。親しくなるつもりだったんだが、失敗したみたいだね。そうか、おじさんおばさん相手の場を和ませるやり方を、若い女の子にするなんて、俺が軽率だった。お気に召さないようだから、おじさんは退散するよ。ゴルフを習いたくなったら、いつでもおいで。たいていリゾート一階の事務室にいるから」


アダムは頭をかいた。嫌悪のこもった目から逃げずに名刺を差し出し、気まずさを和らげようとするように大きく笑うと、未練なく背を向けた。取り残されたメリーは、しつこく付きまとわず素直に謝った彼を見て、本当に悪気はなかったのかもしれないと思った。それに、ここまで大金をかけて来たのだから、一度くらいきちんと習いたいという未練もあった。


「あの! 教えてください。基本だけでも。やっぱり、本だけでは難しそうです」


「おや? いいとも。そんなに早く気を変えてくれるとは思わなかったな。肩幅より半歩広く、足を開いてみて」


アダムはポケットからボールを一つ取り出し、さっと擦ると、メリーの足元へそっと置いた。彼女の心変わりに面食らいつつも、すぐに講師のスイッチが入ったらしい。脂っこくまとわりつくようだった声は、信頼できそうな、しっかりした響きに変わっていた。


「このくらいですか?」


「うん。クラブの握り方はわかるかい?」


「はい。飛行機の中で練習できるのは、グリップくらいでしたから」


「よし。そのまま上半身を前に倒して、お尻だけ少し後ろへ引くつもりで力を入れて」


メリーはアダムの手本を横目で盗みながら、ぎこちなく真似をした。狩りを教わる子猫のように不器用な動きで、目が「こうですか?」と問いかけている。その懸命さが微笑ましくて、アダムもつい褒めたくなった。


「上手だね。その姿勢で左腕をまっすぐ伸ばしたまま、右肘を軸にして、クラブと胴体がひとつになったつもりで、ゆっくり引いてみよう」


「こうすればいいんですか?」


メリーは左手首が右肩のあたりへ来るまでクラブを後ろに振り上げた。アダムは感心したように口を丸くした。


「おお、初めてにしては上手い。やっぱりゴルフ向きの身体だよ」


「そうですか? 脚はまだ、何もしていませんけど」


「胸の大きな女性は、腕が身体につかず、脇が開いたままバックスイングしがちなんだ。そのせいで飛距離や正確さが落ちることがある。君なら、その心配はなさそうだからね」


メリーは、喉にありもしない痰を力いっぱい絞り出すように咳払いした。「やっぱり、そういうことですか」とつぶやき、クラブを持つ腕を下ろしかけたところで、アダムは自重し、また講師の顔に戻った。(会話の駆け引きが上手な人なんだな)メリーは、なるべく好意的に受け取ろうと自分に言い聞かせた。


「話を戻そう。今度は俺じゃなく、ボールに視線を集中して」


「わかりました。この姿勢を保つのはつらいので、早く進めてください」


高く掲げたクラブが、ぷるぷる震えていた。先にヘッドさえついていなければ、生まれたての子牛の脚だと言われても信じそうだ。


「そこから、遊園地のバイキングみたいに体重を移動させる感じで振ってみて。目はボールから離さず、ゆっくりだ。ゆっくり! ゆっくり! おい!」


慌てて止めようとするアダムをよそに、空き缶を小気味よく蹴ったような音がグリーンに響いた。メリーは、アダムにはまだ言われていないものの、教本で読んだとおりに右足のかかとを上げ、左足へ体重を移して、それらしいフィニッシュを決めた。


「ナイスショット。言われたとおりにしたら、本当に打てたじゃない」


ドラマで見た場面を真似し、左手をひさしにして顔に影を作る。飛んでいくボールを眺め、メリーは自画自賛した。やりたいことリストの一項目を消せたような気分だった。汗など一滴もかいていないのに、ふざけて額を拭う仕草までして、すっきりした顔を見せた。


「ずいぶん高く飛んだね。まずはボールに当てるところからと思ったけど、その必要はなさそうだ。それより、フルスイングするときは、周りに人がいないか必ずもう一度確かめるんだよ。ホールインワンより、マナーの方が大事なんだから」


「わかりました。それは、すみませんでした」


好色な男の口から道義を感じる言葉が出て、メリーは彼を見直した。思いがけない一面にばつが悪くなり、素直に謝る。アダムは肩をすくめ、感情が隠しようもなく顔に出る若い娘はやはり可愛いものだと、心の裏側でひそかに味わった。ますます教えたくなったのか、もう一度しゃがみ込み、メリーの前へ丁寧にボールを置く。スカートの中をのぞくつもりかと後ずさった彼女も、思いきり打った手応えを思い出し、もう一球打ちたくてうずうずしていた。


「もう一度やってみよう。構えて」


アダムが手本を見せようとした、そのときだった。


「きゃああっ! 誰よ! こっちにボールを打ったのは! 殺してやる!」


メリーの打球が落ちたあたりから、聞き覚えのある女性の声が響いた。その短い叫びから伝わる痛みだけで、冷や汗をかくには十分だった。

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