↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/26

サンライトリゾート編 第20話

「二度も怪しい人間扱いされて、実に不愉快です。無駄に言い合わず、専門家に任せましょう」


グレイソンは顔をしかめた。仕えた相手の子孫だから、いつも一歩引いていたが、気遣いの壁は薄くなるばかりだった。


「ドナルド君。君が賢いのは知っているが、独り者の私は、どうしろというんだ? 午前三時に一人で眠っていた人間に、どうやってアリバイを証明しろと?」


ヘンリーも同調した。派閥が生まれかける兆しだった。会長の実子が反発したことで、秘書は大軍を味方につけた気分になった。ヘンリーは、アリバイを示せる者たちへ、刺すような視線を送った。ドナルドは、その鋭い視線から目を逸らさなかった。ただ、彼らを追い詰めるつもりは、もともとなかった。


「情報は情報として受け取ってください。不在を証明できなかった。それだけです。犯人だとは、ひと言も言っていません。もちろん、遺産が絡む以上、家族が共犯である可能性も無視できませんから、アリバイのある人も、容疑者からは外しませんが」


ドナルドが思ったままを伝えると、ハロルドはテーブルを叩いて立ち上がった。激昂したと言っても、過言ではなかった。


「何です?」


ドナルドは、張り上げられる声にうんざりしているようだった。隠そうとしていた疲れが、口調に滲んだ。


ハロルドは、家族が共犯の可能性を口にしたドナルドを、放っておけなかった。防犯カメラが使えないと聞いてから、不安が雪だるまのように膨らんでいた彼は、災いの芽を摘みたかった。席を蹴るように立ったわりに、足音も立てず歩き、表情を整えた。


「ドナルド君。君の言うとおりなら、この話し合いに何の意味がある? アリバイのある者が疑いを免れないなら、私たちは一体、何をしているんだ。遺言状を見たのに、ここにいない君の母親も、殺人の容疑者だぞ。ああ、そうだ。ペリーさんは最初から遺言状の場所を知っていたんだから、いちばん怪しいんじゃないか? アリバイのある者は放っておいて、そちらを調べるべきだ」


ハロルドの主張にも筋が通っていないわけではなく、遮る者はいなかった。ヒルダは夫が言い終えると、「そうよ! 確かにそうだわ」と、今すぐ二人を捜すべきだと言った。


「いや……違うな……」


ヘンリーは首を振った。核心へ通じる導火線に、火をつける準備だったのだろうか。


「正直、私にはわからない。謎を解けなかった者が、ゴルフ講師を殺して、何を得るんだ? 本来、いちばんアダムを殺したかったのは、ハロルド兄さんだろう。会長になれなくて悔しがる人間は、事実上、ハロルド・サンライトしかいないんだから」


燃え上がるような殺人の動機が口にされると、ヒルダは「何を言ってるの!」と、礼儀も忘れて食ってかかった。思わず出た無遠慮な口調を取り繕うべきか、そのまま押し通すべきか、二つの道の間で迷った。


「冗談はやめろ、ヘンリー」


ハロルドが、妻の選択を先へ延ばした。うろたえるより、ひどく真剣だったのは、いずれ持ち出される話だと、わかっていたからだ。


「冗談じゃない。兄さんが犯人かどうかは別として、そう思わないか? 人が倒れているのに、遺言状を捜し回っていただろう。実の兄とはいえ、あれは見ていられなかったよ」


ヒルダの無礼で、さらにひねくれたヘンリーには、三きょうだいで最も反抗的だった頃の姿が、そのまま表れていた。


「皆様、神経が高ぶっておられるようです。少し休まれてから、改めてお話しされては……」


ルークは手のひらを前へ向け、肘を曲げた。だが、ボディーガードのその仕草は、かえってヘンリーの反発を煽った。


「お断りします。決着をつけてから、安心して眠りたいのでね。はっきり言っておきますが、私はマスターキーを盗んでいないし、防犯カメラにも触っていません。強風の中へ出てもいなければ、ゴルフクラブを人に向けて振ったこともない。ハニーピーナッツを、無理に食べさせたこともありません!」


ヘンリーは、見せつけるように服のあちこちのポケットを裏返し、必死に訴えた。その意味は、『遺言状を盗んでいない』と取るべきか。いや、『マスターキーを盗んでいない』ということにしておこう。そんな考えが、皆の頭をよぎった。


もちろん、ポケットにないからといって、盗んでいないとは限らない。それでも、苛立たしげに引っ張り出されたポケットの裏地は、迫力を与えるには十分だった。


「私も同じだ。義弟がピーナッツアレルギーだとは、初耳だった。お前が言ったことは、すべて私にも当てはまる。マスターキーなど、どこにあるのかも知らなかったし……」


ハロルドは、ヘンリーと同じことをすれば、説得力で負けずに済む気がした。会社で数え切れないほどプレゼンテーションを重ね、聴衆を引きつける方法を学んだからだろうか。本能に任せ、ポケットへ手を突っ込んだ、そのときだった。


(何だ……?)


何かが触れた。ポケットの底を引き出し、堂々と見せるはずのところで、もたついている。見る者の疑念は、みるみる膨らんだ。


「あなた?」


ヒルダが震える声で夫を呼んだが、返事はなかった。液体でも気体でもないという以外、何なのかを推測する手がかりが、あまりにも足りなかった。指を動かし、表面を探る。形がわかりかけた頃、待ち切れなくなったドナルドが、いきなり手を差し入れた。


「失礼します」


「あっ!」


歓声なのか悲鳴なのか、わからなかった。ただ、抜けていた魂が体へ戻る合図なのは確かだった。身体検査を拒めば、状況が取り返しのつかないほど悪くなる。そう直感し、甥を引き離せなかった。


「これは……」


ドナルドは、取り出した小道具を中指と親指でつまみ、皆に示した。古今東西、これは鍵と呼ばれる形だろう。二十一世紀に、こんなアナログな錠を使っていることなど、今はどうでもよかった。


「マスターキーです! 間違いありません!」


叫んだグレイソンの瞳が、光を受けた猫の瞳孔のように細くなった。


「違う! 私が盗んだんじゃない! 誰かが嵌めたんだ!」


ハロルドは、怒り狂って飛び上がるという言葉を、比喩ではなく、そのまま使うしかないほど取り乱した。ドナルドは、鍵を見てしまった以上、仕方がないと言い、服の中で物を入れられる場所を、くまなく探った。


「こちらのポケットから出たのは、ハニーピーナッツの屑ですね。市販品と違って、少し赤い。大広間にあったものと考えて、いいでしょうね」


「これは、どういう……違う。本当に違う。違うんだ!」


その『違う』には、さまざまな意味が含まれていた。盗んでいない。殺していない。何も知らない。殺すつもりもなかった。いくつもの文で説明できても、結論は一つに集まった。


信じてくれ。


ハロルドは、震える手でドナルドの肩を掴み、目を合わせた。(君なら、わかってくれるだろう?)。だが、青年は顔を背けた。考えを整理し、中立でいたかっただけの行動だったが、相手を犯人と決めつけるのと同じだった。


「夫は、ずっと私と一緒にいたのよ! 犯人なら、どうしてこんな物を持ち歩くの? 皆さんも、そう思わない?」


ヒルダは熱弁を振るった。陪審裁判でもしているように、メリーとフィリップにまで顔を寄せ、支持を求めた。メリーは、慌ただしい空気の中で、中年女性の眼差しにどう応えればいいか、見当もつかなかった。ヒルダは、黙っている相手に訴えるのをやめ、消極的ながらも肯定してくれるルークにすがり、喋り続けた。あるひと言が響くまで。


「白状してください」


グレイソンだった。恨みに満ちた声からは、この欲深い人間へ丁重に謝っていたことへの、込み上げる怒りが感じられた。胸に収めていた言葉を、ためらわず吐き出せたのは、十数分前、ハロルドに叱責されたことも、理由の一つだろう。


「こんな証拠が出ても、まだ言い逃れをするおつもりですか。いい加減にしてください」


「馬鹿なことを言わないでください。無実なのに、何が言い逃れです。私には証人がいる。とっくに容疑者から外されているべきなんです」


「社長の家族は、全員怪しい。アダムを殺す動機があるのは、あなただけですから、奥様も信用できません。夜中にここへ来たジェリリンも、おかしい。そもそも、アリバイのない人間に、社長の娘を入れるべきです。ボディーガードも手先で、一緒に殺したのかもしれません」


グレイソンは、もう敬称もつけなかった。島を出たら辞表を出す覚悟で、放った言葉だった。


「違います。お嬢様は、本当に……」


ルークは、その場にいないジェリリンをかばおうとした。自分も犯人として挙げられたのに、彼女を先に気遣う忠誠心に、グレイソンは無意識にルークを外して話した。


「何が違うんです! 一体、どんな理由で、午前三時に他人の事務室へ行くんですか? 遺体の第一発見者は、容疑者でもあるんですよ!」


「明け方に事務室へ向かわれた理由は、わかりません。ですが、お部屋の前には私がおりました。居眠りはしましたが、扉が開けば気づいたはず……」


グレイソンは最後まで聞かなかった。そこに、黎明の秘書はもういなかった。


「このリゾートは、高くても三階です。足場を使えば、窓から出入りできないこともないでしょう。しかも、あの子は体格だって、男に引けを取らない。百七十センチはあるはずです。それなら、人を殺すくらい十分できる! 人を傷つけたから、罪悪感なり何なりで、じっとしていられなかったんでしょう。だから飛び出していった。これで、何もかもすっきり説明がつく!」


「黙って聞いていれば、私の娘を人殺し呼ばわりするのか!」


ハロルドが怒鳴った。恐れていた二度目の殴り合いが、始まりかけていた。(ゴルフなんて、しに来るんじゃなかった)。メリーとの旅行を血に染められ、フィリップには苛立ちが湧いた。誰かを犯人役にして、終わらせてしまいたかった。


「ジェリリン様が犯人なら、被害者が襲われた時刻を、わざわざ知らせるはずがありません! アダムさんを放っておいたはずです!」


メリーだった。暴力ですべてを片づけようとする光景を、二度も見ていられなかった。今にも拳を上げそうな男たちと、彼女は近すぎた。フィリップはメリーを掴み、自分の後ろへ立たせた。


「坊ちゃま!」


「メリーが出る必要はない。喧嘩になれば、ボディーガードが止めてくれる」


「でも、私の説明も、間違ってはいないはずです……」


その瞬間、ヘンリーが遮った。グレイソンの唱えた、ハロルド一家が犯人だという説に、すっかり心を奪われていた。


「そう思わせて、疑いを避けるためかもしれないだろう」


「聞いてください。皆さん、興奮しているんです。いったん争うのをやめましょう!」


「ドナルドが言っただろう。君は引っ込んでいなさい!」


そのドナルドは、どうにも腑に落ちない目で、顎を撫でていた。(誰かが、社長のポケットに細工したように見えるが……)。手から払わずにいた菓子屑と、ハロルドを交互に見る。いくら愚かでも、こんなものさえ処分できなかったのだろうか。アダムに心肺蘇生をしていたときや、蕁麻疹へ関心が集まっていたとき、社長のポケットへ物を入れる機会は、ここにいる全員にあったと言っていい。これで、外部の人間による犯行の可能性は消えた。犯人は、この中にいる。


「本土へ戻ったら、ただで済むと思うなよ。世間の怖さも知らず、財閥の人間を軽々しく罵るものじゃない」


「辞めれば済む話でしょう。権力欲で殺人を命じる人間の下で、働けますか! いや、ポケットの証拠を見る限り、やはり、あなたが殺したんでしょうね!」


「皆さん、落ち着いてください!」


メリーの声は届かなかった。二人は互いの肩を押し、顔を突き合わせて睨み合った。ルークは、どちらかが拳を振るえば、すぐ取り押さえられるよう、気を引き締めた。


激しい言い争いを動かしていたのは、無知と侮蔑だった。(危ない。このままじゃ、何が何だかわからなくなる)。メリーが硬い顔で大人たちを見る中、フィリップだけは彼女の声に耳を傾けた。


「本当に、違うと思う?」


小さな決心をしたような声だった。メリーは顔を見て、短く返した。


「えっ?」


「ジェリリンが犯人だと言いたいわけじゃない。でも、おかしいとは思うんだ。タイミングがよすぎるというか」


(坊ちゃままで、何を言うんですか)。その言葉が舌先を巡ったが、もっともな疑問だと気づき、口を閉じた。確かに気になった。なぜ、アダムのところへ行けたのか。まるで、彼の死を予知したように。


ジェリリン・サンライト。あなたは、何を知っているの?

次回「サンライトリゾート編 第21話」は、2026年10月14日(水)21:00(日本時間)に公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。