サンライトリゾート編 第17話
(シャンデリアは、どうして音を立てたんだろう)
メリーは眠っては目を覚ますのを繰り返しながらも、その疑問を手放さなかった。
(あの音のあと、シャンデリアの蝋燭は消えていた。音で火を消せる? 不可能ではない。低周波で酸素と炎を引き離す消火器を見たことがある。でも、あのときの音は低周波とは程遠い、気味の悪い響きだった。ドナルドとの勝負に夢中で、あのときは余裕がなかったけど、今考えるとおかしい。気になるのは、四〇三号室のパイプが、大広間の装飾の真上にあること。あの筒に物を落として、音を立てたとしたら……。無理だ。ただ物が落ちた音ではなかった。大きな音ではなかったのに、あの異音でワイングラスを割ってしまったほどだ。私の神経が張り詰めていたせいかもしれない。でも、誰かの企みだという気は、確かにする。シャンデリアが落ちたとき、事故死だと思わせるため、先入観を植えつけたんだ。アーノルド会長は殺された。直感ではわかる。でも、説明できない。どうやって落としたの? どうやって?)
メリーは仰向けだった体をひねり、右肩をシーツにつけて横になった。そして記憶の流れが変わる頃、反対を向き、寝返りを打った。メイド服を着ていても、寝間着を着ていても、考え事が多いのは変わらなかった。
(天井とシャンデリアの接合部に、時限爆弾でも仕掛けてあった? それでは事故に見せかけられない。落ちる位置も読みにくいから、爆発物は使わなかったはず。真下へ落ちて、その下に標的がいるようにし、しかも落とし方をわからなくするには、どんな条件が必要なんだろう)
その瞬間、『これを誕生日パーティーと呼べるの?』と感じた違和感が、鮮明になった。あの不自然さこそ、宴会場を血に染めた手がかりなのだ。天井へ届きそうな巨大なケーキ、野暮ったいほど場所を取る横断幕、思わず顔をしかめる強い照明。通り過ぎたものを思い返すたび、パズルのピースが収まるべき場所へ収まり、ついに犯人の肖像が描き上がった。だが、メリーには恐れがあった。(こんなふうに結論づけてはいけない。都合よく当てはめているだけかもしれない。あの人が犯人だと決めているから、何もかも仕組まれたように見えるんじゃない?)。少女は心の額縁に掛かった似顔絵を消した。
(数時間前のハロルド社長とアダムさんの争いは、会長が死んでいなければ起きないものだ。犯人は、アーノルド・サンライトに近しい人。そうでなければ、あの謎を先に解けるはずがない。答えに辿り着いた犯人は、会長が死ぬことを前提に、遺言状をすり替えた。そのときから、殺意を抱いていたんだ)
思考に句点が打たれたとき、体が縮こまった。
(書かれたとおりになって、得をするのはアダムさん。でも、四〇三号室での行動は衝動的に見えた。仮に演技だとしても、あの殴り合いまで筋書きどおりだったとは思いたくない。あの人を容疑者から外したら、犯人の目的は何? 自分の父親を罵る子どもたちが見たかった? 経営権を巡って、黎明が分裂するところを見たかった? 何にしても、会長が亡くなったあと、遺族にあの遺言状を読ませる必要があった。待って。謎を解いた人に会長の座を譲るのかもしれないと、私が言わなかったら、犯人が自分で言い出したはずだ。私がその役を代わったせいで、悪辣な計画を手伝う形になってしまった)
拳でマットレスを叩いた。へこんだ部分が弾力を取り戻し、元どおりに膨らむまでに、軽率さを責める、後悔の息が何度も漏れた。窓を叩く風の音が一瞬途切れ、壁時計の秒針が聞こえたときだった。
「何を考えてるの?」
「坊ちゃま。私のせいで起こしてしまいましたね。すみません」
「眠ってなかったよ。眠れるはずがない。今日は、ずいぶん長い一日だね」
一日というには、日付が変わってから、もう長い時間が経っていた。フィリップは頭を空にしようとしたが、眠れなかった。後頭部を枕に埋めれば埋めるほど、体は天邪鬼になる。目が冴えるたび、外へ散歩に出たり、携帯電話を眺めたりしていた彼は、また電源ボタンを押し、午前三時十分だと確かめた。
「私も、寝たり起きたりの繰り返しです。売店でハニーピーナッツでも買ってきましょうか? ナッツを食べると、眠る助けになりますよ」
「いや、大広間で飽きるほど食べたから」
「散歩にでも行きませんか? 頭の中がごちゃごちゃしていて、冷たい空気に当たりたいんです」
「そうしよう。横になっているから、かえって眠れない気がする。いっそ動いて、体を疲れさせよう」
フィリップはコートを取った。メリーが浅く眠っている間にも外へ出ていたので、これが二度目だった。メリーは、裾の長いメイド服を着直した。
ドアノブを回した瞬間、女の叫び声が二人を迎えた。
「助けてください! お医者様はいませんか!」
ジェリリンのひび割れた声が、廊下を満たしていた。眠りを妨げられた客が一人、乱暴に扉を開け、「夜中に何の騒ぎだ」と、罵りの言葉を続けた。ちょうどそのとき、呼びかけに応えるように、メリーが顔を出した。悪態をついて廊下を見ている者など目もくれず、ツインテールの少女は、三一二号室へ駆けてきた。
「どうしたの? 誰か産気づいた?」
フィリップは、押し寄せる不安を振り払いたくて冗談を言った。だが、今にも泣き出しそうなジェリリンの顔を見て、そんなことを言うべきではなかったと、短い後悔がよぎった。
「助けて。どうしたらいいかわからないの。おじさんが……」
「アダムさんに、何かあったんですか?」
ジェリリンは頷いた。言葉が出なかったのは、涙をこらえる時間が必要だったからだ。
「おじさんが倒れたの。心臓が動いてないのよ。あんたなら、何とかできるでしょう! 助けて、おじさんを……」
メリーには、自分は医者ではないと返す気は起きなかった。ただ、ささやかな知識でも、命を救う手がかりになるかもしれないという、使命感が湧いた。ジェリリンを裏切りたくなかった。同時に、ぼやけていた動機が浮かび上がる。犯人は、誰かがアダムを傷つける理由を作るため、でたらめな遺言状で、一族を仲違いさせたのだ。
「君の叔父さんは製薬会社を経営しているから、医学の知識も豊富だろう。詳しい状況はわからないけど、医者が見つからないなら……」
「一階の事務室へ行って。お願い、メリー」
ジェリリンはフィリップを遮ったが、その助言どおり、ヘンリーが眠る三階へ向かった。メリーは階段を通り過ぎ、廊下を走り始めた。当然下りるものと思ったフィリップは、手すりに手をかけたまま、声をかけた。
「事務室なら、中央階段のほうが早いよ」
「行く必要はありません。今、大事なのは、除細動器を見つけることです」
「まず、様子を見ないと。心肺蘇生だけでも……」
「説明している時間はありません! 早く! これだけ大きな施設なら、除細動器が一台くらいあるはずです。それを探さなければ!」
メリーに怒鳴られたことなど、あっただろうか。フィリップは、その切迫した声に、大きな間違いをしたのだと悟った。(メリーには、何か考えがあるはずだ)。そう信じて廊下を走り回るうち、真意に気づいた。
(ジェリリンが一人で来たということは、倒れた人のそばには、あのボディーガードがいる。きっと、心肺蘇生もしているだろう。あの体なら、数分は体力にも問題ない。今、僕たちが事務室へ行っても、交代の順番を待つしかないんだ。今すぐできるのは、少しでも助かる可能性を上げるため、除細動器を探すことだけ。メリーは、そこまで読んでいたんだ)
長い廊下の壁を端まで確かめたが、二階に除細動器はなかった。無駄足だと嘆く暇はない。
「坊ちゃまは三階へ。私は下を探してみます」
返事も待たず、二段ずつ階段を下りて一階へ着いたメリーの目に、深夜なのに明かりのついた事務室が入った。今すぐ飛び込み、アダムの様子を確かめたいという、原始的な好奇心が湧き上がる。
「っ!」
メリーは舌を噛んだ。時間を無駄にしてはいけない。心臓に強い電流を送るのが一分遅れるごとに、蘇生率は八パーセントほど下がる。寝間着のまま出るべきだったと後悔し、長いスカートをたくし上げて走った。
廊下には、角の丸い赤いAEDバッグに似た物さえなかった。石板の集まる謎の殿堂、娯楽施設、ゴルフショップ、名前の変わったトイレまで、息つく間もなく捜したが、除細動器どころか救急箱一つ見つからなかった。
時間は流れ続ける。悲観的な考えが頭をもたげ始めた頃、大広間のほうから男が歩いてきた。
グレイソンだった。メリーは、なぜ彼が明け方に廊下を歩いているのかなど、気にも留めなかった。ただ、リゾートの中をよく知る人に会えたのが、ありがたかった。
「あの、あれはどこですか? はあっ……」
頭は、酸素不足をはっきりと示していた。グレイソンは、ずっと年下に見える少女に、丁寧語で話すか、普通に話すか迷い、体裁のよいほうを選んだ。
「何をお探しですか?」
「ゴルフ講師の事務室に、心停止した人がいます。除細動器は、どこにありますか?」
「AEDは、設置されておりません」
メリーは脚の力が抜け、へたり込んだ。私用のリゾート同然だから、設置する義務はないのだろうか。それにしても、八十歳の会長が暮らす場所に、救急箱一つないとは、あまりにも手薄だった。虚しさと疑問の入り混じった目でグレイソンを見ていると、瞳に映った男が言葉を続けた。
「ところで、今、何とおっしゃいました? 心停止した人?」
「アダムさんが倒れているんです」
メリーは、まるで自分で見たかのように言った。グレイソンの顔が強張った。脚を折り、床に座り込んでいた彼女へ、手を差し出した。
「ありがとうございます」
「こんなことになるなら、法律どおりにしておくべきだった……」
グレイソンは、眩暈を起こしたようにふらついて歩き始め、早足になり、やがて走り出した。メリーも追いかけ、中央階段から下りてきた一行と合流した。ジェリリンとフィリップ。スーツを脱ぎ、楽な格好をしたヘンリー。娘の声で目を覚ましたらしい、ハロルドとヒルダ。面白がってついてきたように見える、ドナルドとカレンもいた。
挨拶は省き、一行は、夜中に明かりのついた部屋へ向かった。
次回「サンライトリゾート編 第18話」は、2026年10月11日(日)21:00(日本時間)に公開予定です。




