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サンライトリゾート編 第15話

(羨ましかった。結婚がうまくいっただけで、贅沢三昧のヒルダ姉さんの人生が。俺は、あの年寄りの相手をするのに、どれほど飽き飽きしていたか。毎日、同じ話に作り笑いをしなければならなかった。大人のふりをするのも限界だったところに、こんな幸運が転がり込むとは。会長の機嫌を損ねるようなことは、一度もしていない。俺がアーノルドだったとしても、アダムという男を心から好きになっただろう。同じ話を十回、十五回とされても、初めて聞くように反応してやった。何百回も説明したスイングを、また説明しなければならないときも、少しも苛立ちを見せなかった。苦労が種になって、人生を変えようとしている。ここで断れば、すべて水の泡だ。それが、俺の望みなのか?)


死者の碑文を解いた者たちは、黙り込んだアダムを見つめていた。ペリーの言葉を聞いてから、もう否定しなくなった姿に、ハロルドは黙っていられなかった。


「何を考え込んでいるんです? ペリーさんは忠誠心が過ぎて、馬鹿げたことを言っているだけです。今日は、もう休みましょう。皆、頭を冷やす必要がありそうだ」


「そうよ、アダム。あなたもわかっているでしょう。私をひやひやさせないで、解散しましょうよ。会長の冗談だって、誰にでもわかるじゃない。そうでなければ、偽物よ。先に謎を解いた人が、細工しておいたに決まってるわ」


ヒルダも加わったが、返事はなかった。夫婦は、取り残されたような静けさに包まれた。(お願いだから、何か言って)。心の内が透けて見える催促が続いたが、アダムは石ころにでも話しかけられたように、目も向けなかった。


(どうする? 逃げるか? いや、いちばん大事なのは……)


メリーが読んだあと、テーブルに置いた会長の遺産。印まで押されたあの紙は、仮に偽物でも、証明できない限り法的な効力を持つ。アダムは、強盗と向かい合う中で、床に落ちた拳銃を素早く拾うように、遺言状を確保した。一瞬の動きだったが、意図は明白だった。それが、ハロルドにとって、彼を義弟ではなく敵と見る合図になった。


「どうやら、私には容認できない展開を望んでいるようですね。穏やかに言っているうちに、渡してください。謎を解いたのは、私です」


狂いそうになる理性をつなぎ留めたが、言葉の隙間から、恐怖と敵意が漏れた。ハロルドは、立っているだけでも苦しかった。脚を震わせ、ひと言でも援護してほしいと実のきょうだいを見たが、ヘンリーとサニーにとっては、もう他人事だった。冗談ではない。会長の暇つぶしだと訴えて済む段階ではなかった。誰もがわかっている事実を前に、説得の理屈を用意しながら、最悪の場合は力ずくでも遺言状を消さねばならないという、強硬手段さえ脳裏に浮かんだ。


何としても守らなければ。社長の言葉を無視し続けることもできるが、ハロルドの目は、すでに舌戦――いや、死闘の覚悟を示していた。社長はまだ丁寧語を使っていたが、敬意とは不気味なほどかけ離れた瞳の殺意を、直感で感じ取らずにはいられなかった。


「そもそも、俺がメリーに会長の情報を教えたから、ここまで来られたんでしょう? そうだろう、メイド!」


「そ、それは……」


同意しなければ、今にも乱暴を働きそうな鋭い声。メリーを睨み、返事を迫る険しい顔の裏には、追い詰められて助けを求める、哀れさも滲んでいた。自分のひと言が、皆の意見の向きを決めてしまいそうな重圧に、少女は続きをためらった。それでも、沈黙に肯定が含まれていることは、言うまでもなかった。


「だから、これは冗談にすぎないと言っているんです! ペリーさんが、余計な話を持ち出すものだから……」


ハロルドは、もう通じるはずもない主張を繰り返した。血圧が四桁に達したかのような頭痛に、右手で前髪を掴む。もっともらしい詭弁を組み立てるのも難しかった。逆流する血を押し留めようとする重病人のように、正気をつなぎ留める手が、ぶるぶる震えていた。


「遺言状は遺言状でしょう。冗談も何もありますか。法律どおりにしましょう。法律どおりに!」


アダムは胸に未来を抱き締め、戸口へ後ずさりし始めた。逃げ出すつもりはなかったが、この場所は危険だという、本能的な反応なのだろう。ゴルフ講師としての役目を終えた彼は、歯を食いしばった。


(椅子に座りさえすれば、何もかも変わる。心配なく賭け事をして、女を好きに従え、快楽の湖に身を浸せる暮らしを、諦めてたまるか。あとであの弁護士が内容を話しても、現物がなければ、誰だってペリーがぼけたと片づける。だから、物証だ。これがなければ、全部消えてしまう)


「アダム、どうしたの。早く、私に渡しなさい」


ヒルダは、笑って収めようとするように、ひきつった笑みを浮かべ、弟へゆっくり近づいた。ナイフを持たせれば、殺人鬼と呼んでもおかしくない母の異様な顔に、娘の脚が震えた。一歩、一歩、安全な距離を保つように、前進と後退が五、六回繰り返された。アダムは実の姉を突き飛ばし、宣戦布告した。


「近づくな! 今から全部、録音する。俺に対する脅迫も暴力も、何もかも、この端末に残してやる!」


指紋認証で携帯電話のロックを解除し、見せつけるように録音機能を作動させた。倒れたヒルダを見ても、申し訳なさより先に、損得の計算が働いた。アダムは、自然に変わってしまった自分の思考を、奇妙だとは思わなかった。


(これが、たった一つの物的証拠だ。命と引き換えにだって、渡すものか)


愛想の尽きたヒルダは、夫の差し出した手を取って立ち上がった。アダムが手を出したことで、ハロルドの煮え立っていた額が、冷たくなった。突然、冷静という感情さえ感じられない無表情になり、弁護士へ淡々と尋ねた。


「もし、あの遺言状が何らかの理由で燃えてしまい、裁判官の手に渡らなかったら、どうなるんです?」


「……それは、どういう意味でしょうか?」


「別に、他意はありません。答えてください」


ペリーは真意を察しながらも、サンライトの姓を持つ者に、事実を告げずにはいられなかった。何だかんだといっても、血は水より濃いのか。他人事として見ていたヘンリーとサニーにも、ハロルドの質問に冷や汗が滲んだ。


「ご本人が直接書かれた文書、あるいは、ご本人が録音した遺言以外には、効力がありません。写真を撮っても、一字一句違えずに書き写しても、無効です」


ハロルドは襟を立て、窓の外を見た。アダムとの距離を目測しながら、評判を少し損なうくらい、何でもないと思った。胸に抱え込まれ、図々しく見えているあの紙を、この世から消し去りたい。その思いだけが、中枢神経を支配した。


(遺言状を見たのは、ここにいる十一人だけ。警察が来られない今、天はまだ私に味方しているのか。証拠さえ消せば、あとは私の富と権力で、どうとでもなる)


「アダムさん、落ち着いて話しませんか。お互い、少し興奮しているようです」


ハロルドは唇を閉じたまま、口角を耳まで吊り上げた。ゾンビのようにゆらゆら近づいてくる不気味さに、アダムの脚には、後ろへ進む機能しか残らなかった。


アダムは後ずさりして、四〇三号室を出た。一歩ずつ後ろへ踏み出す、その最後。廊下の壁に背中がぶつかり、痺れるような感触に顔を向けた。その瞬間を、社長が見逃すはずもなかった。ハロルドは右手を素早く伸ばし、胸に固く抱えられた未来を狙った。破るだけでは足りない。丸ごと奪い取らなければ。相手が気を散らし、紙を押さえる力が緩んだ今、この一秒に、残りの人生がかかっている。


「うわっ!」


ハロルドは相手の驚いた呻きも構わず、紙を的確に掴んだ。うろたえる時間さえ惜しいアダムは、一瞬のためらいもなく拳を握り、社長の顔を狙った。痛がらせるだけでは足りない。気絶させるほど叩きのめさなければ。ゴルフクラブを振ってきた腕力、その競技経験のすべてを、一撃に凝縮するのだ。止めに入る連中のせいで紙から引き離されたら、終わりだ。殺すことになっても、遺言状だけは手放してはならない。


鈍い打撃音とともに、指の力が抜けたハロルドが、靴箱へ倒れ込んだ。左頬を押さえ、虫歯の患者のように苦痛を訴える。それでも妻に向かって遺言状を叫び、再び廊下へ注意を向けさせた。夫が殴られる光景を呆然と見ていた夫人は、社長の大声に、野生動物のように飛び出し、持ち主を失った紙へ手を伸ばした。だが――


「ぐっ!」


喉を擦る女の声が、鈍く響いた。一線を越えたアダムに、ためらうものはなかった。ヒルダを蹴り飛ばした足は、気さくなゴルファーのものではなく、欲に染まった一人の男のものだった。ハロルドは、痺れる頬に当てていた手を床につき、立ち上がると、金属音の混じるような声で怒鳴った。


「何をするんだ! 気でも違ったのか!」


遺言状を畳んでポケットへ入れた男は、直接答えず、ペリーへ返答の機会を渡した。


「ペリーさん。こういう場合は、正当防衛ですよね? この人たち、俺の物を盗もうとしたんですから」


「あの、会長は、こんなことを望んではいらっしゃらないはずです……」


老弁護士は石のように固まり、口髭だけを震わせた。アダムとハロルドにとって、遺言状は二の次になり、ただ相手を傷つけるためだけの掴み合いが始まった。見ていられなくなったサニーとヘンリーが、二人を引き離そうとした。ドナルドは窓の外を見て、深くため息をついた。メリーは靴も履かず外へ出て、仲裁を手伝おうとした。


だが、腕を引かれる感触に、振り向かずにはいられなかった。そこには、フィリップの曇った眼差しがあった。


「今度こそ、関わらないほうがいいと思う。メリーが困ったことになる。あの人たちだけで争わせておこう。ごめん。こんなことしか言えない男で……。僕は、メリーが傷ついたり、誰かに恨まれたりするのは嫌なんだ。ここから先は、あの人たちの問題だよ」


メリーが反論しようと唇を開くと、フィリップはもう一度、黙って懇願するように見つめた。戸口から見える廊下では、止めに入った側が、勢いよく弾き飛ばされていた。アダムとハロルドは、止められれば止められるほど、箍が外れたように目を血走らせた。爆竹のような怒声に混じって、皮肉にも拍手が聞こえた。


「面白い。面白いよお。メリー、見て。異種格闘技の生中継だよ。もっとすごい技も見たいなあ。近くに椅子でも置いてあげようか?」


「カレン……」


「異種格闘技で、椅子攻撃はしないよ」


メリーは彼女の名を呼び、眉をひそめた。フィリップも不快そうな顔で、口を挟んだ。


争いは長引いた。フィリップはそっと扉を開け、メリーを連れて部屋へ戻ろうとした。廊下へ出ると、アダムがハロルドに馬乗りになり、一方的に顔を殴っていた。止めようと飛びかかったきょうだいや夫人を殴り倒し、衝動に身を任せ、左右の拳で交互にハロルドの頬を打つ。引退したとはいえ、さすがは元プロスポーツ選手だった。いちばん若いアダムの一撃一撃は重く、ハロルドの顔は、見る見る腫れ上がっていった。殴るのも疲れるのか、殴られる者の呻きに合わせ、アダムも息を切らしていた。なぜ争っているのかも忘れ、何かに取りつかれたように拳を振るっていた彼は、腕から力が抜け、意識が飛びそうになったとき、ジェリリンが自分を掴んで泣いていたことに気づいた。


「おじさん……お願いだから、やめて。お願い……」


憑きものが落ちたように、両手を表裏に返し、血まみれの指を確かめた。ひどく気分が悪かった。身じろぎし、遺言状をなくしていないか、ポケットに手を入れて中身を確かめた。


ジェリリンは、アダムの口から謝罪の言葉が出るのを、切に願った。そのひと言があれば、信頼する人が欲に負けて、間違いを犯しただけだと思える。心の中では、彼を抱き締め、慰める用意さえしていた。


アダムは肩にしがみついてすすり泣くジェリリンを、乱暴に引き剥がした。そして、ただ勝利を確信した。


(よし。あとは誰にも会わず、持ちこたえればいい)


アダムが立ち上がると、ジェリリンは乱暴に外された両腕を、彼へ伸ばした。体に触れるのを恐れながら、下へ垂らすこともできない、行き場のない腕。親を失った戦災孤児のようだった。アダムに虚ろな目で見下ろされ、ジェリリンは腕も顔も、床へ落とした。


「何があったんです? 下の階まで、どたばたする音が聞こえましたが……」


会長の秘書、グレイソンが、下へ続く階段から顔を出した。集団乱闘の現場のような、信じ難い光景に、数秒、口を閉じられなかった。


「社長、どうしてアダムと喧嘩など。立場をわきまえるべきではありませんか。アダム、君も、社長に何ということを……」


答えが返るはずのない事情を問いながら、人々を立たせた。メリーとフィリップは、やはり気になったのか、廊下の端から様子を窺っていた。


「あの秘書だ。よかった。これで収まりそうだね」


「坊ちゃま、少しだけ。最後まで見ていたいんです」


グレイソンは服を探り、ジェリリンの涙を拭ける物を探した。だが、大広間で取っておいたナプキンは、アーノルドの血を拭うのに使い、もうポケットにはなかった。廊下へ出てきたペリーが、箱入りのティッシュを持ってきて渡した。老いた体で争いを止めるのが、恐ろしくてたまらなかった彼にできるのは、それだけだった。弁護士は、自分が筋道立てて説明できなかったせいで争いになったと、自分を責めた。慰めにでも、それを否定する者は現れなかった。


「だからといって、殴り合いとは……」


グレイソンが呟いた。この騒ぎを、子どもの幼稚な喧嘩程度にしか思っていない口調は、気をつけても隠せなかった。白髪が増えるような年の中年たちが、取っ組み合いとは呆れる。情けない大人たちをよそに、窓の外の雨音へ耳を傾けていたドナルドも、同じ思いだった。カレンに「こういう大人になってはいけませんよ」と、子ども向け番組の司会者のように言い聞かせた彼は、騒ぎが静まると廊下へ出た。


ドナルドの靴底が廊下に触れたときだった。


「自分の物を持とうとしているだけなのに、あの人たちがおかしいんだ。俺は、何も悪くない!」


アダムは紫色の血管が浮く両腕を左右に広げ、理解を求める演説をした。返ってきたのが無言の冷たい反応だけだとわかると、振り返りもせず、大股で階段へ向かった。


不良少年たちがひと暴れして去ったあとのような光景だった。床に投げ出され、乱れた髪を直す人々が、遠ざかるアダムを見送っていた。サニーは田舎の老婆のように、歯に衣着せぬ罵詈雑言を爆発させた。ヘンリーは、せっかく買った白いスーツが台無しになり、苛立っているようだった。ヒルダは戸口を何度も殴りつけ、悔しさを露わにした。だが、ハロルドは違った。廊下を地中へ沈ませそうな、重い屈辱を飲み込む舌が動いた。ジェリリンは、ぞっとするほど本気の滲む、陰気な警告を聞いた。


「殺してやる」

次回「サンライトリゾート編 第16話」は、2026年10月9日(金)21:00(日本時間)に公開予定です。

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