008
出発当日ー
特に何もなかった。
粛々と準備を整え
淡々と朝食を食べ
誰からも見送りもなく別れの挨拶もなく
ようやく日が昇ろうとしている朝焼けの中を俺とヴェルはトナリナに向かって出発した。
ちょっと寂しかった
いや、確かに行き倒れていただけだし、ただの客だし、そもそも夜明け前だったからマーサもマリーナも姿が見えなかったし
分かってるのよ。
でもさ、お弁当を作ってくれるとか、別れを惜しむ言葉をかけられるとか、せめて気を付けてのひと言くらいあってもよくない?
まあ隣町だし、徒歩半日くらいの距離だし、旅とも言えない距離だけれども。
そんなモヤっとした気持ちを抱えながら足取り重く進んでいた俺を見て、ヴェルは記憶を失った後遺症かなにかで元気がないと思ったのかいろいろと教えてくれた。
今歩いている道はヨカナ街道。この国で最も整備された道路でどこまでも進むと王都に着く。日の出が見える東の山はオウカ山脈でかなり険しいが、ダンジョンも点在しているので多種族が各々の都合の良い場所に村や街などの拠点を作って探索に勤しんでいる。
西は広大なトットカチー平野で、この辺だと小麦畑が一面に広がっている。その平野を分断するように澄んだオモーナ川が流れている。この川のおかげもあって実り豊かであるらしい。
ヴェルの一族はオウカ山脈の奥にある森林のどこかに集落を構えて住んでいるらしく、エルフ族にしては他種族との交流もするめずらしい一族だと笑っていた。それほどに、エルフ族は排他的だ。
ブレストピアーライジングの世界の時代設定がそのままだとするとー
かつて能力的に最弱だった人族が多種族から虐げられていた時代があった。そして人族の国はすべての種族の中で身体能力が最強だった竜人族を筆頭として、長命で深い知識を持ち精霊と交信ができるエルフ族、すべての種族の中で唯一魔法が生まれながらに誰でも使える魔人族の3種族からの支配を受けていた。
また獣人族からは、支配などはされなかったが奴隷のように扱われ多くの人族が命を落としていた。
大陸で技術の指導や伝達を司る種族としてドワーフ族がいる。彼らは人族に対し支配も干渉もしなかったが相手にもせず、彼らの建築技術や鍛冶等の技術は人族にほとんど伝わらなかった。そのため人族は住居も道具も日常生活に必要なすべての技術が得られず、他種族に比べて標準以下の生活を強いられた。
そうした時代が長く続いた後
身体能力は低かったが人口は多種族に比べて圧倒的に多かった人族がついに一斉蜂起した。訓練することで身体能力が上昇する利点を生かし、他種族に見つからないように老若男女問わず訓練を続けて身体能力を上げていった。
鋤や鍬などの農具や竹やりを武器とし、釜を被り蓆を巻いて武装とも言えない武装をした血走った眼をした人族の軍勢が大挙して3つあった獣人族の国に同時進行しこれを占領、その後獣人族を蹂躙し数多くの獣人を処刑して支配下に置いた。
服従した獣人族を前面に押し出し、竜人族・エルフ族・魔人族の3族との戦いが始まった。能力に優れた3族は協力して迎え撃ち局地的な勝利を収めていたものの、数に勝る獣人族と人族によって徐々に劣勢になっていく。
獣人族は人族に協力し勝利すれば解放して自治を認めると契約を交わしていた。この戦いで3分の2まで戦死したとされ多くの犠牲を出したものの、竜人・エルフ・魔人3族からも蔑まれ人族に近いような扱いをうけていたこともあって奮闘し、3族を人族の国から追い出すことに成功した。
魔人族はその後領地を捨て行方をくらました。
エルフ族ははじめ抵抗したが徐々に数を減らし、彼らの持つ自然豊かな領土を割譲して人族と和睦したが、ほとんどのエルフ族は人族との交わりを拒み森や山の最深部に散っていった。
竜人族は最後まで抵抗し、人族にも多くの犠牲が出たが竜人族の族長2名が戦死したことにより戦線が保てなくなり降伏。領土をすべて奪われ西の果てにある小さな島に追いやられた。
ドワーフ族はこの戦いにあっても我関せずの中立を貫き、人族が領地に来た時もこれまで行っていなかったあらゆるドワーフ族の技術を提供することを条件に領地は安堵された。
獣人族は約束通り人族から自治を認められたが、大陸南部の瘦せた土地を領土として与えられ、そこで生活出来ない獣人たちの多くは人族の国に流出し、良くて日雇いや冒険者になるか、貧民街などのスラムに巣食うようになっていった。
そして今、このとき。人族がブレストピア大陸のほとんどを支配する時代となっている。
「見えてきたぞ。」
少し先を歩いていたヴェルの声が聞こえる。
朝焼けと共に出発したが、もう日はかなり高くなっていた。




