002
とりあえず下に降りてみることにした。
ドアを開けると吹き抜けになっていて下の様子が2階の廊下からでもよく見えた。1階は酒場兼食堂になっているようでまあまあ混み合っていた。やはり昼時なのだろう。
「あの」
声をかけられた。おそらくさっきの金髪の少女だろう。自分の名前が知りたかったせいもあり、聞こえないふりをした。
「ねえ」
キョロキョロと周りを見ているふりをしながら名前を呼ばれるのを待つ。
「ちょっと、リヒトさん!聞こえてる?」
「え?あ、ごめんなさい。気づかなかったよ。」
「部屋から出るなら声かけてって言ったわよね?あなたこの町初めてなんでしょ?」
「あ、ああ。ちょっといろいろ見て回ろうかと思って・・・」
「その様子じゃ、もう大丈夫みたいね。いきなり店の前に倒れていたから。」
「ありがとうございます。体のほうはなんとか・・ちょっと記憶とかあいまいで。なんで自分がここにいるのかもさっぱりでして・・」
「おいおい、この兄ちゃん、記憶がねえってよ!」
なんとなく話が聞こえていたのだろう。誰かの声に反応し、周りの客たちの何人かが笑っているのが聞こえた。
「へえ・・じゃあ俺がお前に1000ギルを貸してるのも忘れたってわけか!」
坊主頭の目つきの悪い男が近寄ってきて叫んだ。周りの客たちは止めるでもなく面白そうに見ている。金髪の少女はそうしたことは慣れているようで、ため息をついて離れていった。
「おら、とっとと返しな!でないともう一度店の前で倒れることになるぜ。」
やばい。これは本当にやばいやつだ。異世界転移していきなり詰んだか・・
「にらみ返してくるたぁいい度胸じゃねえか・・」
あれこれどうしようか考えていただけなのだが、睨み返してきたととらえられたようだ。
「ジェイス、そのへんにしときな!」
奥のほうから女性の鋭い声が聞こえた。
「そんな坊やに金たかってないで、ダンジョンにでも潜ってきたらどうだい?うちの店でもめ事起こすんなら二度と入れてやらないよ!」
「へっ!冗談だよ、マーサ。ちょっとからかっただけさ」
ジェイスと呼ばれた坊主頭の目つきの悪い男が奥の女性、マーサに愛想笑いを浮かべて話しかけた。マーサの隣には金髪の少女がいてこっちを見ている。どうやら彼女がマーサを呼んでくれたようだ。
ジェイスはこちらを一瞥して店から出て行った。周りの客たちも何もなかったかのように元の状態に戻っている。
「リヒト、あんたも災難だったね。まあ、行き倒れたのがうちの店の前で運がよかったってもんだよ。他だったら身ぐるみはがされてポイっさ。」
物騒なことを言うマーサに助けてもらった礼を言うと、彼女は隣に立っている少女を見た。
「礼はあたしじゃなくこの子に言いな」
「あ、ありがとうございます。えぇと・・」
「マリーナ」
「そうか、ありがとうございます。マリーナ。」
少女は私の目をちょっと見て、すぐにその場を離れ自分の仕事に戻っていった。マーサも「まあゆっくりしていきなよ」と言い残して店の奥に去っていった。
空いている席に座り、注文を取りに再びやってきた来たマリーナに飲み物を頼む。
いくつか情報を整理しよう。
俺の名はリヒトのようだ。よくゲームで使っていたユーザーネームだ。「晃」は日の光と書くことからそれっぽいネーミングをさがしていたらどこかの言語でリヒトというのを見つけ、好んで使っていた。
ここはどこかの町で、宿屋の店主がマーサ。見た目は30代くらい。金髪の長髪を無造作に紐で束ねていて、鍛えている女戦士、といった雰囲気の女性だ。
そしてその従業員がマリーナ。マーサと同じ金髪で顔立ちも似ていたからおそらく娘なのだろう。当たりはキツいがこちらを心配して声をかけてくれている感じがして好感が持てる。
俺はこの町のマーサの宿屋の前で行き倒れていたところを助けられてここにいる、ということだろう。
ん?
まてよ。
女店主のマーサとその娘、マリーナ。
もしかして、この店の名は・・・
「マリーナ、この店の名前を教えてくれるかい?」
レモン水のような飲み物を持ってきてくれたマリーナに、出来るだけ冷静に声をかけた。
「店の名前は『口笛吹くシルフィ亭』よ。それも忘れたの?」
そう言って彼女は忙しそうに席を離れた。
知ってる。
俺、その店の名前、知ってる。
かつて99回バッドエンドを迎えたあのゲームのスタート地点。
ブラムスの町の宿屋「口笛吹くシルフィ亭」。
その女主人がマーサ。そしてその娘がマリーナ。
俺はどうやらあのクソゲーの世界に転移したようだ。




