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第三十四話

光の雨が途切れた瞬間――

俺とラトは血の繭から同時に飛び出した。

しかし――真っ直ぐではない。

あらかじめ打ち合わせた通り、俺は右へ、ラトは左へと弧を描くように。

上から見れば二人の軌道は円を描くように広がり、ベールに繋がる。

まるで見えない糸で結ばれた二つの振り子が、同じリズムで反対方向に揺れるかのように。


紅白の縞模様の靴下が床を蹴り、ラトの小さな身体が兎人族特有の爆発的な脚力で空間を駆け抜ける。

同時に俺もまた、体内の血液を筋肉に流し込み、人間の限界を超えた速度で薄紫色の大理石を踏み締めていく。


「めぇ〜」「めぇ〜」「めぇ〜」


その動きを見て無数の愛らしい鳴き声が大広間に響き、青白い魔法陣が一斉に展開された。

複雑な幾何学模様が空中に浮かび上がり、激しい魔力の収束音が重なり合って耳を劈く。


――!――!――!――!


そして青白い光の奔流が、四方八方から一斉に発射された。

しかし全ての羊が、同じ標的を狙うのではない。

半数が俺を、残り半数がラトを……

狙い澄ましているのが、魔力の流れから読み取れた。


まさに――読み通りの行動。

さきほど二匹のめぇ太郎から攻撃されたとき、彼らは二匹で一人を狙うのではなく、互いに一人ずつ狙っていた。つまりめぇ太郎は何らかの法則に則り、効率良く攻撃するように出来ている。

ならば――このレーザーの雨には、確かに隙間がある。


光線が俺のいた場所を貫く――

しかし当たらない。

斜めに、曲線を描いて、羊たちの照準線を外し続ける。

単純な直線移動より、弧状の軌道が攻撃を当て辛いのは自然の摂理。


まして俺とラトが同時に逆方向へ動けば、羊たちの注意は分散される。全てのめぇ太郎が一人を狙えば多角的な行動が可能でも、半分ずつになれば……その光線の射線も限定的なものになる。その行動パターンを利用し、隙間を縫うように移動すれば回避は可能なはずだ。


薄紫色の大理石の床に、無数の焦げ跡が刻まれていく。

俺の足音が床を蹴る度に、直前まで俺がいた場所を光線が貫いていた。

髪を掠める熱風、頬を撫でる光の残滓、肌に突き刺さる魔力の棘――

それでも俺は走り続ける。


「完全に読み通りだよ、リオちゃん!このままぶっ飛ばすよ~」


変わらず陽気なラト。

しかし今行っているのは、もちろん常人には到底不可能な芸当。

照準より速く動くのも、迫ってくるレーザーを避けるのも、正確に弧を描いて走るのも……朱脈操術による身体強化、兎人族の天賦の身体能力――

その全てがあるおかげで可能となっている。


「なるほど~中々賭けに出ますね~。けどそんなことして、大丈夫ですか~?ここで死にますよ~あなたたち」


ベールとの距離が縮まっていく。

十メートル、八メートル、五メートル――

その時、ベールの薄紫色の瞳が、刹那に鋭く細められた。

彼女の視線が俺とラトを交互に捉え、戦術的な分析が脳裏を駆け巡っていく。

その刹那――ベールの脳裏に、百年前の記憶が蘇った。


血と硝煙の匂い、崩れ落ちる石壁の轟音、そして

――あの兎人族の少女が見せた、防御能力。

どれほど強力な攻撃も、まるで存在しない壁に阻まれるかのように無効化されてしまう、理解を超えた現象。当時のベールは、その不可解な能力にかなり困らされた過去がある。

だからこそ――

彼らの作戦には、ベールは目星がついていた。


あの無敵能力を武器に、強引に迫り攻撃する。

だから頑なに、これまで無敵能力を見せていなかった。

私にその無敵能力と言う切り札を悟られないため。

しかし私は既に知っている。

その決死に見える行動も全て、読み切っている。

その賭けに出た行動はすでに、失敗している。


けれど……あのリオとか言う青年はなんでしょうか?


明らかに魔力の気配は皆無。

身体能力も人間の範疇。

それなのに、あの血を操る不可解な術を使い、そして今――

命を賭してレーザーの雨を縫って迫ってくる。

普通なら自殺行為に等しい綱渡り状態。

彼の存在は、まるで能力が分からず未知数だ。

魔力もないのに、なぜあんなことが出来るのだろうか……?

彼の存在は、この状況のノイズである。


となるとリオとラト……どっちを狙うべきか。

ベールはその刹那で、思考を深める。

薄桃色の髪が額に貼り付き、心臓の鼓動が耳朶を打つ。

選択の時間は、ほんの一瞬しかない。


ラトか、リオか――

だが、考えてみれば答えは明白だった。


ラトの防御能力は未だ健在である可能性が高い。

あの不可解な能力に阻まれれば、どれほど強力な攻撃も無意味に終わる。

しかしリオは違う。

あの綱渡りのような回避行動は、既に限界に近い状態のはず。

血の魔術がどれほど強力か未知数だが、あの緊迫した状況では十分な力は発揮できないはず。

疲労が蓄積し、反応速度が鈍り、そして――隙が生まれる。

その隙を突けば、確実に仕留められる。


リオを排除すれば、残るはラト一人。

百年前とは違い、今度は準備万端だ。

冷静に対処すればラトなど、相手にはならない。


「やっぱり狙うべきは、弱き獣からですよね~。羊は臆病ですか、刈るべき敵を見つけたら猪突猛進。したたかに血を滾らせるものなんですよ~」


ベールの唇が、微かに歪んだ笑みを浮かべた。

そして――彼女の手に、これまでで最大級の魔法陣が展開される。

薄紫色の光の線が複雑に絡み合い、激しい魔力の渦が空間を歪ませていく。

大理石の床が振動し、天井から細かな石屑がぱらぱらと舞い落ちる。

魔力の収束音が耳を劈き、空気そのものが沸騰するような熱気が立ち上った。


照準は――弧を描いて迫ってくるリオに合わせられた。

彼の軌道を予測し、回避の余地を封じ、確実に命中させるための計算が、一瞬のうちに完了する。


「さようならです〜リオさん〜。夢を抱いたまま、息絶えてください。羊の福音!」


――!


眩い光の奔流が、弧を描いて迫るリオの身体を完璧に貫いた。

薄紫色の魔力が胴体を通り抜け、背後の大理石に激しい焦げ跡を残していく。

しかしベールの薄紫色の瞳に宿った勝利への確信は――

次の瞬間に困惑へと変わった。


貫かれたはずの身体が――

ぐちゃりと形を失い、原型を留めることなく床へと崩れ落ちたのだ。

肉体が液状化し、深紅の血液となって薄紫色の大理石に飛び散っていく。

それは……人間の肉体ではありえない変形。

血で作られたスライムが溶け崩れるかのような、異様な光景。

そして床に広がったのは、深紅の液体だけ。

血液だけが、そこに残されていた。


「……?」


ベールの口から、困惑の息が漏れる。

思考が追いつかない。理解が及ばない。

あれは一体何なのでしょうか――


しかし迫りくるラトの気配が、彼女の混乱した思考を現実に引き戻した。

純白と深紅の衣装が宙を舞い、兎耳がぴんと立ち上がった戦闘の表情。

琥珀色の瞳に宿る鋭い光が、確実にベールを捉えている。

考える時間はない。先ずは彼女への対処が先だ。


「ライラックショット!」


ラトの愛らしい詠唱が響くと同時に、魔力を纏った右膝が飛び膝蹴りの軌道でベールに迫った。

魔力を纏った右足が、ベール目がけて一直線に迫ってくる。

飛び膝蹴りの軌道は完璧で、回避の余地を与えない精密さを持っていた。


「無駄ですよ~、静寂なるタルシシ!」


ベールは咄嗟に防御魔法を展開する。

半透明の光の壁が空中に浮かび上がり、ラトの蹴りを受け止めた。

激しい衝撃が魔法陣を震わせ、光の破片が宙に舞い踊る。

しかし盾は持ちこたえ、ラトの攻撃を完全に無効化した。


その停滞の瞬間――


「めぇ〜」「めぇ〜」「めぇ〜」


めぇ太郎たちの青白いレーザーが、一斉にラトの背中を貫いた。

青白い光の奔流が彼女の小さな身体を完全に貫通し、凄まじい閃光が大広間を照らし出す。

照準が追いつき、遅れてめぇ太郎たちの光線が間に合ったのだ。

これほどの集中攻撃を受けて、無事でいられるはずがない。


しかし――

ラトは当たり前のように、無傷でそこに立っていた。


「やっぱり効かないんですね~。やはり厄介ですね~その魔法」


それは百年前と同じ光景。

あの不可解な防御能力。

どれほど強力な攻撃も、激しい魔法も、まるで効かない無敵の絶対防御。

時間は経っても、その能力は健在らしい。

そして光線など諸共せず、ラトが空中で姿勢を変える。

しかしこれもこの防御魔法で防げば――


「Laufe, Schneehase. Tanze im Halbmond―――」


しかし予想外のことが起こった。

……何ですか?この魔法は……?

ベールの瞳が驚愕に見開かれた。

これまでに見たことのない魔力量。

まるで嵐のような激しい魔力の奔流が、ラトの小さな身体を包み込んでいる。


その詠唱が大広間に響き渡った瞬間、空気そのものが震えた。

ラトの足元に三日月を象った巨大な魔法陣が展開され、これまでとは桁違いの魔力が激しく蠢き始める。薄紫色の大理石が振動し、天井から石屑が雨のように降り注いだ。魔力の渦が空間を歪め、光の屈折が起こり、視界そのものが揺らいでいく。


「静寂なるタルシシ!」


思わずもう一度呪文を唱え、防御魔法を強化する。

しかし迫ってくる蹴りが、それを上回るのは明らかに見て取れた。

対応しようとも、もうすでにその時間も猶予も絶たれている。


「雪野兎!」


三日月の刃のような白い軌跡を描きながら、ラトの足がベールの防御魔法に叩き込まれた。美しく輝く魔力の粒子が宙に散り、空間そのものが歪むほどの威力。


―――!!!


氷が粉々に砕け散るような音と共に、ベールの光の盾が完全に破壊された。

美しく輝いていた防御魔法が無数の破片となって宙に舞い踊り、星屑のように消えていく。


「防御魔法を破れば、こっちのものだよ~!」


ラトの甲高い声が響き、更にラトの魔力をうずめく。

ラトが無防備になったベールに向けて、追撃の構えを取った瞬間――

ベールの口元が緩んだ。

そのとき突如として、ラトの足元が眩い光を放った。


「悔い改めよ。天の御国は近づいた」


光の鞭が光の中から現れ、蛇のように蠢き飛び出して来る。

その光が魔法陣だと気付いた時には既に遅く、そのままラトの小さな身体を瞬時に縛り上げた。白い光の縄が手首を、足首を、そして胴体を幾重にも巻き付き、彼女の動きを完全に封じた。


「……っ」


ラトが思わず、息を飲む音が聞こえる。

兎耳がぴくりと動き、縛られた身体が光の縄に抗おうとするが――

身動きが取れない。


「ふぅ~……冷やっとしました~。まさか防御魔法を破られたときは、どうなるかと思いましたよ~。けれど~、ふふ。見事にトラップにはまってくれましたね~。その不思議な防御魔法ですが、やはり有効でしたね~拘束魔法は~」


ベールの薄紫色の瞳に、勝利への確信が戻った。

薄桃色の髪を手で整えながら、満足そうな笑みを浮かべる。


「百年前の戦いで、既に知っていたんですよ~。ラトさんの防御能力は所詮、薄いバリアのようなものが体を纏っているだけ~。攻撃は効きませんが、縛り上げることはできるんです~。どうやら私の方が、一枚上手だったようですね~悔しいですか~ラトさん」


白い光の拘束具が手首を、足首を、そして胴体を幾重にも巻き付き、兎耳すらもぴくりと動かせない状態。

無敵だろうと攻撃できなければ何の意味もない。

あとはこの防御魔法がきれるのを待つだけ……

勝った。

勝ったのだ。


しかし――

拘束されたラトの唇が、微かに弧を描いた。


「あははは~、ベールちゃんって本当におバカさんなんだね~。罠にはまったのは、ラトちゃんじゃないよ~?ベールちゃんの方だよ~。気づいてないの~?」


「何を言って……ピンチになって頭のネジが飛んだんでしょうか?そんな苦し紛れな嘘、聞くわけ……」


ベールは鼻で笑った。

縛り上げられた相手の虚勢など、聞くに値しない。

しかし――その思考の中で、ふと疑問が頭をもたげる。


さきほどのリオさんは、一体何だったのでしょうか――

光線が彼の身体を貫いた瞬間、確かに肉体が血液へと崩れ落ちた。

まるで血で作られた人形が溶け崩れるかのような、異様な光景。

それは明らかに人ではない。


あれは一体――


その思考が完結する前に、ベールの右目の端に何かが映り込んだ。


鋭い風切り音と共に、深紅の槍が一直線にベールに向かって迫ってくる。

先ほど床に広がっていた血の水溜まりが、まるで生きているかのように立ち上がり、鋭利な穂先を持つ槍へと変貌していたのだ。血液が螺旋を描きながら回転し、空気を切り裂く鋭い音を立てながら、確実にベールの心臓を狙っている。


「――!?」


思考が追いつかない。理解が及ばない。

なぜあの血の水溜まりが動いているのか。

誰が操作しているのか。

リオはどこにいるのか――

疑問が頭の中で渦を巻く中、ベールは咄嗟にめぇ太郎を出現させる。


「めぇ〜!」


愛らしい鳴き声と共に現れた白い毛玉が、血の槍の軌道に割り込む。

ふわふわとした毛並みが高速回転し、遠心力で血液の威力を逸らそうと必死に身体を回転させた。

遠心力を利用し、迫りくる深紅の穂先を受け止めようとする。


―――!


激しい衝突音が大広間に響き、めぇ太郎の小さな身体が宙を舞った。

ふわふわとした毛並みが空中で乱れ、愛らしい鳴き声を上げながら部屋の奥へと弾き飛ばされていく。

しかし防げなかったわけではない――

回転の勢いで槍の軌道を微妙にずらすことには成功していた。


「ふぅ……」


血の槍はベールの頬を掠め、背後の薄紫色の大理石に深々と突き刺さった。

鋭い金属音が響き、石材に亀裂が走る。

もし軌道がずれていなければ、確実にベールの心臓を貫いていただろう。

その緊張感に、思わず息が漏れる。

頬に一筋の汗が流れ、心臓の鼓動が耳朶を激しく打っていた。


しかし――

血の槍が飛んできたということは、それを操作している者がいるということ。

つまりリオが生きているということになる。

だが、どこに?

見渡すもそこにもリオは見当たらず、気配もしない。

魔力をほとんど持っていないラトだからこそ、その気配を感じられずリオがどこにいるのか分からず困惑するベール。


そこで視界に入る、血の繭が目に留まる。

その血の繭には違和感があった。

血の量は少なく、あまりにも薄すぎるのだ。

二人を守り、数々の魔法を受け止めていたにしては厚さが足りないように思える。

もちろんあの血液の魔法が何なのかよく分からないベール。

もしかしたらあの厚さで事足りるほど、強力な魔法かもしれない。

ただそれにしても……あの厚さには違和感を覚えていた。


しかし――そんなことは今はどうでもよい。

とにかくリオさんが見つからないのだ。

もしかして――

あのリオという青年は、元から人間ではなかったのだろうか?

あの血の塊が、何らかの魔術で人の形を取っていただけだったのか?

それとも戦闘中に、密かに逃走していたのだろうか?


ベールが困惑に沈んでいたその瞬間――

頭上から影が差した。


――!?


天井を見上げたベールの薄紫色の瞳が、驚愕に見開かれる。

そこには剣を構えたリオが、重力に身を委ねながら落下してくる姿があった。

黒髪が風に靡き、冷静な表情を湛えた顔がベールを見下ろしている。短い剣の刀身が魔法の明かりを反射し、鋭い光を放っていた。


「な、なんで――どこから――」



ベールの困惑も当然だった。

俺の視点から見れば、この戦術は完璧に機能していたのだから。


ベールには理解できないだろう。

なぜ俺が天井から現れたのか。

なぜ血の水溜まりが槍になったのか。

なぜ俺を殺したはずなのに、ただの血液に変わったのか――


その答えは単純明快。

俺は血の繭の内側で、ほとんどの血液を使って自分の分身を作り出していたのだ。

血液を人の形に成形し、魔力を注ぎ込んで動かす。

朱脈操術の応用技術の一つだが、ずっと披露する場面が無かった俺の囮魔法。

その分身を差もラトと連携しているかのように、走り出させたのだ。

つまりラトが飛び出したとき俺はまだ、繭の中に居た。


ただこれは、かなり大きなリスクを孕む。

内側の血液をほぼ全て分身の生成に回したため、血の繭の防御能力は皆無に等しい状態となっていた。

血の繭は、まさに見かけ倒しの薄い壁となるのである。

もしもあのまま……めぇ太郎たちのレーザービームが繭を狙っていれば、簡単に穴を開けられていただろう。


しかし――

めぇ太郎たちの攻撃は全て、俺の分身とラトを狙っていた。

狙うと確信していた。

だからこそ、この賭けは成立した。


そして分身を操作し、わざとベールに狙わせる――これが第二段階。

俺に魔力量がないことは、これまでの戦闘で既に露呈している事実。

魔力の気配を感知できない以上、俺の本体と分身を見分けることは困難なはずだった。血液で作られた人形であっても、外見上は完全に俺と同一。

ベールの視点からは、どちらが本物か判断できない。


そうなればベールを俺を狙うはずだ。

ベールはすでにラトとの戦闘経験がある。

少なくとも無敵になる固有魔術について知っているはずだ。

そうなれば攻撃を無効化される相手より、有効であることが明確な俺を狙うに違いない。


思惑通り――

ベールは分身を俺本体だと判断し、強力な攻撃を仕掛けてきた。

その瞬間がラトの攻撃機会となり、ベールの視線と意識が完全にラトに集中する。

そのタイミングを見計らって、俺は血の繭から静かに脱出した。


体内の血液を筋肉に流し込み、同時に魔力に変換。

人間の限界を遥かに超えた跳躍力で天井近くまで跳び上がる。

朱脈操術による身体強化があれば、この程度の高度への跳躍は可能。

めぇ太郎たちの注意が地上の戦闘に向いている間に、静寂の中を舞い上がったのだ。そのままめぇ太郎たちに狙われる前に、可能な限りベールに接近する必要があった。


そのためブラフとして分身の血液を槍に変形させて発射――

これが最後の第三段階。

こうすることでベールの意識は、自分ではなく飛んできた槍へと向けられる。

無敵のラトに対しては、ベールには何らかの対処法があると予測していた。

百年前の戦闘で、既に一度ラトに勝っているのだから。

そうなるとラトを拘束しご満悦になっているベールに対して攻撃できるようになり、よりブラフは成功する。


そのためベールはここまで慌てふためき、俺への対応が遅れたのだ。


「策士策に溺れる。愉悦は安心を与えるが、同時に隙も与える。戦闘中に気を抜いたのが敗因だ、ベール!」


剣を握る手に、さらに力を込めた。

刀身には既に俺の血液がべったりと塗られ、深紅に輝いている。

血液が魔力に変換され、剣そのものを強化していく。

金属の表面で血液が脈動し、まるで生きているかのように蠢いていた。

そして血液を媒介として展開された小さな魔法陣が、刀身の周囲に薄っすらと浮かび上がる。


魔力の収束音が微かに響き、剣全体が激しい閃光を放ち始めた。

空気が震え、魔力の奔流が剣から立ち上る。

血液と魔力が融合した刃は、もはや単なる剣ではない。

朱脈操術によって生み出された、俺だけの必殺の武器。

それはベールのすぐ傍まで迫っていた。


防御魔法を展開する――

そんな余裕は、既にベールには残されていなかった。

時間的な制約もさることながら、予測不可能な状況の連続に完全に動転している彼女には、冷静な魔法の構築など到底不可能な話だった。

落下してくるリオとの距離は既に数メートルまで縮まり、血液を纏った刃が激しい閃光を放ちながら迫ってくる。

薄紫色の瞳が恐怖で震え、薄桃色の髪が汗で額に貼り付く。


それでも――生存本能が最後の抵抗を試みる。


「めぇ太郎――!」


震え声で叫ぶと同時に、空間が歪んだ。

白い毛玉が突如として現れ、俺とベールの間に割り込む。

ふわふわとした愛らしい羊が、最後の盾として立ち塞がった。

小さな身体を震わせながらも、主人を守ろうと必死に頑張っている。


しかし――


「――捩織もじりおり!!」


―――!!!


「め……ぇ……」


血と魔力を纏った俺の剣は、めぇ太郎の柔らかな毛並みを紙切れのように切り裂いた。ふわふわとした毛並みが空中で舞い散り、白い光の粒子となって消えていく。そして血に染まった刃は、勢いを失うことなくベールの身体を捉えた。


薄桃色の髪が風に靡き、薄紫色の瞳が最後の光を宿す――


「そん……な……」


短い息が漏れた瞬間、ベールの身体が真っ二つに切断された。

純白のドレスが深紅に染まり、小さな身体が薄紫色の大理石に崩れ落ちる。

羊のぬいぐるみが血溜まりの中に散らばり、静寂が大広間を支配した。


その瞬間――

ラトを縛っていた光の縄が音もなく消失する。


「あっ――」


自由になったラトは、すぐさま俺の背後に回り込んだ。

大量のめぇ太郎たちが、俺を狙って一斉にレーザーを発射すると判断したからだ。

純白と深紅の衣装が宙を舞い、兎人族特有の軽やかさで俺を庇う位置に移動する。

すでに固有魔術を再度、使用する準備は整っていた。


しかし――

予想に反して、めぇ太郎たちは動きを止めていた。


「めぇ……?」


無数の白い毛玉が宙に浮かんだまま、まるで時が止まったかのように静止している。

青白い魔法陣も展開されず、攻撃の気配も感じられない。

ただふわふわと漂っているだけ。

主人であろうベールが殺されたのに、愛らしい鳴き声を上げながら大広間を漂っている。


「あれ……?攻撃してこないんだ~。てっきり怒って一斉に攻撃してくると思ったよ~」


ラトは困惑の表情を浮かべながら振り返った。

そして――そこには確かに、ベールの亡骸があった。

薄桃色の髪が床に広がり、薄紫色の瞳は既に光を失っている。

血だまりが広がり、足元が赤く染まるほどに血があふれ出ていた。

脈は既に触れることはなく、瞳孔は開いたまま。

あれほどに強敵で、それでいて可愛らしい見た目の少女。

しかしこれほど可憐に、切ない亡骸となってしまった。

そう……確かに彼女は死んでいた。


「ふぅ……倒したぞ、ラト」


「やったね、リオちゃん!ラトちゃんたち、勝ったんだね!すっごい作戦だったよ!ラトちゃん、感動しちゃった!リオちゃんって、こんなにも策士だったんだね!」


ラトの琥珀色の瞳が輝き、興奮を隠しきれずに兎耳をぴょこんぴょこんと揺らしている。白い手袋に包まれた手をパチパチと叩きながら、まるで子供のように飛び跳ねていた。

まるで人が殺されたとは思えない、純粋な喜び……。


けれどそれは正しい喜びだ。

一々殺しに感情を動かしていては、疲れるだけ。

俺は既に人を殺したことはあるし、妹のために躊躇するつもりはない。

こうして殺したことについても、特に思うことは無い。

妹を救うという目的に一歩近づけた、それだけで十分だ。


しかし一抹の不安が心にあった。

余りにも呆気な過ぎは、しないかと……。


ここまで読んで頂き感謝申しあげます。

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