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第三十話

二階層……

そこへの階段を上りきった瞬間――

俺の視界が一瞬、ぐらりと揺れた。

めまいのような感覚が頭を包み、足元がふわりと浮いたような錯覚に襲われる。

階段の感触が急に曖昧になり、まるで雲の上を歩いているかのような軽やかさが身体を支配した。


……!?


咄嗟に目を閉じ、片手を額に当てて意識を保とうとする。

そうしなければ意識が、どこかに行ってしまうような気がした。

しかしその異様な浮遊感は一瞬のことで――

次の瞬間には足裏に確かな床の感触が戻ってきていた。


「なんだ……今のは?」


慎重に目を開けると、隣にいるラトも同じように額に手を当てていた。


「うわ、リオちゃんも感じた?今の変な感じ?」


「ああ。まるで急に血の気が引いたような……ラトも感じたのか」


「うん……。なんだろう、時間が歪んでるからその関係なのかな。それともこの濃厚な魔力のせい?」


「濃厚な魔力?」


「うん……この空間自体、ものすごい魔力が渦巻いてる。思わずむせちゃうくらい。クラっとするのも納得できるくらいだよ。ラトちゃん、びっくりしちゃった」


そんなことが……?

俺は改めて周囲を見渡した。

―――そこは、白い廊下だった。

純白な、雪のような廊下。


壁も床も天井も、全てが純白の素材で作られており――

まるで雲の中にいるような錯覚。

光源は見当たらないのに、空間全体が柔らかく照らされていた。


しかし――

残念ながら魔力の感知能力が低い俺では、ラトが告げる濃厚な魔力とやらは感じ取れない。

所持する魔力量が少ないからこそ、こういう魔力の気配には鈍感である。

ここは俺の明確な欠点だろう。


「ん?この文字は何だ?」


視線を廊下の壁に向けると――

見慣れない文字が刻まれていた。

金色に輝く美しく刻まれていた文字。


「なんだこの文字?ラトはこの文字、読めるか?」


魔術文字の基礎は学んだつもりだが、この文字は見たことがない書体。

一階層の本でも多くの文字を見て学んだが、俺にはさっぱりだった。

しかしそんな俺を見て、ラトは無邪気な笑みを浮かべた。


「え~リオちゃん読めないの~?これ古代語だよ?英語って言語で、昔の帝国が出来るより前の時代に使われてたんだけど……ぷぷぷ、知らないの?昔の書物を読み解くなら、基本だよ~」


「や、やめろ。知らないんだからしょうがないだろ。なんだこのミミズみたいな文字、どことどこと繋がってるのか分からないだろ、よく読めるな」


「これ筆記体って文字だよ。えへへ、困ってるリオちゃんも可愛い~」


「それで……なんて書いてあるんだ?」


「ん?え~とSeize the golden sheep.って書いてあるね~。つまり『金色の羊を捕まえよ』ってことかな~。金色の羊ってなんなんだろ?リオちゃん、分かる?」


金色の羊を捕まえよ……。


「良くは分からないが……そう書いてあるってことは、そうしろってことだろうな。しっかし金色の羊ってなんだ……?」


そのとき、ラトが指差した先を見ると――

小さな額縁に入った絵画が飾られていることに気がついた。


「あれここには、絵もあるみたい~」


額縁の中には、金色に輝く毛玉のような小さな羊を抱きしめる幼ない少女の姿が描かれている。

幼女は淡いピンク色のワンピースを着て、頬を紅潮させながら幸せそうに微笑んでいた。

その腕の中の羊は、まるで生きているかのように柔らかそうで、金色の毛が光を受けて神々しく輝いている。


しかし絵画全体には、どこか現実離れした夢幻的な雰囲気が漂っていた。

色彩は鮮やかでありながらも、まるで水彩絵の具が滲んだような柔らかさがあり、輪郭線もぼんやりとして焦点が合わないような印象を与える。

背景も曖昧で、まるで雲の中に浮かんでいるような不思議な空間だった。


「この絵を見れば、文字が読めなくても大体内容が分かるって感じか。意外と親切な設計だな」


「リエルのダンジョンは、親切に設計されてるんだよ~、きっと!だって最初の層にわざわざ案内役を用意してるダンジョンなんてある?一階層の主の義務だったんだからね!このダンジョンの説明するの」


「確かに……。にしては難易度があまりにも凶悪すぎるが」


「それはそれ、これはこれ~。けどなんかこの絵……なんかラトちゃん嫌な感じする。ここの階層主、絵の趣味が悪いよ~」


確かにこの絵はなんか、嫌な感じがする。

そこはラトとも共感できた。

金色の羊を捕まえる――それを伝えるためだけなら、もっと明るくて可愛らしい絵でも良かったはずだ。

けどこの絵は……なんというか禍々しい。

もしかして他に、何らかのメッセージでもあるのだろうか。


「んん~、とりあえず文字と絵からも、金色の羊を探せばいいってことだよね~?この階層のどこかにいるのかな~?それに金色の羊……なんかどこかでラトちゃん、聞いたような気がするんだけどな~……」


「聞いたことがある?どういうことだ?」


「え?いや~なんか、そんな童話があったような気がしたんだけど……とりあえず今はいいや~。とにかく奥に行ってみよ~」


ラトに促され廊下の先を見ると、扉が一つだけ存在していた。

白い廊下に溶け込むような、やはり純白の扉。

取っ手だけが銀色に輝いている。


「そうだな」


ラトの発言は気になるが……

今は脇に置いておこう。


俺は慎重に扉の取っ手に手をかけた。

冷たい金属の感触が指先に伝わり、ゆっくりと扉を押し開く。

そこに広がっていたのは――


同じく純白の空間だった。

床も壁も天井も、すべてが眩しいほどの白さに包まれ、境界線すら曖昧な無限の広がりを感じさせる。

しかし不思議なことに、目が痛くなるような眩しさはなく、むしろ心が落ち着くような柔らかな光に満ちていた。


そして――

部屋の中央に、溶け込むようにして一匹の羊が鎮座していた。


いや……こいつ羊なのか?


純白の毛並みがふわふわと柔らかそうに全身を覆い、頭頂部からはくるりと愛らしく曲がった小さな角が生えている。

横一文字の愛らしい瞳と、可愛らしい小さな耳。

それらの特徴は間違いなく羊のものなのだが……


その姿は、一般的に人々が想像するような羊とはまるで異なっていた。

大きさは俺の頭より一回り大きいくらいで、足が小さく丸まっている。

というか、足がほとんど見えない。まるで巨大な毛玉がそこに転がっているかのような、ころんとした愛らしい形状をしている。

ちょこんと顔が出ているだけ。

全体的に人形のような、作り物のような可愛らしさを醸し出していた。


「うわ~可愛い!可愛いよ、ラトちゃん!こんなにもふもふで愛らしい生き物がいるなんて、ラトちゃん知らなかったよ〜!ラトちゃんの毛並みよりも、柔らかそう!」


ラトが両手を合わせ、琥珀色の瞳を輝かせながら歓声を上げる。

しかし――俺はある重要なことに気づいた。

その毛並みは確かに美しく、純白で、まるで雪のように真っ白だった。

白であり、金ではない。


「そうか……こんな感じの見た目で、金色の毛並みを持っている羊を探せってことか。となると、これは目標とは別の個体ってことになる」


「た、確かに……リオちゃん、鋭い」


ラトは耳をピンと立てる。


「でもでも、とっても可愛いから、これはこれで素敵だよ〜!けど……外れってことか~むむむ」


ラトは小さくため息をついた。

もしかして――

こんな風に、この羊のような妖精めいた生き物の金色を、この階層で探し回るということなのだろうか?


一階層では時計の間、書庫、武器庫といった複数の部屋を巡り、最終的に階層主であるラトと対峙した。

同じように二階層でも、いくつもの部屋や空間が存在し、その中で金色の毛を持つ羊を見つけ出すという試練が課せられているのかもしれない。


部屋の奥には、さらに続く扉がある。

この扉を進み続け、金色の羊を探すのか……?

俺が部屋の奥の扉へと視線を向けた、まさにその瞬間――


「リオちゃん、危ない!」


ラトの鋭い声が響くと同時に、彼女の小さな身体が俺の前に躍り出た。

純白と深紅の衣装が宙を舞い、白い手袋に包まれた腕が俺を庇うように広げられる。兎耳が緊張で立ち上がり、琥珀色の瞳に戦闘時特有の鋭い光が宿った。


その瞬間――


羊の愛らしい口元から、突如として複雑な幾何学模様の魔法陣が展開された。

青白い光の線が空中に描かれ、魔法陣が複雑に絡み合い、激しい光とともに魔力が収束していく。そして次の瞬間、眩い光の奔流が一直線に俺目がけて発射された。


―――!


晶光の刹那。

レーザービームともいうべき光の一線が、音もなく俺たちを狙って放たれる。

しかし俺の前には、そのレーザービームを遮るかの如くラトがいる。

そして――既に対処していた。


「固有魔術――止針ノ兎刻!」


琥珀色の瞳に時計の針の模様が浮かび上がり、黄金の光を放つ。

その瞬間、レーザービームがラトを貫いた――

はずだった。


しかしそのレーザービームはラトに到達してるように見えるも……

存在しないかのように無効化された。

これぞラトの固有魔術。

光の奔流は空しくしぼんでいき、そのまま霧散する。


「すまん、ラト。助かった……」


俺は今……

死んでもおかしくなかった。

全くこの羊に対して警戒していなかった。

まさか――

あれほどラトに「油断するな」と注意していたにもかかわらず、自分がそうなっていたとは。

雰囲気に飲まれ、戦闘への意識が薄れていた。

可愛らしい外見に惑わされ、警戒心を完全に失っていたのである。


何と愚かなことだろうか……自分の甘さに嫌気がさす。

ラトがいなければ、俺はここで死んでいたのだ。

これほど自身が愚かしく、ラトがいることに感謝を覚える。

しかし……俺の迂闊さが、貴重なラトの固有魔術を消費させてしまった。


「無理してでも五回しか使えないって言ってたのに……」


「全然いいよ、リオちゃん。今回は発動時間もほんの一瞬だったし、消費した魔力もそれほど多くなかったから……。それよりあの羊……ラトちゃん。戦闘態勢だよ」


いつものふわふわした口調ながらも、その声には緊張感が滲んでいる。

兎耳も警戒を示すようにぴんと立ち上がり、全身から緊張感が漂っていた。

その時――


「めぇ~」


羊が鳴いた。

愛らしく、純朴な鳴き声。

何事もなかったかのように、ころんとした身体を小さく揺らしながら、横一文字の瞳でこちらを見つめている。その表情には一片の敵意も感じられず、むしろ人懐っこささえ漂わせていた。


しかし――

その裏腹な、凶悪な殺意。

先ほど確実に俺を殺そうとした存在が、今はまるで何もしていなかったかのように振る舞っている。その無垢な外見と、内に秘めた殺意との落差が、言いようのない恐怖感を呼び起こしていた。背筋に悪寒が走る。


そんな俺の思いを証明するかのように――

再び羊の口元に再び青白い光の線が浮かび上がった。

青白い光の線が空中に描かれ、魔法陣が激しく回転し始める。


「ラト、ここは任せろ」


俺は――

次こそ素早く麻袋から中瓶を取り出し、コルクを勢いよく引き抜いた。

深紅の血液が宙に踊り、俺の意志に従って渦を巻く。


「藤布!」


呪文と共に血液が円形に展開され、俺とラトの前方に赤い盾が形成された。

血液が魔力によって圧縮され、金属よりも強靭な盾。

そして――眩い光の奔流が盾に激突した。


――!


凄まじい閃光が純白の空間を埋め尽くし、轟音が壁という壁に反響して耳を聾する。光と音の暴力的な衝突に、俺の視界が一瞬真っ白に染まった。

魔力と魔力がぶつかり合う衝撃波が空気を震わせ、生まれた風が髪をばたつかせる。


「羊ちゃん、ほんと凶悪な魔法だね~。ほとんど予備動作なく、魔法陣の展開と同時に魔法を発動する。ビックリするぐらい、高度な魔法技術だよ。ラトちゃんびっくりしちゃった~」


「呑気に言ってる場合か。ラト、直ぐに仕掛けるぞ」


「らじゃ~。今日の夕飯はラム肉のステーキだね~!」


深紅の盾が青白いレーザーを押し返し、徐々にその勢いを削いでいった。

そして――

ついに光の奔流が力を失い、霧散するように消えていく。

レーザービームが霧散した瞬間――


俺は即座に血液の盾を再構成した。

深紅の防護壁が流動的に形を変え、鋭い槍先を持つ矢じりへと変貌していく。

圧縮された血液が凝縮し、金属の穂先にも匹敵する鋭利さを獲得した。


弓浜絣ゆみはまがすり!」


深紅の槍が一直線に羊目がけて射出された。

空気を切り裂く鋭い音と共に、深紅の軌跡が純白の空間を貫いた。


しかし――

羊の身体が突如として宙に舞い上がった。

まるで重力など存在しないかのような軽やかさで、血の槍を易々と回避する。

ふわりと浮き上がったその動きは、もはや地上の生物のそれではない。

四本の短い足をちょこんと丸め、毛玉のような身体を空中でくるくると回転させながら、俺の攻撃を嘲笑うかのように宙を舞っている。


「めぇ~、めぇ~」


空中に浮遊しながら、羊は再び愛らしい鳴き声を響かせた。

その光景は明らかに常軌を逸している。

羊が――いや、羊の姿をした何かが、まるで魔法にでもかかったかのように空中に静止しているのだ。

羽根もない生物がこんな生き物が存在するはずがない。

一体何なんだ、こいつは……。

空中に停止している時点であり得ない。


その瞬間――ラトが動いた。


「リオちゃんとラトちゃんの愛の連携攻撃~!」


俊敏な兎人族の身体能力を活かし、一気に羊との距離を詰める。

純白と深紅の衣装が宙を舞い、紅白の縞模様の靴下が美しい軌跡を描いていた。

そして空中で華麗に身体を捻ると、右足を振り上げて回し蹴りの構えを取る。


「こんな可愛い顔して人を騙すなんて、許さないからね~!ファジーロップ!」


空中の羊に向けて、ラトの足が一直線に振り抜かれた。


――!


鈍い音と共に、ラトの蹴りが羊の側面に直撃する。

小さな身体が衝撃で押し潰されるように変形し、空中でバランスを崩した。

しかし――予想外の事態が起こった。


羊の身体が突如として球体状に丸まったのだ。

四本の足を身体の下に折り込み、頭を胸元に埋めるようにして、まるで完璧な毛玉のような形状に変化する。

そして丸まったままの状態で、蹴り飛ばされ壁へと直撃する。

そして――そのまま跳ね返った。


―!―!―!


まるで弾力性に富んだ球のように、衝撃を吸収して勢いを保ったまま跳ね返る。

床に当たり、天井に当たり、再び壁に当たり……

激突すればまた別の角度へと跳ね返っていく。

純白の空間の中を、白い毛玉が縦横無尽に駆け巡っている光景は、速すぎて目で捉えることすら難しい。

そして――羊の軌道が突如としてラトに向けられた。


「ぅおっと!?けどラトちゃんには当たらないよ~」


ラトは持ち前の反射神経で、ギリギリのところでタックルを回避する。

身体を大きく横に逸らし、球体が頬をかすめて通り過ぎていく。

その直後、彼女は素早く俺の傍まで駆け寄ってきた。


「リオちゃん、ラトちゃんの自慢の蹴りが効かないよ~」


その時――羊が再び空中で静止した。

先ほどラトの蹴りを受けたとは思えないほど、その毛並みは美しく整っている。

傷一つ見当たらず、むしろ以前よりも艶やかに光っているようにさえ見えた。

小さな角がちょこんと突き出し、横一文字の瞳がこちらを見つめている。

ラトが言った通りその姿は、傷一つダメージ一つ受けた痕跡がない。


「逆にああして勢いを逃がしてるんだろうな。それにあのスピードだと俺の魔術を当てるのも厳しいか……?」


「うわぁ~面倒な相手だね~ってまた、魔法陣!」


「めぇ~」


再び愛らしい鳴き声が純白の空間に響くと同時に、羊の口元に青白い魔法陣が展開された。

先ほどと同じ幾何学模様が空中に描かれ、激しい魔力の収束音が耳を劈く。


「隙が出来たらすぐそれか」


しかし俺は、既に対処の準備を整えていた。

先ほど槍として射出した血液を、意識的に飛び散らないよう制御していたのだ。

羊が俊敏に回避した瞬間、この展開を予測して血液を一か所に留めておいた。

眩い光の奔流が放たれる直前――

血液が瞬時に円形の盾へと再構成される。


「もう一回!藤布ふじふ!」


――!


深紅の防護壁がレーザービームを受け止め、激しい閃光と轟音が空間を満たす。

血の盾が青白い光に照らされ、表面で火花のような光の粒子が飛び散っていた。

その隙を突いて――


「次はラトちゃんの愛銃が相手だよ~!」


――!――!


ラトのリボルバーが火を噴いた。

ラトの愛銃――エンフィールド・Mk2リボルバー。

銃声が壁に反響し、弾丸が羊めがけて一直線に飛んでいく。

黒光りする鉛の塊が空気を切り裂き、確実に標的を捉えたかに見えた。


しかし――


弾丸は羊の純白の毛並みに触れた瞬間、まるで雲に吸い込まれるかのように威力を失った。

ふわふわとした羽毛が弾丸を優しく包み込み、その運動エネルギーを完全に吸収してしまう。

そして力を失った弾丸が、ころりと床に転がり落ちた。

羊は光線を放ち終えると、相変わらず「めぇ〜」と鳴いているだけ。


「嘘!?ラトちゃんの銃弾も駄目なの~?困ったな~」


「次は俺の剣で!」


剣を抜き羊へと斬りかかる。

しかし刃が毛並みに触れた瞬間――

剣がゴムボールを斬ろうとするかのように弾かれ、またも部屋中をバウンド。

そして飛んでくるタックルを血の盾で受け止める。


それからは――


「めぇ~」


藤布ふじふ!」


「めぇ~」


藤布ふじふ!」


「めぇ~」


藤布ふじふ!」


レーザービームを打たれては、防ぐ。

繰り返し、繰り返し――

羊は愛らしい鳴き声と共に凶悪な光線を放ち続け、俺はそれを防ぎ続ける。

その間にラトが何度か蹴りを放つものの、やはり効果は見られない。

俺も斬ったり、撃ち落とそうとしたりしたが、全然効果がない。

羊は攻撃を受けるたびにボール状に丸まり、壁を跳ね回って反撃してくるだけだ。


――これは、困った。


「不味いな……ラト。このままじゃ埒が明かない。何か別の方法を考えないと……何か、何かないか」


俺は盾を維持したまま、隣にいるラトに声をかけた。

レーザーが止むたびに羊は「めぇ〜」と愛らしく鳴き、またすぐに次の魔法陣を展開する。

完全に俺たちを弄んでいるようにしか見えない。


「う~ん、ラトちゃんの蹴りも銃弾も全然効かないよ〜。あの毛玉みたいな身体、ふわふわしすぎて衝撃を全部吸収しちゃうんだもん。もしかしてラトちゃんと同じ無敵能力!?」


「それは……違うんじゃないか。攻撃が効いてないんじゃなくて、上手に受け流されてるだけだ。ボールって蹴とばしても破けないだろ?それと一緒なんだと思う。もちろん斬れないことを思えばあの毛とか、纏ってる魔力だとかは色々あると思うけど……」


「なるほど~さすがリオちゃん策士だね~」


「そもそも無敵なら、俺の魔法を避ける必要はないはずだ」


「けど無敵のラトちゃんも最初、リオちゃんの攻撃躱してたよ!」


た、たしかに……。


「あれは挑戦者を能力の開示と共に驚かせるためだったんだけど~……って今は良いか。けど、うん。リオちゃんの言う通りかも。あの羊さんすっごい魔力纏ってる。と言うか……魔力の塊みたいだよ?むしろ魔力しかないみたいな?」


「つまり……あれは魔力の塊でしかないってことなのか?」


「うん~どうなんだろ?ラトちゃんもこういう敵、初めてだから……。けどそうだね、生物かと言われると違うと思う。魔力で生み出された生物みたいな……」


そんな生物がいるのか。

つまりこの羊は、羊ではなく何者かに生み出された魔法生物ってことか……。


「それならこの出鱈目な防御能力も、単調な繰り返しの動きも理解できる……。ここの階層主が生み出した生物と考えるのが妥当か?」


「うん!攻撃されたら丸まって跳ね回って、また浮いてレーザー……その繰り返しの単調な動きしかできないってことは、やっぱりそう言うことなんだよ!」


羊の行動は予測しやすく、知性を感じさせない機械的なもの。

それは理解した。理解したが……

だからと言ってどうこうできる話でもない。

単調なのは避ける上でも守る上でもありがたい。

しかし攻撃が効かない点は変わらない。


――!


またレーザーが盾に当たり、血の飛沫が飛んだ。

盾の厚みが明らかに薄くなっている。

これ以上この不毛な戦いを続けていたら、この血の盾が持たない。

となれば更に血の瓶を開けて使用する必要がある。

それはこの二階層のことへの理解が乏しい以上、得策じゃない。

ラトの無敵能力で凌ぐのも論外だ。


「ん~というかそもそも、この羊ちゃん。倒す必要あるのかな~?」


「え?」


いきなり突飛なことをラトに言われる。


「だってさ~ラトちゃんたちに課されたのは、金色の羊を捕まえることだよ?だからこの羊なんて、どうでも良いんだよ!無視して次の部屋行っちゃう方が建設的じゃない?」


……


「ラト、お前は鋭いな」


「えへへ~でしょでしょ~。ラトちゃんってこう見えて、超賢いのです」


そもそもラトは白金等級冒険者。

賢いのは当然だが、彼女の気付きには驚くばかりだ。

こういう経験は明らかに彼女の方があるし当然ではあるのだが……。

つまりさっさと無視しろってことか。


攻撃してくる以上、放っておくわけにもいかない。

しかしその上で無視して、金色の羊を探しに行くことの方が得策ではないか……。

そもそも……


「この羊とか、金色の羊とか関係なく、ここの階層主を倒せばいいだけだもんな」


このダンジョンは階層主を倒せば、攻略したことになる。

なら金色の羊が何かは知らないが、さっさと階層主に会って倒せばいいだけの話ではないか。


「分かった、ラト。次の部屋に移ろう。タイミングを見計らって一気に駆け抜けるぞ」


「了解だよ~!ラトちゃん、リオちゃんについていくからね!」


羊がレーザーを撃ち終わり、「めぇ〜」と鳴いている隙を狙って――


「今だ!」


俺とラトは同時に駆け出した。

部屋の奥にある扉目がけて、一直線に走る。

背後で慌てたような鳴き声が響いたが、振り返る余裕はない。

扉の取っ手に手をかけ、勢いよく押し開く。

そして――


俺たちは次の部屋へと飛び込んだ。

すぐさま扉を閉め、残っていた血液を扉全体に塗布する。


「縮織!」


血液が扉に浸透し、魔力によって強固に固着された。

これで羊が追いかけてきても、簡単には破れないはずだ。


「ふぅ……どうにかなったね~」


「ああ、これで――え?」


俺が振り返った瞬間、言葉が止まった。

またしても純白の空間。

そして部屋の中央に――


二匹の羊が、静かに佇んでいた。


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