第二十六話
血煙燻る暁闇に、無言の証人たちが横臥していた。
村落の石畳には朱に染まった肉塊が散乱し、剥脱された皮膚の痕跡が生々しい傷痕を晒している。
既に鎮火し、立ち昇る黒煙のみが天蓋を汚していた。兎人族の故郷は、今や屠場と化した廃墟に過ぎない。
風が血腥い臭気を運び、烏が上空を旋回しながら獲物を物色している。
ラトちゃんは一歩ずつ、その惨状を踏みしめながら歩いた。
村への帰路は長かった。鎮火した後の集落は、黒い骨組みだけが空に向かって指を突き立てているような、痛々しい墓標と化していた。
煙の匂いが鼻腔に染み付き、歩く度に灰が舞い上がって衣服に付着する。
知った顔が、そこかしこに転がっていた。
農家のおじいさんは庭先で息絶え、いつも笑顔で挨拶してくれた雑貨屋の奥さんは店の前で倒れている。
皆が無惨な最期を遂げていた。毛皮を剥がれた彼らの肌は蒼白で、まるで人形のように生気を失っていた。
ラトちゃんは一体ずつ、小さな両手で遺体を運び、村はずれの丘に浅い墓穴を掘った。
爪が割れ、掌に血豆ができても、機械的にその作業を繰り返す。
剥ぎ取られた毛皮は全て焼いた。火を点けた時の臭気は鼻を突き、胃の奥がむかつくほどだったが、それでも最後まで見届けた。
山賊たちの死体は村に現れた魔物たちが喰らい尽くし、夜が明ける頃には白骨だけが残された。
それでも――胸の奥の空虚は埋まらなかった。
復讐を果たしたところで、失われたものが還ることはない。
家族も故郷も、温もりも安息も、悉くが幻影と化していた。
生きる縁由も住処も既にない身の上に、靴下と言う名の愛という呪縛のみが重く圧し掛かっている。
ただ虚無だけが心の奥底に沈殿し、全身を重い鉛のように満たしていた。
数日後―――
ラトちゃんは村を後にした。
深いフードを被り、魔術で兎耳を隠し、人目につかぬよう身を潜めながら各地を転々とした。
叔父さんが蓄えていた貯金を持ち出し、それを切り崩しながらの放浪生活。
宿場町から商業都市、田舎の村から王都の裏路地まで、足の向くまま歩き続けた。
そして――兎人族を狩る者たちを、逆に狩り続けた。
毛皮商人の手先、山賊の一団、貴族の私兵――
彼らの息の根を止める度に、口角は更に歪んだ弧を描いていく。
固有魔術の力で時を止め、一方的に殺戮を重ねる。
血飛沫が頬を濡らしても、返り血で衣服が染まっても、その表情は変わらない。
もしかしたらこの残虐を楽しんでいたのかもしれない。
それほどに表情は歪んでいた。
やがて――
上流社会では、この謎めいた復讐者の存在が喧伝されるようになる。
兎人族を狙う手先どもを逆に刈り取る女の噂は、恐怖と畏敬を伴って貴顕の間に広まった。
「兎刈りを刈る者」「復讐の化身」「白いフードの死神」
そんな異名で呼ばれるようになり、兎人狩りに向かう者たちは次第に姿を消していく。
恐怖が恐怖を呼び、ムーブメント自体が早々に下火となった。
流行は移ろいやすい。
貴族たちの興味は既に別の獲物へと向かい、兎人族の毛皮への需要は急速に失われていく。
それがラトちゃんの行動の成果なのか、それとも単に兎人族の数が激減したためなのかは、誰にも分からなかった。
ただ確かなのは、同胞の多くが姿を消し、血族の系譜が断絶の危機に瀕しているという現実のみ。
まったく……ひどい話だよね。
ブームが過ぎ去っても、放浪は続いた。
街から街へ、村から村へ、定住することなく歩み続ける。
目的もなく、ただ歩き続ける日々。
宿場で夜を明かし、野営で星を仰ぎ、常に死線と隣り合わせの日々を送った。
薄い壁越しに聞こえる他人の笑い声が、遠い世界の出来事のように響く。
そんな或る日の黄昏時――
寂れた路地で一枚の貼り紙が目に留まった。
「サラマンダーギルド入団試験開催」
これがラトちゃん、最後の転機だった。
サラマンダーギルド――この世界において、その名を知らぬ者はいない。
四大ギルドと呼ばれる至高の組織の一翼を担い、その威名は大陸全土に轟いている冒険者ギルドの名だ。
これらのギルドに所属する冒険者は、等級に関わらず他のギルドの者より遥かに優秀とされる。
白金等級の冒険者ともなれば、四大ギルドの出身者からしか選ばれることがない。
そんな特別なギルドゆえに、入団すること自体が極めて困難だった。
毎年開催される試験は過酷を極め、合格者は僅か二、三人。
時として一人の合格者も出ない年があるほどだ。
まさに狭き門を潜る登竜門。
それでも志願者は後を絶たず、実力者たちが己の限界に挑み続けている。
「ラトのパパはね、サラマンダーギルドの立派な冒険者だったのよ。とても強くて、とても優しくて……」
病床の母親が誇らしげに語っていた父の面影。
どうやらラトちゃんのパパは、サラマンダーギルドの冒険者だったらしい。
ママが尊敬し、愛した相手。
その存在がどれだけ特別か……。
ラトちゃんにだって分かる。
チラシを握る指先に、僅かに力が込められた。
今のラトちゃんには、生きる目的も帰るべき場所もない。
ならばいっそ――父親の見ていた景色を、この目で確かめてみたい。
きっと父親も、この同じ試験を受けたのだろう。
同じ道を歩んでみれば、何か見えてくるものがあるかもしれない。
なら、受けてみてもいいか。
そのとき不思議と、そう思えた。
何故か思えた。何となく思っていた。
気付けばラトちゃんは試験会場となるサラマンダー街へと向かっていた……。
そしてラトちゃんはサラマンダーギルドの入団試験を受けた。
一ヶ月にわたる試験は、想像を遥かに超える過酷さだった。
初日の簡単な配達クエストから始まり、段階的に難易度が上がっていく。
筆記試験では魔術理論から歴史、戦術論まで幅広い知識が問われ、戦闘試験では模擬戦闘から実戦さながらの魔物討伐まで様々な技能が試された。
志願者は数千人いたが、日を追う毎にその数は減っていく。
脱落者の表情には絶望と屈辱が刻まれ、中には泣き崩れる者もいた。
それでもラトちゃんは淡々と課題をこなし続ける。
全てはハイデお兄ちゃんのおかげだった。
彼の教えが如何に偉大だったか、このときほど実感したことはない。
おかげでどれだけ苦しくても逃げることなく、試験を突破し続けた。
最終日、残った受験者は僅か五人だった。
「それでは最後に、ギルドマスターとの面接を行います」
案内された部屋で待っていたのは、炎のような赤髪を持つ中年の女性だった。
鋭い眼光が受験者一人一人を値踏みするように見回し、威圧感に満ちた沈黙が室内を支配する。
やがてラトちゃんの順番が回ってきた。
「貴女が最後ね。まず、その耳を隠している魔術を解きなさい。私の前で偽りの姿を見せるつもり?」
……見破られた!?
ギルドマスターの言葉に、ラトちゃんの肩が僅かに震えた。
慎重に魔術を施していたつもりだったが、やはりこの相手には通用しないのか。
ラトちゃんは逡巡の末、恐る恐る呪文を唱えた。
頭部を覆っていた幻影が霧散し、兎の耳が露わになる。
「あなた……もしかしてラトちゃん?」
「……え!?」
「あぁ、やっぱり。あなたのお父様にはずいぶんとお世話になったのよ。優秀で、誠実で、仲間思いの素晴らしい冒険者だった。私じゃなくて、彼が次のギルドマスターだって噂されていたくらいよ。へぇ……あんなに私に自慢してたラトちゃんが、あなただったとはね」
「お父さんを、知ってるんですか?」
「ええもちろん。私はあなたのお父さんと、同期だったのよ。一緒にパーティを組んで依頼をこなしたこともある。へぇ~、あれの子供が、このサラマンダーギルドにねぇ……。これも運命かしらね」
その後の面接は、試験というより昔話に花が咲いた。
パパの武勇伝、母親への想い、そして娘への愛情――
全てがギルドマスターの口から語られ、そのときラトちゃんは初めてパパのことを知った。
結局面接は父親の話以外覚えてない。
どんな解答をしていたのか、どんな表情をしていたのか、どんな目をしていたのか……
何も覚えていない。
けど……
「合格よ。今年の唯一の新人として、サラマンダーギルドへようこそ」
ラトちゃんはサラマンダーギルドに合格した。
それから――ラトちゃんの新たな冒険者人生が始まった。
サラマンダーギルドの本部は、街の中央区画にそびえ立つ壮麗な石造建築だった。
高い天井に描かれた火竜の壁画が、魔法の炎によって生きているかのように揺らめいている。
受付の大理石のカウンターでは、先輩冒険者たちが依頼書を手に取り、それぞれの目的地へと向かっていく。
空気には鍛え上げられた魔力と汗の匂いが混じり合い、活気に満ちた雰囲気が漂っていた。
「新人の銅等級には指導員をつけることになっているの。あなたの担当は――」
受付嬢が視線を依頼書の山の向こうに向けた瞬間、大きな足音が響いた。
「おぉ、お前が期待の新人か。俺がアンドラ、お前の指導員だ。これからビシバシ指導してやるからな」
現れたのは、ラトちゃんの倍ほどもある巨体の男性だった。
筋骨隆々とした腕には無数の傷跡が刻まれ、深緑の髪が肩まで流れている。
その豪快な笑顔からは人懐っこさが溢れ、琥珀色の瞳には優しさと強さが同居していた。
差し出された大きな手のひらには厚い胼胝が浮かび、長年の鍛錬の証を物語っている。
首にはサラマンダーギルドの金の徽章。
「よ、よろしくおねがいします!ラトちゃんです!」
初めて会った時、彼――アンドラはそれはそれは怖かった。
だってこんな大きな人間は、初めて見たんだもの。
顔は怖いし、、目つきは鋭いし、体に刻まれる多くの傷跡はその鍛錬の激しさを物語っていた。
それに――彼の修業はとてつもなく厳しかった。
ハイデお兄ちゃんの指導が如何に、良いものだったか。
比べれば比べるほど辛くなるくらいだ。
修業の内容を振り返るだけでも……
うっ、思い出したくない。
とにかくそれから、彼の元でビシバシ鍛えられた。
けどアンドラはラトちゃんにとって、正式なまさに師というべき存在だった。
彼にここで出会わなければ、今の武力は持ち合わせていなかっただろう。
「おい、魔力の展開が一秒遅い。それじゃすぐに殺されるぞ」
「固有魔術は結構だが、頼りすぎだ。長期戦となれば、相手にもならない」
「魔力の偏りが激しい。それでは無駄に魔力を消費する」
全ての戦闘の基礎を教えてくれたのは、ハイデお兄ちゃん。
けれどその技術を形にしたのは、まさに彼――アンドラであった。
彼の指導は的確で細かく、一切の妥協は許されない。
けどそれは確かに大切なこと。
真の技術とは細部に宿る。彼の指導はまさにそれであった。
そんな厳しい修行のおかげか、ラトちゃんの戦闘能力は格段に上昇した。
その能力と技術の向上は、師匠アンドラからもお墨付きがもらえたくらいだ。
それから彼と共に、依頼をこなすことも多くなった。
近郊の森でのゴブリン討伐から始まり、商隊の護衛、薬草の採取、戦地での救護活動……
あとは屋敷の掃除依頼とか、貧民街のパトロールとか、街での乱闘の静止だとか……
最初は雑用みたいな依頼が多かった気がする。
そんなある夜の野営で――
「アンドラさん、食べすぎじゃないかな〜?それラトちゃんの三日分の食事量だよ?」
「何言ってんだ。人間てのはな、これくらい食べるんだよ。知らないのか?」
「本当?ラトちやゃん兎人族の村でほとんど生活してたから、人間との関わりは少ないけど……。けど街の人間とか、商人時代にあった人間とか、あなたほど食べる人見かけなかったけどな〜」
「それは我慢しているだ。人間ってのはな、これくらい食べるのが普通なんだよ」
そうなのか……。
知らなかった。
「それより、ラト、お前は時に感情的すぎる。なんだあの貴族への態度は。貴族嫌いは分からんでもないが、そこまで露骨ではいいことないぞ」
焚き火を囲んだ野営地で、アンドラの声が夜風に混じって響いた。
炎の光が彼の顔を照らし出し、真剣な表情が浮かび上がる。
「えぇ、だって嫌いだもん!ラトちゃんは、貴族大っ嫌い。だって兎人族を、その私欲のためだけに殺しまくったんだよ!アンドラさんも知らない訳じゃないよね?」
「あ、あぁ、そりゃ気持ちは分かる。俺だって何度彼らに楯突こうと思ったか……。だがな、感情的になっても良いものじゃない。何事にも冷静に対処する。冒険者の基本だぞ」
「でも~……うぅ。それはそうですけど……」
「分かっているなら、今すぐ正せ。ったく、先が思いやられるな。もうすぐ弟子の期間も終わる。俺がいなければ今すぐにでもトラブルを起こしそうだな」
「じゃあ、ラトちゃんとパーティを組んじゃおうよ!アンドラさん。そしたら全部解決でしょ?」
「……はぁ?お前なぁ……」
「だってアンドラさん、ソロじゃん。ラトちゃんとパーティ組んでも、なんの困りごともないでしょ?」
「それは確かにそうだが……」
その後、なんだかんだ押し通して、ラトちゃんはアンドラさんとパーティを組んだ。
彼との冒険者人生は、まあそれはそれは充実していた。
多くの依頼をこなし、二人で多くの死線を乗り越えて来た。
ここでは言い語れないほどに、この冒険は多くのドラマを生んだ。
それにラトちゃんには、仲間も増えた。
ギルドの酒場の喧騒の中で出会った竜人のカントは、その巨躯にも関わらず繊細な手つきでグラスを扱っていた。
鱗に覆われた指先がグラスの縁を撫で、琥珀色の酒が僅かに波打つ。
彼の低い声が胸の奥から響く時、酒場の雑音が一瞬静まるほどの存在感を放っていた。
エルフのベリーが現れたのは、ギルドの図書館の奥深くだった。
古い書物のページをめくる音、羽ペンで文字を記す際のかすれた響き。
長い銀髪が肩を滑り落ち、集中する横顔に午後の光が差し込んでいる。
彼女が顔を上げた時、緑の瞳に宿る知性の光がラトの心に深く刻まれた。
そんな二人を加えて、四人で初めて依頼を共にした日、それぞれの呼吸が徐々に合わさっていくのを感じることができた。
カントの重厚な足音、ベリーの軽やかなステップ、アンドラの安定したリズム、そしてラトの跳躍――
異なる韻律が一つの楽章を奏で始めている。
「いや~すごいっすね。もうこの四人の連携最高じゃないっすか?」
「最高?あなたアンドラが、全てのバランスをうまくやりくりしてるの分からないの?あとラト、あなた好き勝手に動きすぎ」
「え~ラトちゃんはこれが、気持ちいんだけどな~。アンドラもそう思うでしょ~?」
「ラトらしいというか、これじゃないとラトではないかもな。ベリー、心配してくれるのは結構だが俺は問題ない」
魔物との戦闘では、四人の連携はつぎはぎで滅茶苦茶。
けどなぜかその瞬間に、絹糸のように滑らかに絡み合う。
カントの咆哮が空気を震わせ、ベリーの詠唱が風に乗って響く。
アンドラの剣閃が光の軌跡を描き、ラトの銃声が最後の句読点を打つ。
戦闘後の静寂の中で交わされる視線には、言葉を超えた理解があった。
だからこそその手ごたえは確かで――
自然と四人でパーティを組んで活動することになったのだ。
それからの日々は、まさに快進撃だった。
ラトちゃんたちパーティの名は瞬く間にサラマンダーギルド内で知れ渡り、依頼の成功率は九割を超えていた。
難易度の高い討伐依頼から、ダンジョンの攻略、要人の護衛まで――
どんな任務も完璧にこなしていく。
「またあそこのパーティ。ダンジョンクリアの記録を更新したらしいぞ」
「アンドラがあいつらとパーティを組んだときは血迷ったのかと思ったが、あれは……」
「あの新人の兎人族、一体何者なんだ?あんなに強かったか?」
ギルドの酒場では、いつも四人の話題で持ちきりだった。
その反響のおかげか銅等級から銀等級への昇格は、わずか半年で達成した。
通常なら数年かかる昇格を、あっという間に成し遂げてしまったのだ。
そして銀等級から金等級への道のりも、同様に順調だった。
四人の実力は日を追うごとに向上し、その名声は他のギルドにまで轟くようになった。
金等級への昇格試験では、審査員たちが口を揃えて「完璧」と評価するほどの連携を見せつけた。
ラトちゃんたちは、サラマンダーギルドでも指折りの実力者として認められるようになっていた。
そうして―――
ラトちゃんにとって、サラマンダーギルドは三つ目の家となった。
最初の家は母親との暖かな木造の小屋、二つ目は叔母さんとハイデお兄ちゃんの豪華な屋敷、そして今度は石造りの壮麗な建物。
それぞれに違った温もりがあり、それぞれに愛すべき人々がいた。
受付カウンターでベリーと魔術理論について議論を交わし、酒場でカントと豪快に乾杯を重ね、訓練場でアンドラから新たな技術を教わる――
そんな日常が、ラトちゃんの心に静かな安らぎをもたらしていた。
朝の光が差し込む図書館で本を読む時間、夕暮れの酒場で仲間たちと語らう時間、それら全てが宝物のように思えた。
これこそがラトちゃんがやっと得た幸せなんだと、充実感に包まれた。
そんなある日、朝露がまだ窓硝子を濡らしている頃――
遠方から太鼓の音が響いてきた。
単調で重い響きが街全体を包み込み、石畳を歩く人々の足音が次第に早くなっていく。
ギルドの大扉が勢いよく開かれ、王国の伝令が血相を変えて駆け込んできた時、ラトちゃんの指先が無意識に銃の握りを探った。
「魔王軍、北方より進軍開始――」
その一言が空気の密度を変えた。
談話室の笑い声が途切れ、羽ペンの音が止まり、階段の足音さえも静止する。
しかし次の瞬間、建物全体が蜂の巣を突いたような喧騒に包まれる。
椅子が倒れる音、武器を取る金属音、指示を飛ばし合う声々――
そうしてラトちゃんたちは、戦地に足を運んだ。
戦場は凄惨を極めた。
空を覆う黒い雲から降り注ぐ魔力の雨、大地を震わせる魔族たちの雄叫び……
そして濃厚なほどの血と魔力が戦場全体を包み込んでいる。
「ラトちゃん、そこの奴やるから!ベリー援護して!」
「もう、またそんな無茶して!アンドラ、そっち頼んだわよ!」
「もちろんだ。カント、こっちは俺らでやるぞ」
「了解っす!」
銃声が戦場に響き渡り、魔力で強化された弾丸が一体、また一体と魔族を貫いていく。
ベリーの魔術が空中で炸裂し、カントがすべての攻撃を受けきる。
アンドラの剣が光の軌跡を描いて敵陣を切り裂いた。
四人の連携は戦場という極限状況でこそ、真価を発揮する。
気がつけば敵軍は後退を始めており、ラトちゃんたちの活躍が戦況を大きく左右していた。
多くの魔族を討ち取り、敵の指揮系統を混乱させたその戦功は、我ら帝国の勝利に直結していた。
その数日後――ギルドマスターの執務室に差し込む朝の光が、机上の羊皮紙を白く照らしている。
炎のような赤髪が陽光を受けて輝き、その奥の鋭い眼差しがラトちゃんたち四人を見渡していく。
机の上に置かれた白金の徽章が、静かな輝きを放っていた。
「白金等級への昇格を――」
その言葉が告げられた瞬間、カントの大きな手がラトちゃんの肩を叩く音が響いた。
ベリーの細い指先が唇を覆い、アンドラの口元に深い笑みが刻まれていく。
ラトちゃんの兎耳がぴょこんと立ち上がり、その動きが四人の喜びを無言で表現していた。
徽章を手に取る瞬間、金属の冷たさが掌に伝わり、その重みが新たな責任を静かに告げている。
白金等級としての日々は、これまでとは異質な重責を伴っていた。
王家直属の機密任務、ギルド運営に関わる重要な事務処理、軍との大隊の指揮――
そのどれもが、白金等級の冒険者にのみ託される特別な役割だった。
王城の謁見の間に響く足音、貴族たちとの会談で交わされる視線の応酬、ギルドの奥まった部屋での機密文書の整理――
それらすべてが、ラトちゃんの立ち位置を少しずつ変化させていく。
夕暮れ時の執務室で羽ペンを走らせる音、深夜の廊下を歩く靴音、それらが新たな日常のリズムを刻んでいた。
ある秋の午後、ギルドマスターの執務室の扉が静かに開かれる。
重厚な扉の向こうで、彼女は一枚の古い書類を手にしていた。
――その静寂の中で、ギルドマスターの唇からゆっくりと言葉が紡がれ始めた。
「ずっと隠していたことについて、あなたには話しておかなければならないわ。これは長いサラマンダーギルドの歴史において、抹消すべきと決めた一つの汚点。書庫の奥深くに封印すべきだと判断した、一つの記録。しかし話す時が来たわ。いやギルドマスターとしての責務かしら。ここで話さなければならないと感じたの」
「話すこと……?」
「ええ。あなたのお父様の最期について――」
「……え?」
そこでラトちゃんは知ったのだ。
ラトちゃんのパパが、どう死んだのか。
なんでもラトちゃんはパパは、ラトちゃんと同様に白金等級の冒険者だったのだ。
当時、最強と謳われたパーティを率いていたのだとか。
そして最強のパーティとして、
サラマンダーギルドの代表として、
未だ未攻略のダンジョンへと挑んだのだ。
そこから帰ってきていいないのだと言う。
そのダンジョンの名は――
そう。
リエルのダンジョン。




