06.決意
「一体どういうつもりなんですか?」
子爵を見送ったあとで執務室に戻ると、司祭は怒るでもなく諌めるでもなくそう聞いた。
「私を養子候補として買ってもらうんですよ」
私はざっと考えたことを頭の中でまとめながら司祭に話した。
「長男であるエヴァン様は、アカデミーにはコネで入れるのだからと入学試験の勉強もろくにせず、子爵家より下の身分のものや使用人には尊大な態度をとってばかり。ご自身の地位に安心して、生活態度も勉強の進み具合も良いとはいえません。
いいですか司祭、そんな子どもに必要なのは危機感です。今のままではそのふかふかの椅子が他の誰かに奪われるかもしれない。たとえばそう、遠縁の子供を養子として連れてきて、直系にこだわらず優秀な方を跡継ぎにすると子爵が言い始めたら。そしてその養子の出来と容姿が自分よりも優れていたら?
あの年くらいの勝ち気な男の子には競争心を植え付けるのが有効です。彼は今日、私たちと目を合わせようともしませんでした。虫けら同然の孤児の顔なんて覚えていないでしょう」
「しかし君は」
「当然、女のくせにってなめられるでしょうね。だからこうするんですよ」
私はテーブルにあったペーパーナイフを拝借すると、後ろでひとつにまとめた髪をざくりと切り落とした。
「メリッサ…!なんてことを。まだ子爵家に入れると決まってもいないのに」
「どのみち男の格好をしようと思っていたんです。この見た目で孤児でしょう。人さらいに目をつけられるのも時間の問題なので自衛を兼ねてますから問題ありません。」
そう、私ってば見た目だけは超絶可愛いから先月も街におつかいに出た時に、大商会のおっさんに愛人にならないかとしつこく声をかけられたんだよね。目利きの商人だったはずなのに、目がヤバかったなぁ。
司祭も同じことを思い出したのだろう。自分が危ない目にあったみたいに苦しそうでちょっと申し訳なくなった。
「自衛など必要のない暮らしができればよかったのですが。あなたに不必要な重荷を背負わせてしまって、私は院長失格ですね」
「謝らないでください。髪なんて放っておけば生えてくるんですから。とりあえず後ろはいい感じにミーシャに切りそろえてもらってきますね。」
だいぶ痛んでるし、むしろもっと早く切れば良かったとすっきりした私は、すっきりしない顔の司祭を残したまま執務室をあとにした。
私の頭をみたミーシャは叫び声をあげたものの、きれいに切りそろえてくれた。
なんでもこなす器用なミーシャ。ここの子どもたちはみんな彼女に髪を切ってもらっている。カットがうまいから、この技術もいずれ仕事にできるといいのにな。
貴族や豪商には髪結師がいるけど、庶民は家で散髪するのが普通だ。むろん、みんながみんなうまく切れるわけじゃない。ミーシャのお説教を聞きながら、私はそんなことを考えるのだった。
*
「なるほど、つまり期間限定で養子になるふりをしながらエヴァンの道を糺すと」
数日後、今度は一人で孤児院を訪れたカサドゥス子爵は、司祭抜きで私の話を一通り聞くとそう言って表情を曇らせた。
「糺すだなんて。エヴァン様はまだ14歳。ゆくゆくは子爵家そのものとなるお方。今はやんちゃなくらいでちょうどいいじゃないですか。私に子爵家でお手伝いできることがあればいつでもうかがいます」
「恥ずかしながら、何人もの家庭教師が眉をひそめて去っていったよ。自分には見切れませんってね」
あー、これは相当苦労してるんだろうな。黙っていると子爵は言葉を続けた。
「髪を、切らせてしまってすまなかったね」
「仕事を得るためなら容姿なんて可能な限りその場に合わせますよ」
これは本心。まっすぐ子爵をみつめる私に、子爵はようやくやわらかく笑ってくれた。
「君の覚悟に応えよう。交渉成立だ。いつから来られるかい?」
やったね!安定収入ゲットだぜ。私は内心チャリーンというお金の音を響かせながら真顔を保ち続ける。
「いつでも、カサドゥス家の受け入れ準備が整い次第うかがいます。ただし2ヶ月後に孤児院の監査が入るので、その前に1日か2日ここに戻ってもいいですか?今年はなんとしても補助金をいただいて、寝具を新調したいんです。」
教連本部からの監査は本当に形だけのものだ。それでも視察者によっては情に訴えるか、申請書の書きようによっては補助金がおりることがあるらしい、と建具修理のお兄さんが言っていた。
「わかった。馬車を出すから日にちが決まったら知らせてくれ。それから君の給金についてだが」
「とりあえず、1ヶ月は試用期間ってことで銅貨3枚でいかがでしょう?」
「ここでの君の働きぶりを聞いていると随分少ないように思えるんだが」
「まずはお試し価格ということで。1ヶ月後にこのまま雇ってもいいと思っていただければ、その後は毎月銀貨5枚をいただきます」
「なるほど。相当な自信があるようだね」
「損はさせませんよ」
絶対に銀貨5枚以上の働きをしてみせる、と私は心に決めていた。雇って良かったと思ってもらえなければ、いつまでも施される側から抜け出せない。
「契約期間はエヴァンス様がアカデミーに入学するまでの半年間。お給金は全額司祭宛に払ってください」
この世界では複数年雇用が一般的だ。それはとにかく縁故採用ありきだから。雇う方も、身元が堅い人間のほうが安心して採用できるというもの。
紹介状という信用があるとないとでは給金にかなりの差がある。
日本での派遣社員みたいな働き方はここでは特殊だけど、採用にリスクがある場合にはお互いメリットが多いはず。
予想通り、子爵は私の提案に乗ってくれた。
「なるほど、雇用期間を細切れにすることで、身元が不安定なものを雇いやすくする。面白い考えだね。しかし君が働いた報酬を全額司祭に流してしまって本当にいいのかな?」
「はい。」
「その…気を悪くしないでほしいのだが、司祭がそのお金で私腹を肥やすような真似がないともいえないだろう」
子爵の心配は、孤児院ではよくある話だ。そこまで心配してくれるなんて、本当にいい人すぎる。ここが日本だったら理想の上司オブ・ジ・イヤーにノミネートされてるよ。スーツ姿でなにかしらのトロフィーを抱えている子爵を想像しながら、私は首を横にふった。
「エクレール司祭が私の給金を懐に入れたとして、それならそれでいいんです」
「それはなぜ?」
私は、前世を思い出す前から司祭にしてもらったこと、与えてもらったことをひとつひとつ思い出していた。
貴族相手に自分を売り込むということは、もう前みたいにみんなで誕生日を祝ったり、司祭が特別な祝祭日にだけ焼いてくれるアップルケーキを食べられないということ。むしょうに寂しくなる思い出は、ぜんぶぜんぶ、司祭が自分の衣食を削って私たちにしてくれたことだ。
「司祭は高位貴族の家に生まれで、三男とはいえ本来ならこんなところにいるはずのない人なんです。私たちのために、いつも自分のことを後回しにしてきました。だから私腹の1つや2つ肥やしたところで、いいぞもっとやれー!って私は言いたいです」
まあ、間違ってもそんなことをしないのが司祭なんだけどね。放っておけない人だけど、今は孤児院のためにここを出ていかないと。
子爵は私の気持ちを汲み取ってくれたようだった。席を立って私の前にくると、しゃがみこんで私と目線をぴったり合わせてくれた。
「息子にも司祭のような存在がいたら良かったんだろうな」
「子爵がいらっしゃるじゃないですか。こんなに素晴らしい父君がいて、羨ましいです」
「ありがとう。報酬は全額司祭へ支払うとして、君が気持ちよく働けるようにこちらにできることはなんでもしよう。何かのぞみは?」
うーん…私はしばらく考えてから答えた。
「ふかふかのお布団とパン。それに温かいスープがあればそれで十分です」
「君ももう少し私腹を肥やすことを考えたほうが良さそうだ」
それでは時々おやつもつけてください、と真顔で言ったら子爵は声を上げて笑った。
「必ず約束しよう。」
こうして私はカサドゥス子爵家に買われることになった。




