05.売り込み開始!
カサドゥス子爵がやってきたのはそれから5日後のこと。予告通り14歳の息子エヴァンが一緒にやってきた。
これが、温厚で徳の高い子爵のひとり息子とは思えないくらいの傲慢ちきだった。サラサラの金髪にどんぐりみたいにまるくて大きな薄茶色の瞳。顔だけは良かったけど、こいつ孤児院の門前で出迎えた私たちを見てなんて言ったと思う?
「汚ないな。せっかく僕たちカサドゥス家の人間が来てやったというのに、もうちょっとましな格好はできなかったのか?」
おい小僧ちょっと待てと思ったけれど、そこは子爵がたしなめてくれたので笑顔を崩すことなくやり過ごした。それにまだ14歳。もっとマシな格好ができるなら、貴族様からの寄付に頼らなくていいなんてこと、想像できなかったのだろう。
まあ私は同い年でここの運営にがっつり関わってますけどね。貴族のボンボンなんてこんなもんかなぁと思わなくもないけど、いかんせん父親との落差がエグすぎた。
エヴァンはその後も施設内を見て眉をひそめつづけ、なぜ自分がこんなところに来なければいけないのかという文句を垂れるのに忙しかった。
私たちが精一杯用意したおもてなしの数々は、エヴァンの「で、次は?」の一言で流され続け、結局ゆっくり見てもらえることはなかった。
たまたま子爵家に生まれて、そこそこ顔が良かったというだけで人はこんなにも傲慢になってしまうのか。せっかく恵まれた環境にいるのにもったいないな…。
その後もいらんことを言い続けて子爵にたしなめられるエヴァンの痛い姿を、黙って見ることしかできなかった。
「息子がすまなかったね」
何に対しての謝罪なのかを明確にしないまま、カサドゥス子爵はそういって見送りにでた私と司祭に頭をさげた。ちなみにエヴァンは挨拶をすませるとひとりさっさと馬車に乗り込んでしまった。
寄付をしにきてくれただけでなく、孤児相手に貴族としてこんなふるまいができるなんて、どこまで徳の高い人なんだろう。私の考えが顔に出たのか、子爵は少し困ったように笑ってみせた。
「こんなことを言うと気を悪くするだろうけれど、息子に自分が恵まれている環境にあることを理解してほしかったんだ。貴族の生まれにあぐらをかいて、何の努力もしないでいてはいけないとね。だが、失敗だったようだ。あれでも母親が生きていた頃には素直でいい子だったんだけどね。どうしていいのかわからないままここまできてしまった。妻の代わりにもなれず、仕事に逃げてエヴァンに向き合ってこなかった私の責任だ。どうか許してほしい」
その目はまっすぐ、私たちを見つめていた。形だけじゃない謝罪の重さに、背筋をさらに伸ばした。
「そんなことはありません子爵。きっとご子息も子爵の気持ちをわかってくださる日がくるでしょう」
司祭はそういったけれど、私にはそうは思えなかった。あのタイプは寄り添っちゃだめな気がする。一度ポッキリ折れてしまわない限り、何が悪いのかすらわからないまま大人になってしまうだろう。
今はまだ子供だからで許されていても、いずれは子爵家を次ぐ人間だ。このままでいいわけない。
そんなことを思う私が何様って話なんだけどね。
どうせならこの傲慢さを有効に使いたくて、前世で家庭教師のバイトをしていたことを思い出した。
結婚式は土日の稼働だから、平日は家庭教師をしていたのだ。求められるハードルは高かったし、正直3人かけもちするのは大変だったけど、とにかく時給が高くていいバイトだった。
担当していた中学生の男の子が、ちょうどエヴァンみたいなタイプだったな…とふと思い出したのだ。
志望校に合格した時、「芽衣紗先生がいなかったら、志望校のランク下げてたと思います。本当にありがとうございました」って、きっちり頭をさげてお礼を言われた時には感動したなぁ。
あの経験があるから、やってみようという気持ちになれる。よし、だめでもともと。だめなら別の金策を考えようじゃないか。
自分、売りこんでいこっ…!
私は一歩前に進み出ると、子爵に頭をさげた。
「子爵、孤児の身分でこんな申し出をすることをどうかお許しください。今のエヴァン様に必要なのは違う方向からのアプローチのように思います。どうにかなさりたいというお気持ちがお有りでしたら、私を買ってみませんか?これでも事務仕事と後輩教育には定評があるんです。雑務もなんでもこなしますし、自分でいうのもなんですけど、良い働きをしますよ」
「メリッサ、自分を売るだなんて、一体何を言うのですか」
「誤解しないでください。売るのは私の容姿と頭の中身だけですよ、司祭」
司祭の制止を無視してまっすぐ前を見る私に、子爵は興味を示したようだった。
「君はたしかエヴァンと同い年だったね。ずいぶんしっかりしていると思ってはいたが…」
ここで手早くすべてを説明しても良かったけれど、私はもったいぶってニコリと笑った。自分は高く売らなきゃね。
「もしご興味がおありでしたら、後日ご都合の良い時にどうぞこちらへいらしてください。朝でも真夜中でもいつでも結構です。本来ならば私が行くのが筋ですが、あいにく孤児なもので子爵家を訪問できるような服がないのです。どうかご容赦ください。手土産は不要です。仕事の話をしましょう」
「メリッサ、君は…」
「司祭、言ったでしょう。私は私にできることをするって」
子爵は私の前に歩み寄ると、少しかがんで私の顔をじっと覗き込んだ。
「君のその立ち居振る舞いやマナーは、一体どこで身につけたものなんだろうね。ここの子供たちも、君の言うことは無条件で信じているようだった。不思議な子だね」
じっと私の瞳をのぞきこむカサドゥス子爵の表情は優しい。
「無条件じゃないですよ。こうしたほうが得だっていう道理を、あの子たちに納得のいくまで説明しただけです」
子爵は門の前で待っている馬車を顧みた。その横顔は少し疲れているようだった。
「それがどれだけ難しいことか、妻を失ってから実感してばかりだよ。メリッサ。君と話がしたい。来週の、いつになるかは約束できないんだがそれでいいかな?」
「もちろん、いつでもお待ちしています」
こうして、私と子爵のファーストコンタクトは終わったのだった。




