04.次なる一手
脳内での情〇大陸初出演から1週間後、私は執務室に呼び出されていた。
「メリッサ、来月カサドゥス子爵がいらっしゃいます。案内をお願いできますか?」
エクレール司祭はそう言って貴族名鑑を見せてくれた。
「カサドゥス子爵って、マドレーヌの太客の?」
「そんな言い方は失礼ですよ。」
「はーい。すみません。」
カサドゥス子爵家は毎月寄付をしてくれている家で、時々寄付金とともにマドレーヌや本を贈ってくれるのだ。
西のはずれにある領地でとれる上質な茶葉でそれなりの財を成しているらしい。最初は夫人が来ていたの
だけど、数年前に病気で亡くられてからは時折子爵様ご本人が訪れてくれている。
亡き妻の心残りでしたからと、変わらず支援してくださる徳の篤い方だ。
「先月のデュトワ夫人のアテンドは素晴らしいもので、ご夫人からもお褒めの言葉をいただきました。なので今回もぜひメリッサにお願いしたいのです。」
「なるほど、そういうことならプランを練りましょう。」
エクレール司祭が私を有能だと思ってくれたのなら嬉しい。早速詳細を聞くことにした。
子爵には私と同じ歳のひとり息子がいる。もうじき王立学園の高等部に入学するので、その前に社会勉強を兼ねて初めて連れてくることにしたらしい。
息子のため、とはいえお金を出すのは子爵だ。なので今回のアテンドではお子さんと似た年代の、手先の器用な女子で固めることにした。
お花や刺繍に編み物。ご自身の家庭にはない華やかなものを見せることによって、この孤児院に来る楽しみのようなものを見つけてもらえれば、というのが今回の狙い。
高校生だった時、バイト先のスーパーでよくしてくれていたパートさんたちを思い出したのだ。
年齢は違ったけど、みんな男の子のママさんだった。クリスマスやハロウィンの飾りつけにも全く興味がない。お菓子を一緒に作るとか、買い物に行くとか、そういう楽しみがないのよねぇってよくバックヤードでぼやいてたっけ。
家と同じように男子のあらっぽい遊びやお勉強を見たってきっとつまらないだろうから、今回は「可愛い女子」を全面に出していく。ついでにうちにもこんな娘がいたらなぁ、なんて思ってもらえれば上出来だ。
私は子爵が好きな詩人をリサーチして、その詩の一節を年少の子どもたちに教え込んだ。訪問の際に、印象をよくするために見本をまねて書かせていると、エクレール神父が新しい鉛筆を持ってきてくれた。
「ありがとうございます司祭。でもそれ、今は必要ありません。」
「なぜですか?」
「新しい鉛筆に綺麗な紙。ボロボロの板に短い鉛筆。どちらを使って読み書きの練習をしていれば同情心が湧くか、明らかですよね?訪問当日の食事もいつもよりさらに質素なものにしてもらうよう伝えてあります。」
やらせに頼らなければいけないほど、私たちは困窮している。でも、司祭はそうは思っていない。
「メリッサ…。」
司祭はしばらく黙った後でしゃがみこむと私の目をまっすぐ覗き込んだ。
「あなたがそこまでしなくてもいいのです。偽ることなどせず、子爵にはありのままをみてもらいましょう。」
司祭のお育ちが良すぎてちょっと何言ってんのか意味わかんないです。と早口で言い返しそうになるのを押さえながら、私はまっすぐ司祭を見つめ返した。
「司祭の言いたいことは分かります。でも、これは虚偽ではなくてちょっとした演出です。教連本部からの支援が期待できない以上、何か手を打たなければこの孤児院は長くないうちに運営破綻しますよね。」
そう、経理を手伝わせてもらったからこそ分かる。どれだけ切りつめても、このままじゃ破綻を免れることはできない。
誰かを頼るにしても、裕福な人達が”可哀そうな子ども”にお金を出してくれるのはせいぜい数回だ。私たちにいま必要なのは、確実で定期的な支援。
虱だらけの頭を掻きながら隅にうずくまって施しを期待しているだけの人間にではなく、ひたむきに学んで、前に進もうとする姿勢に人は手を差し伸べる。
階級が違うからと、一方的に恵んでもらうことになれてはいけない。
「私は聖職者ではありません。人よりほんの少し頭が回るだけの子どもです。持ってるだけの力で戦略を練って、司祭やここで暮らす子どもたちの生活を良くしたいだけなんです。だからね司祭。富裕層相手に切り出しづらい金銭交渉の仕事は今後一切を私に引き受けさせてください」
汚れ仕事ならこの元苦学生にまかせて欲しい。なんたって超絶美少女。前世のアドバンテージとこの容姿をいかして、どんな生臭い話だっていくらでも綺麗事にしてみせる。
私は曇りがちな司祭の目をまっすぐ見あげた。
「大丈夫です司祭。身を売ったり人を陥れるようなことは誓ってしません。私は私にできることをするだけです。寄付を受けた上で、寄付してくれた方も幸せになれる。そんな関係を築けるようにしましょう」
とはいえこの孤児院の強みはまだ模索中だけどね。
「今にみんなお腹いっぱいご飯を食べて、あったかいお布団で眠れるようにしますよ。司祭のことも生臭金満坊主にしてあげますから。」
14歳の孤児が何を言うのだと思うだろう。
でも、司祭は私の言葉を、ひとりの人間のものとして受け止めてくれた。
「まったくあなたは本当にどうしてしまったのでしょうね。私は金満坊主になんてなりませんよ。あなたたちが幸せになってくれればそれで充分なのですが、一生懸命考えてくれてありがとうございます。私が不甲斐ないばかりに、こんなことまでさせてしまってすみません」
前世でも早くに母子家庭になった私にとって、司祭は父親のような存在だ。恩返しさせてくださいよ、と心の中で呟いた。
「なに言ってるんですか。これまで誰ひとり見捨てず、愛情をもって私たちを育ててくれた人が、不甲斐ないわけないでしょう?貧乏だけど、自慢の司祭様ですよ」
「ありがとうございます」
エクレール司祭は私の言葉に泣きそうになりながら、それでも笑って、私の頭をそっと撫でてくれた。
このたまにみせるイケオジの破壊力な…。
そういうとこだぞー!と内心つっこみながら、私は胸があたたかくなるのを感じていた。




