03.おもてなし隊プロデュース
前世の私は27歳で死ぬまで、広告代理店のマーケティング部門で働いていた。何かを売り込むための対策にはそれなりの経験があると思いたい。転生したこの世界で売り込むのは、もちろん自分自身だ。
そんな私、メリッサの初めての大きな仕事は、孤児院に訪れる貴夫人のアテンドだった。
エクレール司祭に何か仕事をさせて欲しいと猛烈にアピールした結果、話相手くらいならできるだろうと任命してもらった。もちろん、ただのお茶のみで終わらせるつもりはない。
司祭に聞いた限りでは、デュトワ男爵夫人は特別意識が高いわけでもない、ごく普通の貴族の奥様だ。
子どもも寄宿学校に入って手が離れ、社交界での見栄のために慈善事業に手をだしたという程度で、本当はこんなとことなんて来たくもないのだろう。
孤児院で恵まれない子どもたちに手を差し伸べる、という「映え」のためだけにやってくる。
私はそういうガッツのある人は嫌いじゃない。もらえるお金に貴賤はないし、やらぬ善よりやる偽善って言うしね。
社交界ではあまり地位が高くなくて、見栄があって周りを出し抜きたいと思っているお金もちのマダム。
見た目は普通で、容姿でちやほやされてきたタイプでもなさそう。そんな女性が求めているもの…私はパチリと指を鳴らす。
ここはイケメンで攻め落とそう。
私は男の子ばかり4人を、デュトワ夫人おもてなし隊に選抜した。
「ったく、こういうのは女やチビどもの仕事だろ。俺みたいのはお貴族様には嫌がられるって。」
不機嫌あからさまにそう反論したのはひとつ年上のリュリだ。
黒髪に切れ長の黒い瞳。浅黒い肌。異国の血が入っていることが明らかな出自のせいで、整った顔立ちなのに孤児院の外でもずいぶんな扱いをうけたことがあるらしい。でもね、それって武器にもなると思うんだ。
「リュリは顔がいい上に声もいい。おまけに手足も長いでしょう?優雅な仕草が様になると思うのよ。」
「顔ならメリッサのほうがいいだろ。」
「分かってないね。確かに私は超絶美少女だけど、既婚の淑女に必要なのはイケメンによる心の潤いと癒し。だからお姫様をエスコートする気持ちで夫人をもてなしてほしいの。大丈夫、筋書は私が完璧に用意するから。今回の寄付は正直リュリの顔面にかかっているといっても過言ではない。」
「いや過言だろ。」
声変わりを迎えたリュリには、少年と大人の男の間でゆれる一瞬の繊細さがあった。
この期間限定のアンニュイさと輝きを、今使わずしていつ使うというのだ。
「来年ここを出た時に絶対に役に立つから。役に立たなかったら全額返金するから。いや無料で教えるけど!」
私はリュリにそう熱弁して紅茶の淹れ方をレクチャーした。
他にふわふわの茶色い髪の毛とはにかんだ顔が可愛い王子様系イケメン(になりそう)な11歳のダニーと、まだあかちゃんっぽさも残るお腹ぽっこり3歳双子のテディとマティで脇を固めた。
リュリが美味しい紅茶の淹れ方を習得している間、ダニーには森へ行って夢見草を摘んできてもらった。
某フリマサイトでハンドメイドの材料として高く売れそうな木の実や枝がいっぱいあるな、なんてよこしまな気持ちで森を散策した時に、安眠効果があるハーブが群生するのを見つけたのだ。
その夢見草でサシェを作らせる。
「ねぇメリッサ。これ僕が作らなくても、ミーシャたちのほうがずっと綺麗にリボンを編み込めるよ。」
ぎこちない手つきで作業していくダニーの肩に手を置くと、私は首を横に振った。
「たしかにミーシャは上手かもしれない。でもダニーが一生懸命作ることに意味があるんだよ。」
そう、可愛い男の子が、自分のためによく眠れますようにと心をこめて手作りしてくれたサシェ。ちょっといびつな形こそプライスレス。人懐っこい双子はもう、可愛いだけで十分なので添えるだけ。
こうしておもてなし当日、夫人を迎えたのはエクレール司祭とリュリだった。
いつもだったらお菓子の入ったカゴを目当てに清潔とは言いがたいちびっこがわらわらと群がるのだけど、それじゃただの慈善訪問だ。
私は考える。この訪問に、他の孤児院にはない付加価値を付けたい。
だからリュリに可能な限り一番綺麗なシャツを着せて、きちんとしたお辞儀を伝授した。他の子どもたちは訪問前日に、殺菌作用のあるそこらへんの草をいれたお湯とタオルを使って、きっちり体を拭き清めた。頭もしっかり洗髪して私が一人ずつ頭の匂いをチェックした。これで衛生面は及第点といったところ。
もちろん、夫人に群がる子なんていない。リュリの後ろで、一番上手に並べた子から好きなお菓子を選べるっていうルールにした。
小さい子には「気をつけ、ぴっ!」とリズミカルで簡単な言葉の繰り返しでしっかりと待つ姿勢を教え続けた。
「夫人、本日はようこそお越しくださいました。夫人の高貴で美しいお心遣いに感謝いたします。見苦しいところではありますが、ひと時僕たちと一緒に過ごしていただければ光栄です。」
私の熱血指導の甲斐あって、優雅にカゴを受け取るリュリがそういって控えめに笑う。
私はそのやりとりを影から見守りながら「っしゃ!」と小さくガッツポーズを決めていた。
夫人の顔をみれば、その目にリュリへの嫌悪感が皆無なのは明らかだった。わかるよ、物腰やわらかなイケメンは正義だよね。
双子がそれぞれ夫人と手を繋いで施設のなかを見て回る。予想通り子どもと一緒に遊びたいタイプではなさそうだったから、早めに談話室へ案内した。
リュリが完璧なタイミングで夫人の椅子を引いてお茶を淹れる。双子はどちらが夫人の膝の上に座るかで揉めるように誘導する。
「ねぇまだむ。お膝のせて?」
天然人たらしのテディとマティにそう見上げられたらたいていの女性は逆らえないだろう。
それぞれ両隣に座るということで解決したけれど、この時点で夫人はにっこにっこだ。
最後はしおらしいダニーでしめる。
「お忙しい夫人がよく眠れるようにと願って僕が作りました。こんなものしかお返しできないんですけど。」
夫人は涙目になってサシェを受け取った。
「そんなことないわ。どうもありがとう。」
その後のお茶席は、エクレール司祭が和やかに話を勧めてほどよく盛り上がった。最後に高級旅館のお見送りサービスよろしくデュトワ男爵夫人が馬車まで歩くアプローチの両側に整列した。
両手はおへその上で軽く重ね、口角をあげたまま背筋はまっすぐに頭を下げる。
私たちは施されるだけの側じゃない。いつまでもお貴族様の善意に全力で寄りかかっていてはだめだ。
この孤児院に付加価値をつけて世の中にガンガン売り込んでいかなくちゃ。
この世界にテレビはないけど、心意気としては目指せ情熱○陸出演!
私はその日の報告と反省点、それに夫人の好みや印象に残った言動をまとめると、紙ばさみにとじて執務室の棚の隅に置かせてもらった。
もちろん、情熱○陸の自己妄想ナレーションとエンディングの音楽を脳内に流しながら。
上客をたくさんゲットして、この紙ばさみをいっぱいにするんだと決めた夜だった。




