6話
僕は佳耶さんの言葉に返事ができなかった。
なぜ僕に相続させるのか。なぜ、そんな条件なのか。いくつもの疑問が頭の中を駆け巡る。
ベッドに腰掛けた佳耶さんは、人間の魂を弄ぶ悪魔のようにも見えた。丸く、黒々とした瞳が、僕の価値を値踏みするように見つめている。
そのとき病室の扉が開き、看護師が顔を出した。
「あ、そろそろ検査の時間か。忘れてた」
佳耶さんは、思い出したように声を上げた。
「僕も、そろそろ帰らないと」
そもそも、ここにはマフラーを届けに来ただけだ。僕がここに来る理由はもうない。
そう自分に言い聞かせて病室を出ようとした、そのときだった。
佳耶さんがくるりとこちらを向いた。そして、いつものように笑った。
「十億円だ。励みなよ、樹。それじゃあ、またね」
ひらひらと手を振る佳耶さんを残し、僕は病室を後にした。部屋に残されたのは、呆気に取られた僕だけだった。
病室を出て、受付の職員に会釈をする。真っ白な壁に囲まれた廊下を歩きながら、僕は不思議なことを考えていた。
また、ここに来たい。
さっきまで、もう来る理由はないと思っていたはずなのに。
それがお金のためなのか、佳耶さん自身に興味を持ったからなのか。それとも、彼女の事情を聞いてしまったことへの罪悪感なのか。僕には分からなかった。
特別病院を出て、少し汚れた家に帰る。母親はまだ帰っていなかった。自分の夕食を済ませ、母親の分を作り置きしてから自室に籠もる。父の分を作らないのは、母親が怒るからだ。
疲れ切った僕は、制服のままベッドに倒れ込んだ。佳耶さんの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
『私を退屈させないで』
その言葉の意味を考えているうちに、僕の意識は途切れた。
次回未定




