5話
母親のような人間に、鉱化病の特異性や特徴を正しく理解してもらうために。そして何より、この病気がどれほど特殊で、なぜ国を挙げて研究する必要があるのかを知ってもらうために。そんな目的で作られたパンフレットには、鉱化病に関する基本的な情報が一通り記載されていた。
パンフレットを読んでいてある程度の知識はあった。
だが、鉱化病患者を見たことがなかった。
「知ってはいるけれど、見たことないだろ?」
そんな僕の考えを見透かしたように、佳耶さんが笑った。そして、丸椅子を滑らせ、流れるような動作でベッドへと移動した。ぎしりとベッドを軋ませながら、佳耶さんが言う。
「この地球上に存在する鉱物は、地球が活動することで生まれたと言われている。今、流通している鉱物の量には限りがあるんだってさ」
「はあ……」
「それが、鉱物の価値が大幅に暴落しない理由の一つにもなっている」
気づけば、佳耶さんと僕の距離はずいぶん近くなっていた。
「けれど、進行性全身鉱物化組織症候群に侵された私の身体は別だ。私の身体は地球の活動を待つことなく鉱物を生み出して、この星に存在する鉱物の総量を少しだけ増やす」
そう言いながら、佳耶さんは自分の細い右腕を人差し指でなぞった。そのところどころがすでに鉱物に変わっていた。
「これが、君の言う『鉱化病の特徴』ってやつだ。どう?」
「どうって言われても……」
「実際に患者を目の前にすると、なかなか違うだろ?」
佳耶さんはそう言った。
細い腕には細かな血管が浮かんでいる。そして、目に見える範囲の所々光を反射している綺麗な鉱物へと変わっていた。人間の身体が鉱物に変わるなんて、およそ信じられない話だった。
僕は中世に流行したという錬金術を思い浮かべた。
あれだけ多くの人間が、金や宝石を生み出そうと必死になっていた。それなのに、今では目の前の人間が、何もしなくてもそれらを生み出すという。
その事実を、僕はうまく想像できなかった。
「私は、そう遠くないうちに死んでダイアモンドになる。」
その言葉で、僕の意識はいきなり現実へと引き戻された。
死という、ひどく扱いにくい話題のはずだった。
それなのに、佳耶さんはまるで、とっておきのサプライズでも明かすような楽しそうな顔をしている。
僕が何かを言うより先に、佳耶さんが口を開いた。
「単刀直入に言うよ。樹、私を相続しないか?」
「……相続?」
売れる。
金になる。
その言葉が、頭の中で浮かんでは消えた。
目の前の佳耶さんは、相変わらず楽しげな微笑みを浮かべている。
「……嘘ですよね?」
「嘘じゃないよ。鉱化病っていうのは、文字どおり身体が鉱物になる病気だからね。鉱物になった身体は、売れるんだよ」
佳耶さんは、まるで世間話でもするように続けた。
「でも、私の身体が売れたところで、私はもう死んでいる。代金を受け取る人間が必要になるんだ。ほかの患者は家族や恋人を相続人に指定するみたいだけど、生憎、私にはどちらもいない」
そこで佳耶さんは、僕の顔を覗き込んだ。
「だから、その相続人に君を指名したい」
何を言っているのか、よく分からなかった。
目の前の佳耶さんは、相変わらず楽しげな微笑みを浮かべていた。
「これはパンフレットには書いてなかっただろう? かなりプライベートな話だからね。でも、本当だよ。あとで病院の人に聞いてみるといい。私の身体は、十億円で売れるんだ」
僕の気持ちを置き去りにして、佳耶さんは話し続けた。
「ちょっと待ってください。十億円って……」
「本物の十億円だよ」
「そんなの、いきなり言われても……」
「ただし、私にも条件がある」
佳耶さんは、びしっと人差し指を立てた。
「……条件?」
「私が生きている間、君は私を退屈させないで」
次回未定




