2話
少し説明が多い話です。
家に帰ると、誰もいなかった。
静まり返った家の中に、耳障りな音が響いている。
古びたプリンターが、印刷するたびに悲鳴のような音を上げ、軋んでいた。
いっそ、そのまま壊れてしまえばいい。
そんなことを考えながら眺めていると、プリンターがようやく一枚の紙を吐き出した。
気の遠くなるような時間をかけて印刷されたのは、一枚のビラで、そこには、大きな文字でこう書かれていた。
『鉱化病患者新規受け入れ反対!』
僕はポケットから、さっき持ち帰ったビラを取り出して丸めたままのそれを、ゴミ箱に向かってそっと投げ入れた。
新田町の町長に就任した新井孝之は、任期中に町の財政を黒字にすると公言し、実際にそれを成し遂げた人物だった。
彼が町の再建のために目をつけたのが、国内初となる鉱化病専用特別病院の建設だった。
新田町は山々に囲まれた町だ。
豊かな自然が残されている一方で、使い道のない土地も少なくない。
巨大な白い建物を建設するには、うってつけの場所だった。
もちろん、町の土地を有効活用しようと考えた人間は、新井幸孝だけではなかった。
それでも、実際に町を変えたのは彼1人だけで、彼には先を見通す力があった。
時代の流れを読み、何が求められているのかを理解していた。
新田町に必要なのは、巨大なライブ会場でも、気鋭の芸術家が手がける奇抜な銅像でもない。
政府から多額の助成金を受けられる、特殊な病院。
それこそが町の未来を切り開く手段だと、彼は考えたのだ。
当時、鉱化病の患者は国内にわずか十一人しかいなかった。
正式名称は、進行性全身鉱物化組織症候群。
通称、鉱化病。
この病を患った人間は、時間の経過とともに身体の組織が一つの鉱物へと変化していく。
これまで確認された例では、金、鉄、銅などの金属から、宝石に分類される鉱物へ変化した患者も存在する。
初期症状は、皮膚の一部が鉱石や宝石へと変化すること。
病気が進行すると、患者が普段から頻繁に使用する部位から徐々に鉱化が広がっていく。
特に足から鉱化が始まる例が多く、やがて筋肉や骨、血管、内臓にまで変化が及ぶ。
最終的には身体の大部分が鉱化し、正常な生命活動を維持することができなくなる。
そして、この病気にはもう一つ、大きな特徴があった。
患者の身体から生じた鉱物には、極めて高い価値がある。
その価値は、医療や工業など、さまざまな分野で利用できる可能性を持つ一方、単純な資産としても非常に高い価値を持っていた。
そのため、鉱化病患者の身体は、患者本人の意思とは無関係に、多くの人間から価値のあるものとして見られるようになった。
政府は患者の権利を保護するため、鉱化病患者の遺言を最優先事項として扱う特別な制度を設けた。
患者が自らの身体や、死後に残される鉱物の扱いについて指定した場合、それは原則として何よりも優先される。
政府はこの病気を極めて特殊な難病に指定し、患者の治療と保護、そして研究を目的とした専用の療養施設を建設する方針を発表した。
その動きをいち早く察知した新井幸孝は、真っ先に新田町を建設予定地として名乗り出た。
計画は驚くほど順調に進み、やがて新田特別病院が完成した。
古い町並みが残る新田町の中で、そこだけが別世界のように新しかった。
真っ白な壁に大きな窓。
周囲の山々から浮き上がるような、真新しい建物。
当時国内に十一人いた患者のうち、二人が新田特別病院に移送されることになった。
鉱化病の研究と治療を目的とした、国内初の専用施設。
二人は、あの白い壁に囲まれた場所で暮らすことになった。
僕が小学五年生だった頃の話だ。
それからも、新田特別病院は患者を受け入れ続けた。
患者がやって来るたびに、町には金が落ちた。
病院で働く人が増え、町の店を利用する人も増えた。
いつしか新田特別病院は、新田町にとってなくてはならない存在になっていた。
そして現在、あの病院に入院している患者は一人だけだ。
昔も今も、白い壁を覆い尽くすほどのビラが貼られている。
『特別病院反対』
『即時撤退・子供たちの未来のために』
そんな言葉が、壁一面に並んでいた。
あの頃から数えると、母はもう五年近くも新田特別病院への反対運動を続けていることになる。
次回未定




