19話
そんな会話をした後に新田特別病院へ向かうのは、何だか妙な気分だった。
外山先生はあれからも、新田町を出る方法や、この町の外で就職する方法をあれこれと考えてくれた。そのどれもが厳しい選択肢であることをきちんと理解した上で、それでも僕のために考えてくれる。外山先生は、本当に良い先生なのだろう。
僕が新田町を出るということは、もう二度とここに戻らず、たった一人で生きていくのと同じことだからだ。
そんな外山先生に対して、僕は佳耶さんのことを話さなかった。
こういうとき、長瀬から聞いた『証明』の話を思い出してしまう。
こんな文脈で佳耶さんの話を誰かにしてしまった時点で、僕と佳耶さんの関係は死んでしまう。僕たちの関係が金目当てではないと、証明できなくなってしまう。
けれど、そもそも僕は、佳耶さんとの健全な関係を『証明』し続けているのだろうか。
考えれば考えるほど、頭の中が袋小路に迷い込んでいくようだった。
かといって、佳耶さんのところへ通わないという選択肢もなかった。
最近は、扉を開けただけで佳耶さんが笑顔でこちらを振り向いてくれるようになった。僕ではなく、看護師さんや原田先生が来た可能性だってあるだろうに、佳耶さんはそれでも、期待を込めて笑顔を向けてくれる。そして、僕だと分かると、軽く手を上げてくれるのだ。
「お、樹」
今日の佳耶さんは、オーバーテーブルに向かって一人、詰め将棋をしていたようだった。
以前は本を読んだり、スマホを弄ったりしていることもあったけれど、最近は専ら将棋に夢中らしい。僕との勝負も、チェスから将棋へと移りつつあった。
「ちょうど色々試そうと思ってたんだよね。さ、やろやろ」
「早速ですね」
「最近は樹もボドゲ強いからさあ。一緒にやるのが楽しくて楽しくて。このまま強くなったら、もっと楽しいだろうなー」
子供のようにはしゃぐ佳耶さんは可愛い。
本人に言ったら揶揄われるだろうから言わないけれど、素直にそう思った。
「佳耶さんって、なんでボドゲが好きなんですか?」
「なんでか、ねぇ」
佳耶さんは少し考えるような顔をして、それから言った。
「私が死んだら教えてあげるよ」
佳耶さんは何でもないことのように、けたけたと笑っていた。
けれど、それが何だか不快だった。
不治の病に罹った人間が、自分の寿命を転がすような冗談を言うのはどうなんだろうか。
最近、気が付いたことがある。
佳耶さんは基本的に、いくつかのパターンを使って将棋を指している。そこに佳耶さんの強さの秘密があるような気もするのだけれど、具体的にどういうことなのかは、うまく説明できない。
そのパターンを前提に先読みをしようとすれば、今度は逆手に取られてしまう。僕の試みは、なかなか功を奏さなかった。
それでも、こうして色々なことを考えながらボードゲームをするのは楽しかった。
十億円とか、佳耶さんの病気とか、そういうものを全部抜きにして、ただテーブルゲームをする。それだけのことが、こんなにも面白い。
佳耶さんは将棋やチェスを指しながら、かつて研究していたことや、食べて美味しかったお菓子の話をする。他愛もない話だった。
それに合わせて、僕は相槌を打ったり、質問を投げかけたりする。
こうして向かい合ってボードゲームをするたびに、僕は少しずつ佳耶さんのことを知っていく。
それに合わせて、僕も少しずつ、佳耶さんに自分の話をするようになっていた。
それが妙に心地よくて、困るのだ。
次回未定




