18話
78日前
5月9日
新田中学校の生徒たちを取りまとめているのが、担任の外山先生だ。何事にも動じない人だけれど、今日ばかりは先生も動揺しているようだった。
そう言う僕も、担任と向かい合っているだけで、全身が凍りついたようになっていた。動揺を悟られないように表情筋に力を入れているけれど、どこまで通用するかは分からない。
もちろん、外山先生に僕を責めるつもりなんてないのだろう。これは単なる二者面談だ。他の生徒も全員やっている。何も特別なことじゃない。
「森川くんの進路調査票を見せてもらいました。単刀直入に言うけど、私はこれを受け取れません。自分ではどう思ってる?」
「……どう思うもこうもないです」
外山先生は僕の進路調査票に目を落とし、深いため息を吐いた。
第一希望の欄には『新田町での就職』と書いてあり、それ以外は空欄になっている。これ以上、書きようがなかった。
こんなに進めにくい二者面談もないだろう。先生の置かれた状況に、どこか他人事のような同情を覚える。
「進学するつもりはまるでないの?」
「そのつもりです」
僕がはっきりと答えると、先生は分かりやすく眉を顰めた。
「それじゃあ、中学校を出た後はどうするの?」
「書いた通り、新田町で仕事を探す予定です。……一応、長期休みに手伝っている畑とか、山の仕事とかを続けさせてもらう話はしていて。母は、このまま新田町の就農相談に行って話を進めるよう勧めていますが」
勧めている、という言葉は少し違うな、と思った。
母が言っていることは、そのままこれからの僕の進路になるのだろう。母はそれ以外の道を認めないだろうし、僕にはそれに抗うだけの気力がない。
その話を聞いて、外山先生は一層表情を曇らせた。
「新田町に一生いるわけにもいかないでしょ。こんな町に、仕事がそんなにあるわけじゃなし……」
「でも、ないこともないです。いいんです。僕、そんなに勉強ができるわけじゃないですし」
「でも、森川くんは……」
それから先生は、僕のことを少しだけ褒めてくれた。
けれど、そんな言葉一つで新田町を出られるわけではないことを、僕は知っていた。
僕の家は困窮している。ただ、たとえそうでなかったとしても、母は僕の学費を出さないし、新田町から出ることも許さない。それだけのことだ。父も、そんな僕らの状況に介入するつもりはないだろう。
ただ、十億円があったとしたら。
佳耶さんの言う通り、大金は人生を変える。
『何の手出しもさせないよ』
そう言った佳耶さんの顔を思い出す。聡明なあの人なら、きっと言葉通りにしてくれるはずだ。
いや、佳耶さんなら十億円なんかなくたって、自分で道を切り拓くだろう。現に、あの人はそうやって生きてきたのだ。
何の後ろ盾もなく、自分の人生を生きてきた。そして、鉱化病に罹り、新田特別病院に閉じ込められることになった。
「分かっているの。……森川くんの状況も、お家のことも。外側から見ているだけだから、理解できていることばかりじゃないけれど」
外山先生は一度言葉を切った。
「私の言っていることは、森川くんにとって辛い話になるわ。十五歳の男の子が、そう簡単に決められるものじゃないと思う」
先生はまっすぐに僕を見つめて、続けた。
「でも、私は森川くんが、何もかもを諦めたような顔をしているのが気になるの。もしかしたら森川くんだって、自分の人生を生きたいと思っているんじゃないかって」
苦しそうに、それでも僕から目を逸らさずに、先生はそう言ってくれた。
けれど、先生は知らない。
僕が佳耶さんと出会い、すべてを解決できるカードを手に入れるかもしれないということを。
次回未定




