16話
80日前
5月7日
いつもの通り中学校から特別病院へ向かおうとした瞬間、そう声を掛けられた。その時点で嫌な予感はしていた。この狭い集落に知らない人間が来ることは殆ど無い。振り返った相手が、明らかに新田町の人間らしくない格好をしているところで更に警戒した。くたびれたジャンパーと色の褪せたジーパンは、嫌な意味で都会的だった。年の頃は三十代半ばだろうか。いずれにせよ異物には違いなかった。
「……何ですか」
「そんなツンケンすんなよ。知ってたけど、ここの人間って外の人間に冷めてんよなあ、だから田舎は衰退すんだよ」
「僕に用があるなら言ってください」
「んな顔すんなって。俺は週刊現在っていう雑誌に記事を載せてる長瀬ってもんなんだけどさ」
週刊NOWを僕は知っている。
「鉱化病の記事の……」
「ああ、あの記事知ってるのか。あれ書いたの俺なんだよ。炎上したけど」
「………」
「……そんな顔すんなよ。見出しで文字数決まってんだ。あの文字数の中で目を引くには奇病の二文字しかなかったんだって」
長瀬は何でもないような顔をしてそう言った。突然僕の感情が大きく揺さぶられる。鉱化病を奇病なんて言葉で括ってみせた男が目の前に居る。全部が全部不快だ。けれど、僕の関心はもっと他に向かっていた。
一体この男は何の目的で新田町に来たのだろう?
「なあ、君、田村佳耶のことを相続するの?」
「——何、ですかいきなり」
「あ、特別病院に取材申し込みしてしつこく受付に絡んだ甲斐あったな、こりゃ」
カマを掛けられたのだ、と遅れて気づく。動揺を優秀な嘘発見器だと見做しているこの男は、これで僕に狙いを定めたわけだ。
「……何がしたいんですか」
「別に面白おかしく記事にしたいわけじゃない。俺はこの病に並々ならぬ興味があるんだ。進行性全身鉱物化組織症候群って病気に」
「それなら、田村さんに直接聞いた方がいいと思いますけど」
長瀬は淡々とそう言った。実験動物を語るかのような口調。佳耶さんが自分を語る時と同じ冷たさ。
「酷い病気だ。俺は価値を食う病気だって呼んでる」
「価値を食う病って……」
「お前は自分が同じ重さのダイヤより価値のある人間だと思うか?」
突然投げかけられた質問に、僕は再度凍り付く。最後に量った時は確か六十キロくらいだったはずだ。六十キロのダイヤモンドがどのくらいの値がつくのか分からないけれど、これだけは言える。
僕は六十キロのダイヤモンドよりはずっと価値の無い人間だ。黙り込む僕に対し、長瀬はせせら笑うように言う。
「価値があるんだと思えないなら地獄みたいな話だ。生きている自分よりも死んだ方がマシだと明確に突き付けられる。だから、周りの人間だって"証明"し続けなくちゃならない」
「証明?」
「自分は金の為に隣にいるんじゃないってことを」
長瀬の言葉は今まで気が付いていなかった傷口を抉り出して火で炙るようだった。
「君もそれに苦しんでるんじゃないかね。ああ、当の本人の前で言う話じゃなかったかな」
「そんなの、あなたの勝手な言いがかりじゃないですか」
「言いがかりね。ああ、まあそうなるかもな」
僕の身体は動揺のバロメーター代わりにぶるぶる震える。一刻も早くここから逃げ出したかった。長瀬はそんな僕も興味の対象であるようで、視線を少しも外さない。
「悪かったよ。なあ、田村佳耶の家族がどうして見舞いに来ないのか知りたくないか?」
「……何であなたがそんなことを知ってるんですか」
「それが仕事だからだよ」
長瀬はそう言って、僕を試すように片頬を吊り上げた。虚勢を張っているのに、心臓が早鐘を打っている。
「聞きたくありません。……失礼します」
そう言って強引に会話を打ち切ろうとした瞬間、僕の足元に紙の束のようなものが投げられた。
「一家心中だ。両親と弟を乗せた車が故意にガードレールを突き破った。田村佳耶だけがその車に乗っていなかった。だから彼女だけ助かった。」
聞きたくなんかなかったのに、長瀬は一息でそう言った。足元の紙には、今よりも少し幼い風貌の佳耶さんの写真が貼り付けられていた。田村佳耶。七月二十八日生まれ。二十一歳。僕の知らない個人情報。思わず拾い上げて、乱雑に鞄にしまう。
「田村佳耶と関わることで、君がどうなっていくのか。楽しみにしてるよ」
長瀬はそれきり声を掛けてこなかった。
次回未定




