15話
83日前
5月4日
「体育祭? かあ、青春だねぇ」
ベッドの上で、佳耶さんは楽しそうに手を叩いた。
三週間後に迫った体育祭に向けて、中学校の生徒たちは本格的な準備を始めていた。具体的に言うなら、競技の練習が始まったのだ。当然ながら、その日は特別病院に来られない。
「にしても、その練習のためにわざわざ謝るなんて、律儀だね。ほとんど毎日来てくれてるのにさ」
「……謝ってるわけじゃないですけど。ただ、何も言わないで来なかったら心配するじゃないですか。それに、佳耶さんの検査が集中してる時は来られませんし」
「うんうん、大丈夫。嬉しいよ」
佳耶さんは僕の話を少しも聞いていないのか、嬉しそうに頷いた。
「いいなぁ、私も行ってみたいな。三週間後なんて、どうなってるかわかんないけど」
「大した行事ってわけでもないですよ。新田町には娯楽がないから、ちょっと盛り上がるだけです」
「またそういうこと言っちゃって」
「本当ですよ。そもそも、中学校の生徒とか二百人ちょっとしかいませんし」
「いや、それは少ない……。うーん、特別病院のおかげで財政的にはそこそこなはずなんだけどね。人口流出だけはどうしようもないのかな」
「まあ、新田町には本当に何もないので。高校に進学したいってなったら、仕方がないと思います」
「そっか。まあ、仮に樹が進学することになったら、出なくちゃいけないんだもんね」
佳耶さんの言う通り、仮に僕が進学することになったら、越町内の高校まで行くか、あるいはもっと遠くの高校に通うことになるだろう。
そうしたら、きっと特別病院に毎日通うことは難しくなる。
――と、そこまで考えて、僕はひどい思い違いに気がついた。
「……それだけです」
僕が高校に通えるようになる頃には、佳耶さんはもうこの特別病院にいないのだ。
「今考えてること、当ててあげようか」
「やめてください」
「受験票を出すまでに佳耶さんが死んでくれないと、高校進学に間に合わないな……だろ?」
「本当に帰りますよ」
「嫌な想像を下卑たジョークで上書きしてあげようという心遣いだったんだけど、正直、反省してます」
佳耶さんは一切悪びれる様子もなく、悪戯っぽく手を合わせた。
そんな佳耶さんを前に、僕の内心は複雑だった。
僕は未だに、佳耶さんのこういうところがあんまり好きになれない。
来年の春までは、まだまだ時間がある。砂時計の残りを指して笑おうとするのは、佳耶さん自身であっても受け入れられなかった。
「佳耶さん、僕の進学までに死ぬ予定なんですか」
「予約を入れてるわけじゃないけどね。自分の身体のことくらい、何となく分かるだけです」
「……治る可能性ってあるんですか」
出会ってから初めて、この質問をした。
「ないとは言えないよ。だって、まだ解明されていない病気なんだから」
幾度となく自問自答してきたことなのだろう。佳耶さんは、とても淡々とそう言った。
「それでもまあ、樹が私にボードゲームで勝つ確率と同じくらい、治療法が確立される可能性もあると思ってるよ」
「結構な確率であるじゃないですか」
「そう。何しろ国を挙げて研究が進められてるんだからね」
オーバーテーブルの上には、ボードゲームが置かれている。話に夢中になって、すっかり途中のままになっていた試合だ。
取られた駒をこっそり戻してもバレないんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら、僕はこっそり細工をしようとした。
すぐにバレた。
「こういう場外乱闘になったら、私の方がえげつないからな。もうやめなよ」
そう言って意地悪く笑った佳耶さんのことが、今でも忘れられない。
僕が長瀬と出会ったのは、この翌日のことだった。
次回未定




