↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の痛みが消えるまで  作者: 景色


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/26

13話

 

 102日前

4月15日


 母親に言われたから、会いに行くわけじゃない。

 三日後、僕の足は自然と僕を必要としてくれる人のもとへ向かっていた。

 僕の家庭の事情にまで踏み込んできたことは、まだ胸の奥に引っ掛かっている。簡単に水に流せるほど、僕は寛容じゃない。


 だからといって、もう二度と顔を合わせたくないかと聞かれれば、そうでもなかった。

 相反する二つの気持ちが胸の中でぶつかり合い、どちらにも決められないまま時間だけが過ぎていく。わざと遠回りをしている自分に気づくと、そんな自分がひどく嫌になった。


 そのとき、中学校から特別病院へ向かう途中で、使われなくなった用水路を見つけた。

 特別病院の敷地にかつてあった何かへ、水を引くために造られたものなのだろう。けれど、そこに何があったのか、僕の記憶にはもう残っていなかった。


 伸び放題の草をかき分けながら用水路を進むと、赤いペンキで塗られた網扉が現れた。どうやら鍵は掛かっていない。


 もし、この先が特別病院につながっているなら、佳耶さんに会おう。

 そう決めて、さらに奥へ進んだ。

 用水路は、本当に特別病院の裏手へと続いていた。正門よりもひと回り小さな門があり、その上には監視カメラが取り付けられている。


 カメラの向こうから佳耶さんがこちらを見ていたら、どうしよう。

 そんなことを考えながら、僕は格子門に手を掛け、そっと押し開いた。


「なんで来たんだい」


 顔を合わせて最初に飛んできたのは、そんな言葉だった。

 佳耶さんはオーバーテーブルに肘をつき、窓の外に目を向けたまま、退屈そうにしている。


「人目が気になるから、もう来られないんじゃなかったの」


「抜け道を見つけたんです。使われなくなった用水路を通ると、サナトリウムの裏門の近くに出られて……」


 説明しながら、自分でも何をやっているんだろうと思った。

 僕が話したいのは、こんなことじゃない。ここまでの道順なんかより、もっと先に伝えるべきことがあるはずなのに。

 けれど、佳耶さんの返事もまた、どこかずれていた。


「私だって、その道は知ってるよ。鍵が掛かってたけど」


 お互い、こんな事が言いたいわけじゃないだろうに。


「樹、受け取ってよ」


 そのとき、不意に佳耶さんが何かを放ってきた。慌てて手を伸ばし、危うく落としかけながらも、どうにか受け止める。


「ちょっと! いきなり投げないでくださいよ」


「樹の親なら、スマホは買い与えてないだろ?」


 佳耶さんは、まるで当たり前のことを確認するように言った。

 手の中に収まっていたのは、新品のスマートフォンだった。光を受けた背面が、ぼんやりと鈍い光を返している。


「樹、それで連絡してきなよ。あ、ネットにはつながらないからね。私とメッセージのやり取りしかできないようにしてあるから」


「いや、これ……何なんですか」


「初期設定は済ませてあるよ。たぶん、そのまま使えるはず。メッセージってところを開けば、田村佳耶って名前が出てくるから」


 佳耶さんは僕を見ないまま、早口で説明した。


「いや、これ何なんですか」


「……この間のこと、悪かったと思ってる」


 唐突に、佳耶さんの声が変わった。


「君の家庭のことに、あれこれ口を出しただろ。やっぱり、ちょっと……無遠慮だったと思う」


 いつもの調子とは違う。声には緊張が滲み、言葉を選ぶように、話す速度までぎこちなくなっていた。


「ああ言えば、君も話に乗ってくれると思ったんだ。私が君に来てほしいって気持ちは、今も変わらない。でも、君がどう思うかを考えてなかった。……それは、よくなかったと思う」


 そこで一度、言葉が途切れた。


「……でもね、私には時間がないんだ。だから、つい焦ってしまって。少し、いや、かなり……」


 そこまで話して、佳耶さんはようやく僕の方を向いた。


「……何か言ってよ」


 困ったような顔だった。


「君が三日怒っていたのは分かるからさ」


「別に、怒ってたから来なかったわけじゃないんですけど……」


「だったら、そう言ってくれないと分からないだろ。だから、それを伝えるためのスマートフォンだよ。いいかい。次からは、なるべく連絡してほしい」


「……分かりました」


「本当に頼むよ」


 こちらを向いた佳耶さんは、子供のように唇を尖らせていた。光の加減なのか、その顔は今にも泣き出しそうに見えた。


「……僕も、すいません」


 その表情を見ていると、不思議と言葉が口をついて出た。


「佳耶さんに、いろいろ考えさせちゃったみたいで」


「……はぁ。年下の男の子に謝らせるなんて、私も大概だね。これで分かっただろ? 私は子供っぽくて、周りに迷惑ばかりかける人間なんだよ。十億円がもらえるって約束がなかったら、エトにだって、とっくに愛想を尽かされてる」


「じゃあ、生きている間は絶対に見限られませんね」


 佳耶さんがわざわざ年下だと強調するものだから、つい意地になって言い返してしまった。

 言った直後、また余計なことを言ってしまったと思い、恐る恐る佳耶さんの顔をうかがう。

 けれど、怒られるどころか、佳耶さんはどこか嬉しそうに僕を見つめていた。


 ……どういうことなんだろう。

 ほんの少しだけ分かった気がしたのに、やっぱり佳耶さんの考えていることは分からない。

 僕が困惑しているのを見透かしたように、佳耶さんは机の上に、画期的なコミュニケーションツールを置いた。

次回未定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。