12話
逃げ帰るように家に帰ると、母はすでに食卓に着いていた。どこかで買ってきたらしいスナック菓子を食べながら、ぼんやりとテレビを眺めている。何かあったのか、父と揉めたのか。今日の母は、いつもよりずっと不機嫌そうだった。
「早いじゃない。鬱陶しい」
この間は、同じ時間に帰ってきたのに、遅いと怒られた。
僕は黙って二階の部屋へ向かう。運がよければ、部屋に入ったところで話は終わる。
けれど、今日はそうならなかった。母も一緒に階段を上がってくる。僕の行く先に、母の影がわずかに伸びた。
「無視するの? 文句があるなら出て行けばいいだろ。お前みたいなお荷物がいなければ、私だってこんな人体実験場で暮らしてないんだよ」
ここで振り返ったのがいけなかった。
母は隙を見つけたとでも言わんばかりの目をして、さらに言葉を浴びせてきた。
「何? 一丁前に傷ついたような顔して、責めてるつもりなの? 本当に、親の苦労すらわからないんだから。産むんじゃなかったよ、お前」
ドアノブに掛けた手が動かない。
タイミングを見誤れば、壊れるまで攻撃される。僕はそれを知っている。母が吐き出したいだけ吐き出させておかなければ、せき止められたものが一気に爆発する。
「お前だって同じだからね。同じ穴の狢だ。お前だってここから出さないからな。新田町から、死ぬまで一生」
顔を見なくても、母がとてつもなくおぞましい表情を浮かべていることはわかった。
吐き捨てるような言葉のあと、階段を下りていく足音が響いた。その音に合わせるように、僕は部屋へ入った。
知らず知らずのうちに、息を詰めていたらしい。扉を閉めてようやく、自分が息を止めていたことに気づいた。
十億円さえあれば、なんだってできる。
僕はもう一度、心の中で繰り返した。
十億円さえあれば、人生だって変わる。
新田町を出ていくこともできる。
声を押し殺して、僕は泣いた。
次回未定




