11話
「嘘だよ。私は全部知っているんだから」
佳耶さんは、子供の癇癪を眺めるような目で、薄く微笑んでいた。
だからこそ、僕はとことんまでやってやることにした。
椅子から立ち上がり、佳耶さんを睨みつける。
「そうやって、わざと言うことで、僕がくだらないプライドのせいで十億円を放棄できないようにしたんでしょうけど、逆効果ですから」
「え?」
「僕は佳耶さんが思っているより、ずっと馬鹿なので。……今日はもう帰ります。このままだと、冷静に話せる気がしないです」
「だから、私が言いたいのは、君が気にすることはないってことで――」
佳耶さんがベッドの上から、こちらに手を伸ばしてくる。それを振り払うように、僕は言った。
「僕がここに来たのは、お金のためだって思っているんですか。僕の家庭事情を知っているから、金目当てでもいいよってことですか」
「そうじゃなくて、原田先生に会ったなら分かるだろ。だって……」
「全然分かりませんよ! ……失礼します!」
僕はそれだけ言い捨てると、さっさと病室を出た。
スライドドアをわざわざ閉めたのは、佳耶さんが追いかけてくるんじゃないかと思ったからだ。
けれど、佳耶さんは来なかった。
佳耶さんは頭がおかしい、と僕は本気でそう思った。
僕が貧乏で、家庭環境もあんな状態で、ろくでもない状況に置かれているから、大金が入ったら喜ぶだろう。
そんなふうに安直に考えたのだろうか。
まるで、飢えた子供に戯れにケーキを与えるような所業だ。
それどころか、佳耶さんはそのケーキを駆け引きの材料にまで使っている。
あんなことを言えば、「自分と仲良くしていれば大金が入りますよ」と、あけすけに言っているようなものだ。
それはあまりにも悪趣味だし、露悪的だと思う。
佳耶さんは、闘病生活のせいで普通の人間の感覚を忘れてしまったに違いない。
言っていいことと悪いことの区別すらつかなくなっているのだ。
……でも、と思う。
でも、そうじゃなかったとしたら?
佳耶さんがあんなことを言ったのには、別の理由があったとしたら?
十億円というカードを見せびらかすようにしていたことにも、ちゃんとした理由があったとしたら?
けれど、それを考えるには、どうしても材料が足りなかった。
代わりに、怒りが込み上げてくる。
父親のこと。母親のこと。僕の醜い願望を見透かされていること。
そして、これほど腹を立てているのに、佳耶さんが追いかけてきてくれることを期待している自分がいること。
それにまた、腹が立った。
次回未定




