9話
僕は佳耶さんの病室の前に着いた。小さくノックしてから扉を開けると、彼女はあの時と同じように出窓に座っていた。
僕に気づくと、佳耶さんはベッドに座り直し、少し微笑んで隣の椅子を叩いた。
「遅かったね」
そう言って、僕に笑いかける。
僕は促されるまま椅子に座った。
「少し、原田先生と話してました」
「へぇー。原田先生と会ったんだね。愉快な知見は得られた?」
少しだけ迷ってから、僕は口を開いた。
「……佳耶さんが亡くなったら、十億円が入るっていう話、本当なんですね」
「だから言っただろ。もしかして疑ってたの?」
「でも、それはバグのせいだって言ってました。法律とか、世界とか、そういうものが鉱化病に追いついていないから、どうしてもお金で解決することになっちゃったんだって」
「そうだね。私の存在はバグだらけ。身体のバグ、法律のバグ、そして人間の心のバグ」
佳耶さんは胸元に手を当て、静かにそう言った。
「……そんなバグで生まれたお金、受け取れません。やっぱりおかしいですよ、こんな事で……」
「この間と違って、乗ってこないね」
「この間は、まさか本気だとは思っていなくて……。こんなの、僕に有利すぎるっていうか」
「どうして? フェアじゃないから?」
「そうですよ! だって、これじゃ全然釣り合っていないっていうか……」
「それじゃあ、樹。君は腕でも切る?」
佳耶さんは表情を変えず、淡々と言った。
「……え?」
「足でもいいよ。足、切ってくれるかな」
佳耶さんは自分の指をするりとなぞりながら、そう言った。冗談を言っているようには見えなかった。
「私が君に相続する十億円っていうのは、そういうことなんだよ」
一段低い声で、佳耶さんは告げた。
「フェアじゃないなんて思わないでほしい。だって、どうせあげるものは同じにならないんだから。私は私をあげるんだよ。この価値に少しでも合わせるなら、君だって自分を差し出さないとといけない。そんなこと、私は望んでいないのさ」
「だからって、足って……」
「私なら、指一本ですらそれなりの値段がつく。分かったら、もうそういうことは言わないでくれるかな」
佳耶さんはそれだけ言うと、僕に背を向けた。
退屈させないで、という条件なのに、彼女を不機嫌にさせてしまった。佳耶さんの意志一つで、僕の腕や足が持っていかれるかもしれない。そう考えると、確かに下手なことは言わない方がよかったのかもしれない。
「樹、そんな悲しそうな顔しないでよ。別に退屈じゃないから。三日も放置されたけど」
「……言わないでください。」
「反省したなら、もう二度と言わないでくれないかな。私は君が来てくれるだけでいいの。樹が来てくれないと寂しいよ」
佳耶さんの口調は優しかった。けれど、そこには有無を言わせない何かがあった。
「だから、そもそも僕は、そんな大金とか――」
「要らないって?」
「……そうです。そんなものがなくても、僕は……」
その時、佳耶さんが小さく笑った。
「いや。君は欲しがるだろう、十億円。それさえあれば、君は母親と父親が暮らす家から逃げ出して、新田町を出ることだってできるんだから」
次回未定
いやー書いてて思うですよ。佳耶さんみたいな人と友達になりたい。




