第11話 基礎練
正直、パールは俺が思っている以上に強かった。
先程の試合だけでもかなりの手練であるということが伺える。
敗北者、だなんて言うからものすごく弱いのも覚悟していたが、驚くほど強い。
まだ本当の実力を見ていないからわからないが、負けたのが信じられないほどだ。
「今受注出来るクエストを見ますか?」
「おお!?見たい見たい。Fランクの俺でも出来るクエストってある?」
「それでしたら、街の清掃、バジリスクの糞運搬、新薬のモルモット、老人介護などがあります。」
「冒険は!?冒険要素どこよ!?」
ひどい仕事内容だ。さすがは冒険者の中でも底辺。
まあ、誰でも登録だけで出来る仕事なんざ、こんなものなのか。
「ケンタ殿、少しいいか?話がある。」
「ん?どうした、パール。」
ついてこいと言わんばかりの眼圧に負けて、俺はギルドの裏に呼び出された。
もしかして、殺される?
「さっきの試合、何なんだあのザマは。あれでは魔王討伐どころか、ゴブリンにすら勝てないだろう。」
「ゴブリンッ…ゴブリンにはあまりいい思い出が……」
「一体どうしてあれ程体力がないのか。本気で魔王を倒すつもりならば、守られる必要のない最低限の力は身につけてもらわねばならん。今日からケンタ殿は毎日基礎練をやってもらう。」
「基礎練!?や、やりたくねぇ…もっと楽して強くーーー」
「楽して強くなれるのだったら誰も苦労はせぬ。まずは体力作りからだ。その腑抜けた根性を叩き直せ。私が指導しよう。」
その日から、俺は基礎練をやることになった。
走る、休む、走る、休む。パールからは「休んでもいいから完走しろ」と言われているので、とにかく完走を目指して山道を走る。
ギルドは大通りから外れて丘を登ったところにある。
その周りには山が連なっていて、そこかちょうどいい修行の場なのだとか。
多くの魔物が既に狩りつくされ、せいぜいスライム程度しか出現しないそうだ。
「はあ、ああ、ぜえ、ひい、ふう、はあ、ぁ゙あ」
心臓が警鐘を鳴らし、息切れし、横っ腹が引きつったように痛む。
汗水のせいで視界も悪くなっていた。
辛い、苦しい。
それでも必死に走り続ける。
しばらく走ると、走った距離を伝える看板が見えてきた。
俺は期待して看板を覗く。
しかし、看板を見ると、まだ10分の1も走っていない。
「嘘だろ…?」
流石に心が折れそうになる。
だが、進み続けるしかなかった。
この一本道を引き返すわけにはいかなかった。
走って休憩して、走って休憩して。
ただひたすらに山頂を目指して走る。
だんだんと休憩の時間が伸びていって、疲労が足に溜まっていくのがわかる。
それでも走る。
山を進むにつれ、息苦しさが増していく。
標高が高くなってゆき、酸素が不足してきているのだろう。
もう思考はぼんやりとしかなかった。
悲痛な痛みを叫ぶ足を、奮い立たせた。
アイテムポーチの水をがぶ飲みする。
こぼれようと構わずに、喉の渇きを潤す。
息を整え再び走り出す。
心臓がうるさい。横腹が痛い。
視界が霞む。喉が乾く。
それでも、諦めたくないという気持ちが勝った。
看板はもう見ないことにした。
ただひたすらに走り続ける。
山頂が見える頃には、空は赤く染まり始めていた。
「あ゙ああああ!!!」
最後の力を振り絞る。
最後の階段を駆け上る。
眼の前の石碑には、山頂という文字が書かれていた。
俺は力尽き、その場に倒れ込む。
息は切れたまま、心臓の音がよく聞こえる。
苦しさで喉が肺がねじれそうだったが、今までに感じたことのない達成感に浸っていた。
仰向けになり、空を見る。
空は真っ赤に燃え尽き、3つの月が夜の訪れを知らせてくれた。
ふと周りを見ると、そこから世界を一望できた。
果てしなく、世界は続いている。
その絶景を目に焼き付けるように、目を擦ったが、不思議と涙が止まらない。
どこまでも美しい夕焼けの色が、心の中に焼き付く。
感動すると人は涙を流すのだと、俺はその日初めて知った。
「大丈夫ですか?」
不意に声をかけられ、驚いて涙を拭う。
聞いたことのある声だ。
「ハル!?どうしてここに…」
「すみません。でも、心配でついて来てました。」
「ど、どこから見てたの…?」
「登り始めたところからずっと見てました。」
恥ずかしさで頭が真っ白になる。
それに今の俺は水を被ったかのように汗だくで、きっとひどい表情をしている。
「……この景色、綺麗ですよね。わたしも、初めてここにつれて来られた時のことを鮮明に思い出せます。」
そんなことに構いもせず、ハルは俺の隣に座った。
俺が驚いているとハルは続ける。
「人はみんな少なからず事情を抱えています。事情を抱えた上で平気なフリをして生きているんです。ですが時々、抱えきれなくなることもあります。」
夕日が沈んでいく様子を、二人で眺める。
「そんなときは、仲間に分け合っていいんです。抱え込まないでいいんです。」
ハルは、静かに、それでいて力強く言った。
その言葉は俺の胸の奥に、深く広がっていく。
自分よりも幼いはずの少女が、そのときはとても大人びて見えた。
泣きじゃくる俺を、彼女はなだめる。
「大丈夫。大丈夫ですよ。」
ーーーしばらくして、ようやく落ち着いたおれは恥ずかしさで死にそうだった。
自分より年下の女の子の前で、泣きじゃくりなだめてもらった。
その事実が羞恥心を掻き乱す。
だが、恥ずかしい気持ちもあったが、とても心が軽くなった。
「日も暮れて来ましたね。パールさんからの伝言です。『帰るまでが基礎練』だそうです。帰り道も頑張りましょう!」
「マジで言ってる???」
「わたしは先に帰って夕飯を作っておきます。もちろん、食べますよね?」
「あ、ああ。もちろん食べたい。」
「ふふ。楽しみにしててください。」
「ああっ、ちょっと待って。」
走って行こうとするハルを引き止める。
「どうしたんですか?」
「その……なんだ。……ありがとう。」
「どういたしまして。」
彼女はそう言って笑うと、勢いよく山を駆け下りていった。
体を起こし、足がブルブルと震える。
それでも心はとても軽かった。
「うっし、がんばるか!」
俺は再び走り出す。
どれだけ挫けようと、もう止まることはない。
だって俺にはこんなにも素敵な仲間がいるのだから。




