第4話 裏の清め屋
——車輪の回転というのは、時に思考を妙に単調な方へと誘う。
高橋宮司の運転するワンボックスカーは、郊外の、起伏の少ないアスファルトを滑るように進んでいた。
助手席の窓硝子に、ぼんやりと頭を預けているのは竹宮夏美である。
水川神社に奉職して三ヶ月が経つが、この神社での地鎮祭に立ち会うのは、今日が初めての経験であった。
白々しい陽光の下で張り詰めさせていた神経が、冷房の効いた車内で一気に弛緩したのだろう、その端正な横顔には、隠しようのない疲労の影が滲んでいる。
小太りの体躯を窮屈そうに運転席に収めた高橋が、チラと横目でその様子を窺い、温和な声をかけた。
「夏美ちゃん、いささか草臥れたかね」
「——ええ、少々」
夏美は小さく息を吐き出し、乱れた長髪を指先で整えながら、先ほどから胸の奥に引っかかっていた疑問を口にした。
「宮司。先ほどの、あの黒沢という社長の言葉なのですが」
「言葉、というと?」
「敷地の真ん中を眺めながら、もうスッカリ居なくなった、と仰っていましたでしょう。あれは——一体どういう意味だったのでしょうか」
高橋は前方を見据えたまま、いかにも年長者らしい苦笑を浮かべ、ハンドルを握る手を少し緩めた。
「ああ、あれかね。黒沢社長というのはね、俗に言う『視える人』なんだよ。いわゆる霊感とやらがあるのだろうな。あの男はね、世間が忌避するような、いわゆる訳あり物件や事故物件といった瑕疵のある土地を専門に、格安で買い付けてくるんだ。そしてね、私らに地鎮祭をさせて土地を綺麗に仕立て直した上で、法外な値で売り抜ける。そういう商売をしている男さ」
夏美はなるほどと頷き、緋袴の膝の上で手を組んだ。
「では、私たちが先ほど執り行った地鎮祭によって、その土地にいた霊的なモノが消滅した、ということなのですか」
「いや」
高橋の否定は、穏やかではあったが、明確であった。
「私たちがやっていた地鎮祭というのはね、もっとこう、儀式的な要素、言わば形骸化した形式に過ぎんのだよ。あの程度の神事を執り行ったからといって、禍々しい因縁のある土地をどうこうできる訳ではない。実はね、別の筋の、その手のモノに悉く精通している御仁に、裏でお願いをしているのだよ」
「裏で、ですか」
「そう。事前に、あの敷地にこっそり入ってもらってね。あらかじめ綺麗に清めてもらっているのさ。つまり、我々が赴く時には、既に中身は空っぽという訳だ」
その言葉を聞いた瞬間、夏美の脳裏に、かつて故郷で聞いた祖母の語り口が、微かな記憶の澱として浮かんできた。
「……事前のお祓い。以前、祖母からも、そのような裏の役割を担う人間の話を、聞いたことがあるような気がします」
「おや、やはりそうかね」
高橋は我が意を得たりとばかりに頷いた。
「君の家系なら、その辺の事情に精通している人間と、過去に一度くらいは仕事を共にしたことがあるんじゃないかと思ってね。むしろ夏美ちゃんの方が、そういった能力を持つ者について詳しいのではないかね。何しろ、あの格式高い水守大社の神職の中には、現世の理を超えた力を行使する者が実在すると、風の噂に聞いたことがある。君は向こうでも巫女をやっていたのだろう。そういう異能の者を、直に目にしたことはないかね」
問いかけられた夏美は、自らの長い睫毛を伏せ、少し困惑したように首を振った。
「そのような噂自体は、確かに耳にしたことはございますが——私自身は、ただの根も葉もない都市伝説の類だと思っておりました。……失礼ですが、高橋宮司には、そういった霊感のような能力はおありにならないのですか」
「私かね? 滅相もない。そのような不便な感覚は、生まれついて持ち合わせておらんよ」
高橋は可笑しそうに笑った。
「実際、あの敷地にも事前に一度、足を運んではみたのだがね。私には、ただの乾いた土塊にしか見えなかった。何ひとつ、分かりはしなかったよ」
「私も同じです。何も感じませんでした」
夏美は自嘲気味に呟き、窓の外へと視線を戻した。
「私の祖母も、そして母も、そういった因縁を敏感に感じ取る『判る人』でした。物心ついた頃から、そんな怪異の類の話を嫌というほど聞かされて育ったのですが……どういうわけか、私にはその才能が全く遺伝しなかったようなのです」
◇
現世の怪異と、血脈の因縁。
そんなねっとりとした会話を交わしているうちに、ワンボックスカーはいつしか、生い茂る鎮守の森に囲まれた水川神社の駐車場へと滑り込んでいた。




