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禊祓師(みそぎはらえし)  作者: 溶けた犬
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第3話 不動産会社の男

敷地横の細い車道に、音もなく滑り込んできたのは、威圧感を絵に描いたような黒塗りのレクサスであった。


車影を認めた瞬間、丹羽をはじめとする営業マンたちの顔色が変わった。彼らは一斉にレクサスの周囲へと駆け寄り、判で押したような最敬礼の姿勢で直立不動となる。


後部座席の重々しい扉が開き、そこから一人の男がこれみよがしに這い出てきた。


不動産会社社長、黒沢一郎。五十歳。


大柄な体躯は、日々のウエイトトレーニングやジム通いによって鍛え上げられた、筋肉の塊の如き精悍さを誇っている。さらに、営業マンの丹羽のそれとは根底から異なる、贅沢なゴルフ焼けによる浅黒い肌が、彼の世俗的な成功と権力をこれでもかと誇示していた。


黒沢は車を降りるや否や、周囲の追従を置き去りにして、一段高くなっている敷地を驚くほど軽快な足取りで駆け上がってきた。そして、悪びれる風もなく仮設テントへと踏み込んでくる。


「宮司、遅れてすまんね」


黒沢は右手を軽く掲げ、形ばかりの謝罪を口にした。その瞳には、神職に対する敬意など微塵も窺(うかが)ってはいない。黒沢はすぐに高橋から視線を外し、先ほどまで祭壇が設置されていたであろう、敷地の中心部へと眼を向けた。


一分。あるいはそれ以上の時間であったろうか。


黒沢は凝視していた。その浅黒い顔の奥で、何を測り、何を視ていたのか。やがて、満足げに鼻を鳴らすと、黒沢は再び高橋へと向き直った。


「——もうスッカリ居なくなったね。これなら大丈夫だ。いつも宮司、ありがとうね」


黒沢は、まるで商談が成立したかのような口調で言い放つと、高橋の対面にある椅子へとその巨体を沈めた。同時に、内ポケットから分厚い茶封筒を取り出し、机の上を滑らせる。


「次の物件の資料ね。一ヶ月くらい後なんだけど、予定は大丈夫かな? いい日取りがあったら教えてくれる? それから——今回のランクは“松”だから」


高橋は、その言葉の裏にある「意味」をすべて理解している風に、物静かに封筒を受け取った。書籍や手帳を繰るように懐から古びた手帳を取り出し、頁を繰り始める。


その様子を眺めていた黒沢の視線が、ふと、高橋の隣に控える若き巫女へと移った。その肉感的なスタイルを、品定めするような、ねっとりとした眼差しが這う。


「こちらの巫女さんは——はじめましてだよね? どこのお嬢さんかな。歳はいくつ?」


「あ、そうか。社長とは、はじめてでしたな」


高橋が手帳から顔を上げ、穏やかに割り込んだ。


「三ヶ月くらい前にウチに入ってきたんですよ。知り合いの娘さんでね。年齢は、二十歳ちょっとかな?」


促されるようにして、竹宮夏美は静かに頭を下げ、言葉を発した。その声は、鈴を転がすように澄んでいたが、どこか侵しがたい響きを含んでいる。


「初めまして、竹宮夏美と申します。歳は二十三です。高橋宮司の元で、巫女の修行をさせていただいております。よろしくお願いいたします」


夏美が会釈を返すと、黒沢の浅黒い顔が、だらしなく歪んだ。何事かを妄想するかのように、下卑た笑みがその唇に浮かぶ。


「夏美ちゃんか、よろしくね。今度、僕と一緒に食事でもどうかな。美味い店を知っているんだ」


黒沢の言葉がまだ終わらぬうちに、それまで温和だった高橋宮司の空気が、微かに、しかし明確に変質した。彼は黒沢の言葉を遮るようにして、ずいと身を乗り出す。


「社長、とりあえずスケジュールは確認をいたします。日取りが決まりましたら、追って電話でご連絡を入れますので。よろしく」


事務的、かつ有無を言わせぬ調子でそう告げると、高橋は夏美に向けて、鋭い「目配せ」を送った。そして、すぐに席を立つ。


「それでは、これにて」


高橋と夏美は、呆気にとられる不動産屋の男たちに足早に挨拶を済ませると、外界の喧騒を振り切るようにして、ワンボックスカーへと乗り込んだ。


セルモーターが回り、エンジンが唸りを上げる。


地鎮祭という名の「境界の儀」を終えた敷地を、二人の乗った車は滑るようにして後にした。


◇


バックミラーの向こうで、黒塗りのレクサスと浅黒い男の影が、陽炎の中に小さく遠ざかっていく——。

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