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禊祓師(みそぎはらえし)  作者: 溶けた犬
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第30話 雨上がりの月光

一階のリビングにある大きなソファの上で、竹宮夏美はゆっくりと目を覚ました。

まぶたを持ち上げると、すぐ目の前に高橋が心配そうな顔でのぞき込んでいるのが見えた。


「あっ、高橋宮司(ぐうじ)。あれ……? 私、なんでここで寝ているのですか?」


夏美は状況が掴めず、ぼんやりとした頭で起き上がろうとした。

そして、ふと横に視線を向けた瞬間、息をのんだ。

そこには、あの真っ黒な姿の男——三雲が静かに立っていたからである。


夏美は驚き、目を丸くして声を上げた。


「三雲さん、どうしてここにいるんですか?」


三雲は何も答えず、ただ静かに夏美のそばへ歩み寄ると、その細い額にそっと自らの手をあてた。

夏美はあまりにも突然の三雲の行動に顔を赤くし、戸惑いの表情を浮かべる。


手のひらから伝わる熱を確かめるように、しばらくそうしていた三雲は、やがて手を離すと高橋に向き直った。


「大丈夫です。もう心配ありません」


三雲のその一言を聞いた瞬間、高橋の緊張の糸がぷつりと切れた。

今度こそ本当に終わったのだという安堵が顔に広がり、そのまま床へと崩れ落ちるように座り込んだ。


高橋は胸の奥にある重い空気をすべて吐き出すように、大きくため息をついた。


「一時は、一体どうなることかと思った……。でも、夏美ちゃんが目を覚まして、本当に、本当によかった」


高橋の目からはこらえきれなくなった涙がとめどなく溢れ落ち、その老いた頬を濡らしていった。

夏美は涙を流す高橋の姿にますます困惑しながらも、ゆっくりと上体を起こした。


「あの……高橋宮司(ぐうじ)。色々、聞きたいことがあるのですが……。私は一体、何をしてしまっていたのですか?」


高橋は涙を拭い、泣き笑いのような複雑な表情を浮かべながら首を振った。


「そうだよね。知りたがるのは当然だ。でも、ここでは少し都合が悪い。後で神社に戻ったら、ゆっくりとすべてを教えてあげるよ。とりあえず今は、二階を片づけて我々はここを引き揚げないとね。夏美ちゃんは無理をしないで、ここで休んでいなさい」


夏美はまだ納得のいかない様子だったが、高橋の言葉に静かに頷いた。


◇


それからしばらくして、おぞましい儀式の跡が残っていた二階の部屋の片づけが一通り終わった。

だだっ広い玄関ホールには、家の主である黒沢をはじめ、その家族が全員集まっていた。


黒沢は一歩前へ出ると、深く頭を下げて話し出した。


「高橋宮司(ぐうじ)、今回は本当にありがとうございました。なんとお礼を言ったらいいのか、言葉も見つかりません……。そちらの三雲さんも、本当にありがとうございました。お二人への御礼は、後ほど必ず、十分な形でさせていただきますので」


黒沢の家族たちの、感謝とまだ消えぬ怯えの入り混じった目に見送られながら、高橋、夏美、そして三雲の三人は、重苦しかった黒沢邸をあとにした。


敷地内の駐車場に向かって歩きながら、高橋は隣を歩く三雲の黒い背中に向かって、静かに語りかけた。


「三雲さん、申し訳ないが……これから少し、神社に寄ってください。話さなければならないことがあります」


三雲は歩みを止めず、ただ黙って小さく頷いた。


◇


外に出ると、いつの間にか激しかった雨は完全に上がっていた。

生ぬるい夜風が湿った地面を撫でていく。

見上げれば、厚い雨雲の切れ間から、冷ややかな月が顔を出していた。


その青白い月光は、まるでこれまでの狂乱をすべて洗い流すかのように、静かに、そして不気味なほど鮮やかに夜の街を照らし出していた。

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