15-7:ぷらじゅまの赤ちゃん
庁舎は既に明かりが全て落ちていて、正面玄関も東西の通用口も施錠されていた。それでも、こちらには現職員の筋肉兄弟が居る。彼らが持っているカギを使って、西側から忍び込んだ。
音を立てないよう、廊下をゆっくりと進む。ももちゃんは抱っこ済み。明かりも最低限の魔石で、どうにか歩いて行く。
やがて、中央まで辿り着いた。階段を上がると……そこには人が居た。
「「「「!?」」」」
正直、無人の宮殿内をコッソリ調査するつもりだったから、凄く驚いたよね。
その人……市長モノッキさんは、いつものように執務机に向かって座っていた。その表情は穏やかで……この状況でそうあるのが、なんだか不気味だった。
「見つかってしまったみたいだね」
「……アナタが……あの光を操っていたの?」
トロンカさんが慎重に訊ねると、モノッキさんは首を横に振った。
「あの方は、僕なんかが操れる存在ではないよ。僕は……いや、歴代の市長は、彼女の世話係でしかない」
言いながら、モノッキさんはゆっくりと立ち上がる。そして執務机の奥、以前のクエストの時にも通った小扉を開けた。すると、中から青い光の球体がフワフワと現れた。やっぱり、ここに来てたんだね。
「……」
光はやがて、人の形へと変わる。そしてその輝きが無くなった後……その場には女性が立っていた。
美しい人だった。青い髪に、バナーリヤさんみたいな踊り子の服装。金色の耳飾りをしている。
「市長のお母さんじゃねえか」
「ああ、これはたまげたなあ……」
あ、例のマザコン疑惑。もしかして、モノッキさんはマザコンだったワケじゃなくて。
「母親じゃなくてランプの精の世話をしていただけ?」
「ああ。というより、街の視察のお手伝いというか。そもそも僕の母親だと誤認させられていたんだよ、街のみんなは」
「そういうことだったのね……よく考えてみれば、声も思い出せないわ。どこに住んでいるのかとかも、疑問にも思わなかった」
「言われてみれば確かにな」
「詮索する気にも何故かならなかったというか」
それら全てが、精霊の力による意識操作みたいな感じか。
「しかし何故、今になって」
対外的には魔力が弱くなっているという説明がなされているけど、内実は厭世的になっているんじゃないかという話だったよね。
彼女の中で何か心変わりがあった、ということなのかな。
「実は人嫌いになられたというのも、半分くらいしか正解じゃないのかも知れない」
モノッキさんが静かに言う。
「人のためにならないと、お考えになったのかも知れない」
みんな口を挟まず、続きを待った。
「なんでも叶う魔法のランプ。それは人から必死さや賢さ、努力の喜びを奪ってしまう。結果、怠惰で強欲な者たちばかりになってしまった」
「……」
「逆にランプの加護が限定的になった、この100年ほど。人々は自らの手で自らの生を生きた。結果、必死さや賢さ、努力の喜びを知る者たちの手によって街は発展した」
なんか凄く訓話っぽい。私自身も、身に詰まされる思いだ。
「だからきっと。今くらいの距離感が良いんじゃないかと、僕は考える。懸命に生きる人たちはランプのことは半分くらい忘れていて。けど忘れた頃に、ランプ側が頑張っている人たちにご褒美を与える」
「確かに俺たちも、なんでも叶えてくれるなら頑張らないもんなあ」
「きっと完全に人嫌いにはなれなかったのね。けど関わり過ぎると良くないのも分かっているから」
それらを総合すると……モノッキさんの推察が正しい気がするね。
「とはいえ、僕ですら言葉では交流できないから。お世話する中で、なんとなく彼女はそうお考えなんじゃないかと思うようになったという感じなんだけどね」
でもきっと、大きくは外していない。
だって、ランプの精は優しい微笑みを浮かべているから。私たち人間に向けたその表情を見るだけで……なんだか泣きそうな気持ちになる。
なんて健気……という表現も偉そうか。慈悲深い、というのが正確かな。
「……」
ランプの精は、最後に私たち全員を見回して、ゆっくりと光球の姿に戻った。そして扉の奥へと消える。きっとまた、あのランプの中に入って、そこからこのマホロバを見守るんだろう。
「さあ、もう帰りなさい。夜も遅い」
モノッキさんの言葉に、私たちも頷いた。
全員で階段を下りていく。その途中、トロンカさんがそっとボヤいた。
「これは……記事には出来ないわね」
ただそれも、どこか嬉しそうな響きを持っていて。私たち姉妹も、筋肉双子も「ふふっ」と小さく笑った。
外へと出る。双子と分かれ、私たちも新聞社へ向かう。
「今日は泊っていくと良いわ」
「いえ、私たちは……」
ログアウトするから、と伝えかけたところで。
不意に光が差した。粉雪のように降り注ぐ、小さな青い光。天を見上げる。後から後から、青い光の粒が落ちてきていた。
「まあ。こんなプレゼントまで」
「すごいね。ぷらじゅまのあかちゃんだ」
「キレイ……」
街の人たちも気付いたのか、連鎖的に家々の窓から明かりが漏れだした。薄オレンジの光に照らされた砂漠の夜の街。そこに青い光の粒が交差し、得も言われぬ景色を作り上げていた。
「「「……」」」
きっと私たちだけじゃなく、街全体が見惚れている。それが分かった。
ふ、と。見られているような気がして、振り返る。宮殿のドーム屋根の辺り、淡く優しく、青い光が瞬いていた。




